六話 トリックスター、ログイン!




【メインサーバー接続。ユーザー・データ、アクティベート。

 リィンカーネーション・プログラム、スタートアップ。システム・オールグリーン。

 ユーザー・データのリライトを開始――クリア。

 アヴァターラ『ニコマ・ソクオーチ』の形成を完了。

 第五形成工程に『サンプル:アレイス』の血液混入を確認。

 第三形成工程『身体』に多大な影響が出ることが予測されます。

 ログイン・プロセスを続行します。

 ダイヴ・ターゲット、並列宇宙No.2020『オリンポス』

 ログインまで後3、2、1――クリア。


 それでは、善き死に場所を得られますように。グッドラック】




   $ $ $ $ $ $ $ $ $ $ $




 体をバラバラに解体され、情報体へ変換される。量子化した情報体は虚数の船に乗り、深淵の海に漕ぎ出していった。

 異なる宇宙に渡り、時間軸を遡る――降り立つ座標を探り、知識と魂はそのままに別の自分として誕生する。

 この感覚は、きっと体感した人間にしか解らない。紙面に文字として起こしたら、おそらく誰もがER技術に恐怖を感じるだろう。だが……少なくとも俺個人としては嫌いな感覚ではなかった。人によっては不快な例えかもしれないが、母親の胎内に回帰していっているような感覚なのだ。

 あくまで例えで、そうとしか言えないものである。普通に生きていたのでは絶対に味わえない、無限大の安心感に包まれているように思えるのだから。ともすると永遠にこの安堵の海に溺れていたいとすら渇望してしまいそうだ。


 しかし極楽とも地獄とも言えない、無尽の安心を広げたような世界には、決して永遠にいることはできない。

 自身が二本の脚でしっかりと大地を踏み締めて、閉じていた目蓋の向こうに光を知覚しているのを感じ取ると、俺は微睡みから醒めたようにうっすらと目を開いた。


「………」


 強烈な日光に目が眩む。無意識に溢れた呻き声が、少女のそれへと変わっているのを聞き、自身が『ニコマ・ソクオーチ』に成っていることを理解した。

 日光の強さに目が慣れると、手を空に掲げて陽を遮りながら空を見上げる。あまりにも空が綺麗で、有り得ないほど太陽が地上に近いのを見て取ると、フフ……なんて、艷やかな笑い声が漏れて出た。

 太陽の化身、太陽神アポロンだったりするのだろうか、あの太陽は。ならどんなに下衆で屑な逸話を多数持っていても、アポロンも偉大な神なのだろうなと素直に思える。


 俺が立っていたのは、城塞都市国家イリオンの片隅にある酒場……その裏路地だ。


 そこはスラム街ほど廃れているわけではないが、『それより少し上等かな』と思う程度でしかない。城塞都市だの都市国家だの神話の世界だのと御託を並べたところで、所詮は文明が未発達な時代でしかない証左だろう。

 辺りに人の目はない。ログイン時、生体反応がない場所に現れるように設定していた。何もない空間に突如として人間が現れれば、意図していない無駄な騒ぎを起こしてしまいかねないからだ。

 コントロールできないカオスは、まだ俺も望んじゃいない。きっとスレの住民のみなさんも。


 ログアウトする前、俺はアーテーのおかげでアレイスの戦車に乗れた。その戦車でイリオンまでひとっ走りして、二人……二柱の神と別れたのだ。

 もういいよね、と。神が前触れなく現れたらイリオンの人たちが混乱しちゃうから、悪いけどこっからはニコが一人で上手くやってね、と。可愛い女神様と怖いけど美人な戦女神様は、そうして去って行った。

 アレイスの戦車の乗り心地は、意外と悪くなくてびっくりしたものだが。アレイスはともかくアーテーとはまた近い内に会えるだろう。なにせアーテーはイリオン付近を徘徊しているらしいし。


「さてと……おーい、スレのみんな。復帰したぞー」


 とりあえずコンソールを開き、外部サイトに接続し直す。俺のリアルタイム実況を見てくれてるスレ民に、ログインして復帰したことを報告するためだ。




【英雄志望550:

 だーかーらーさっきから言ってんじゃん。ニコちゃんには聖セシリアちっくな服装が似合うんだよ!】


【英雄志望551:

 ふふ……下手だなぁ、お坊っちゃん。下手っぴさ……! 願望の解放のさせ方が下手……! 聖女ロールするから、女性の聖人をモチーフにした服を贈る……その発想の貧困さ、如何にもトーシロー……!】


【英雄志望552:

 》》551

 そこまで言うなら言ってみろ……! 言ってみろよ……! あんたの言うプロっぽい案ってヤツ……!】


【英雄志望553:

 》》551 》》552

 仲良しで草。長文で殴り合ってるのもっと草】


【英雄志望554:

 いいか考えてもみろ……! ニコちゃんの属性は聖女、愉快犯、黒幕……! だがそれを演じるのはあくまでニコちゃんなんだぞ……! そう、安価で決まった三つのキャラ属性の他に、まだ隠し属性がある……!】


【英雄志望555:

 そ、そうか……! ニコちゃんは元々は男っ……アバターを女にしちまったドジ……この二つ! TSしたことによるギャップ、そしてどことなく抜けてそうなイメージ……この二つを活かさないなんてナンセンスだった……!】




「………」


 気づいてもらえてない上に、なんだか妙な議論してる……。

 だけどみんなが楽しそうでなによりです、とはいかない。主役は俺なのだ、俺を見ろ! だが、うぅむ……なんだか面白そうな話をしてるな。

 というかスレの表示方式が変わってる。なんでだ?




【英雄志望556:

 分かったようだな……おれの案はまず修道服だ……! 太腿が覗くスリットが入ってたらなおヨシ……! 次に男なら絶対つけない花嫁のヴェール、これは外せないっ……。つまり聖セシリアじゃなく聖カタリナ、モチーフにすべきはその人……! 護身武器に日本刀をつけてのミスマッチ感と、ビシッとキメた完璧な外見……それで裏にあるドジっ娘っぷりを際立たせる……!】


【英雄志望557:

 あ……】


【英雄志望558:

 なるほどなぁ……いいセンスだ】


【英雄志望559:

 いやちょっと待ておまえら。ニコちゃんログインしてっぞ】


【英雄志望560:

 うおー! ほんとだニコちゃんだ囲め囲めー!】




「楽しそうなことしてんね、キミら……いいけどな。それより何言ってんの? スレの表示もおかしいし。事情を報告しなさい」




【英雄志望561:

 上から目線ニコちゃん可愛いナリィ……】


【英雄志望562:

 屈服させたくなりますねクォレハ】


【英雄志望563:

 えっ! ニコちゃんのメスオチだって!?】


【英雄志望564:

 スレの方はあれよ。運営が通知してきてたぞ。秘匿性を高めるためになんかアップデートするとかなんとか。詳しいことは知らん。あ、おれもデスゲームのプレイヤーね。『オリンポス』じゃなくて『タカアマハラ』のだけど。ちなみにおれは安価なんかしてません。アドリブぢからのないおれがやったら即死する自信がある】


【英雄志望565:

 隙自語やめろ……って『タカアマハラ』!? 日本神話のデスゲームプレイヤーかよ!】


【英雄志望566:

 へー、なるほど。そんな理由でスレの表示がおかしくなったのか。てっきりおれのPCがぶっ壊れてんのかと思ってた】




「……あ、ほんとだ。通知きてるな」


 どうでもいいからスルーしていたが、ほんとうに秘匿目的でスレの方式を変更したらしい。

 どこがどう変わってどんな効果があるかなんて知らん。興味はない。




【英雄志望567:

 あと、今おれらが話してたんは投げ銭ならぬ投げ品、的な?】


【英雄志望568:

 今は秘密にしとこーぜ。ニコちゃんも過去ログ見ないでいてくれよな】


【英雄志望569:

 それとニコちゃんロールでいて。今の少年チックな話し方もいいけど、やっぱニコちゃんは『ニコちゃん』やっててほしい。ロール実行者はロールを完遂する……おにーさんとの約束だゾ!】




「ふーん……ま、いいけど。それと俺、少年だかんな? ロールはやってくから心配すんな」


 こほん、とワザとらしく咳払いをして、目を閉じる。

『俺』を消し去り『私』を造り、その中に入り込む。

 私は――目を開いた。


「これでいいですね。さて……そろそろお約束の時間です」




【英雄志望570:

 うぉー……相変わらずスゲー成り切り。同じ人間のはずなのに、一瞬で別人になりやがった】


【英雄志望571:

 表情と雰囲気だけで別人になるって、とんでもねーな……リアルで名俳優の経験値、片っ端からインストールでもしてんの? って疑うレベル】


【英雄志望572:

 ニコちゃんのこれは自前の才能やぞ。……なんか才能の一言じゃ片付けられん闇が見え隠れすることもある、それがニコちゃんクオリティー】


【英雄志望573:

 おっ。お約束の時間だってよ】


【英雄志望574:

 来るか……】


【英雄志望575:

 来たか】




「他人の経験値インストするの、私は嫌いなのでやったことはありません。ありのままの私ですよ。それはそれとして復帰早々早速ですが安価を取ります」




【英雄志望576:

 きっ、キター!!】


【英雄志望577:

 イッチ名物、絶対妥協しない安価。これは震えますよ……】


【英雄志望578:

 はよ。安価はよ! はよ!!】



「落ち着いてくださいねー。実は先程、ログアウトした後に運営の方とお会いしたのですが、その際にメインクエストの配布データをいただきまして。

 是非それを熟していきたいと思うのですが、どれから手を付けていけばいいか悩んじゃいそうなんです。そこでみなさんに決めてもらおうかなと。

 準備はよろしいですね? 例によって例のごとく、選択肢は三つ。一度しか言わないのでお聞き逃しの無いようにお願いします。では――

 1、イリオンを散策する。

 2、神様について聞き込みを行なう。

 3、イリオンの人たちと仲良くなる。

 どれにしますか? 下9の人、どうぞ。雑談や無関係なレスがついたら下にズレます」




【英雄志望579:

 ん? なんか今回の安価、大人しめだな】


【英雄志望580:

 物足りないにゃー。もっと過激な安価プリーズ】


【英雄志望581:

 毎度過激なのだとマンネリ化しちまうだろ。長丁場になるゲーム実況なんだし、こーゆーのでいーんだよこーゆーので】


【英雄志望582:

 『オリンポス』での神格がどうなってんのか知りたいし、2とか気になる】


【英雄志望583:

 え、これってほんとにメインクエストなの? 簡単過ぎない?】


【英雄志望584:

 》》583 ギリシア神話は地雷原だぞ。何があるか分からんから慎重にいくのがベターだろ。ベストは何もしないで帰ることな】


【英雄志望585:

 今回の安価はビミョーだからスナイプはしない。好きなの選ばせてやるよ】


【英雄志望586:

 ふ、素人どもが……ニコちゃんの運命力舐めんなよ。何やってもトラブルに巻き込まれる星の下に生まれてんだから】


【英雄志望587:

 千里の道も一歩から。大願成就まで邁進あるのみ。メインクエストも序盤はヌルいのばっかやろ、いきなり詰む仕様じゃない】


【英雄志望588:

 ニコちゃんは最初から最後まで詰みそうな難易度の方がよさそうだけどな。だってニコちゃんだぜ? デスゲームを四回もアドリブとプレイヤースキルで乗り切ってきたのは伊達じゃない】


【英雄志望589:

 誰も安価取ろうとしてない……1で。ぶっちゃけなんでもいい】


【英雄志望590:

 あれ、おれ安価取り逃がした? まあいっか、どうでも】




「今回の安価はぐだりましたね……反省してください。普段から安価取る努力してないと、取れるものも取れなくなるんですからね」




【英雄志望591:

 あれ? なんかガチ説教されたwww】


【英雄志望592:

 wwwwww】




「安価は1ですね。それでは早速イリオンを散策します。事件は現場で起こるもの、行動なき者にイベント無し。イベントがないと人生に張り合いがありません。所詮はお散歩任務などと甘く見ず、気張っていきましょう」


 イベントを求める心に、間違いなんかないんだから――とかなんとか呟きつつ歩き始め、すぐに足を止めた。

 ふと思ったのだ。あれ、古代とかだとリアルにテンプレめいたイベントが起こるかもだぞと。そこでスレ民のみなさんへ、念のため安価を募っておくことにする。


「そういえば、神話の世界とかマッポーめいたイベントとか起こりそうじゃないですか? ほら、私みたいな超絶美少女が一人で出歩いてると、なんかガラの悪い男に絡まれたりとか」




【英雄志望593:

 あー……って超絶美少女www 実際メチャ可愛いのズルい】


【英雄志望594:

 漫画の読み過ぎwww と、笑ってられんな。マジでありえる】




「そこで安価を取ります。暴漢に襲われる、もしくは絡まれた場合、私がどのように対処するかについてです。選択肢は三つ、下5で。

 1、ハイパー美少女ニコちゃんは勇気と無謀を履き違えない。逃げる。

 2、複数人相手に勝てるわけがない……? 馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!

 3、実際怖いので助けを待つ。

 いずれかが私の基本スタンスになります。ではどうぞ」




【英雄志望595:

 怒られたので参加。1で。おにゃのこが原始人に勝てるわけ無いだろ!】


【英雄志望596:

 3やな。ヒロイン化キボンヌ】


【英雄志望597:

 ゲームと遊びを混同すんな! ゲームは遊びじゃないんだよ!! ヒロイン化とか無理に決まってんだ、助けなんかこねぇ! 常識的に考えて2だ、自分でなんとかするんだよ!】


【英雄志望598:

 》》597 やだ、なんか怖い……。

 1だ。逃げてる最中に運命を引き寄せられるかもだしな】


【英雄志望599:

 2で。逃げてはつまらんし、助けを待ってヒロイン化するのはニコちゃんには似合わんじゃろうて】


【英雄志望600:

 実際怖いなら仕方ない。3を選び助けを待つのじゃ……】




「2、ですね。分かりました。もしものことがあれば精一杯、頑張って抵抗します」




【英雄志望601:

 精一杯(死に物狂い)】


【英雄志望602:

 頑張って抵抗(殲滅)】




「お前らは俺を何だと思ってるんだ(素)」


 思わず素の自分が顔を出してしまったが、咳払いして『ロール』に入り直す。


 裏路地から表通りに出ていくと、一層日の光が強くなった気がした。


 散策を始める。

 ファンタジー要素満載の神話の世界と聞くと、想像するのは如何にもな異世界ファンタジー物かもしれない。

 そういった創作物の舞台になる街は、基本的に中世ヨーロッパのものが最もイメージされ易いだろう。だが古代の都市が、そんなに整備されたものであるはずがなかった。

 雑な城壁、ちんけな城門、脆い塔。城塞都市と銘打ったところで、所詮は発展途上の未開の文明だ。正直、期待するだけ無駄というものである。


 が、そうした『常識的な偏見』は、この『オリンポス』には通じない。




【英雄志望603:

 イリオンに来た時から思っとったけど、なんかすんごく綺麗な都市やな。紀元前の原始時代とも思えん】


【英雄志望604:

 道の端、見てみ。小さな穴空いとるやろ? 地下に下水道あるみたいやな。ゴミ落ちてないし治安よさげ。家の壁も石畳も切れ目のない石で、窓になんかガラス窓が付いてんぞ。

 どう見ても時代にそぐわん。下手すりゃ二十世紀後半ぐらいの日本と同等、一部はそれ以上に見える。街灯とかは流石にないみたいだが】


【英雄志望605:

 さっきアレイス様が言っとったな、イリオンの王がアポロンとポセイドンに城壁作らせたって。リアルの神話通りに。つまりこれ、人工物じゃないんだろうよ。神様がとんでも技術で作ったんやろ。たぶん】


【英雄志望606:

 それよか気づいとるか? 人通り少なすぎひん?】


【英雄志望607:

 あ、確かに……】


【英雄志望608:

 リアルの方のギリシア神話を思い出すのじゃ、ニコちゃんや】




「……そうですね。割とヒントは出てますし、人通りが少ない謎を解き明かすのは簡単でしょう」


 人っ子一人いないイリオンの大通り。いっそ不自然なほどだ。

 どういうことかを考えるには、謎となっているものの要素を抽出して点として、それを繋げて線にすればおのずと答えは見えてくる。

 まずアレイスから貰えたヒントとして、イリオン……後のトロイアとなる都市国家の王が、アポロンとポセイドンと取引をして、城の城壁を作ってもらったという。

 アレイスがイリオンの王を傲慢と称したことから、おそらくリアルのギリシア神話と同じく、取引の対価として差し出すと約束していた物を渡さず、約束を踏み倒したことが考えられる。


 神との約束を破る、すると何をされる? 答えは簡単だ。そう神罰を下されるのである。

 たちが悪いのは、神罰というものはざっくりとしていて、大雑把なのが常なことだろう。個人を罰すればいいものを、国全体を罰しようとするのである。

 いこーる。


「イベントのかおりがする……」


 アポロンとポセイドンのスーパータッグ神罰で、イリオンは滅亡の危機に陥る。となると、大通りに人の姿が見えないのも納得だ。

 すでに神罰による危機が迫っていると推測できる。市民のみなさんはどこぞに避難でもしているに違いない――いや、アポロンは割と疫病を振り撒いたりすることも多いので、市民のみなさんは病気で寝込んでいるのかもしれない。

 じゃあ兵士はどこにいる? たしか恐ろしい怪物がイリオンを襲うはずだから、城壁付近に待機しているのかも。


「……安価、取ります?」




【英雄志望609:

 取ります取ります!】


【英雄志望610:

 構わん、取れ】


【英雄志望611:

 おれのスナイプ技術はさいきょーなんだ! 今度こそ安価を取ってやる!】




「んー……選択肢が思いつきませんね。今は仮にもメインクエストの散策を行なっている最中、これから逸脱する行為は――え?」


 ピロリン、なんて音が脳内に響く。まさかと思いつつコンソールを開くと、通知欄に『クエスト達成!』と表示されていた。

 えぇ……と困惑する。まだ歩き出して五分ぐらいしか経っていない。こんなの絶対おかしいよ、だって散策したって言えるほど歩いてなんかない。

 どういうことかと思うものの、とりあえずクリア報酬のスキルポイントを1ポイント受け取った。


 取得可能スキルに必要なポイントは、最低で50は下らない。1ポイントなんてクソだ。

 となると散策のクエストが目的にしていたのは、プレイヤーに備え付けられているカメラを通して、現在地周辺の地理情報を獲得することだったのかもしれない。このカメラすごいよぉー! さすが最新人工衛星のお兄さん! ステルス仕様な上に、一部の風景を撮るだけで周辺の地形を記録できるなんて!


「こほん。なぜか歩いて五分としない内に、散策クエストが終了してしまったので、気にせず安価を取りましょう。私が何をするべきか指示してください。下3で」




【英雄志望612:

 範囲せまーい!? クエストクリアはやーい!!】


【英雄志望613:

 今だスナイプ! イリオンから出て神話的怪物が実在するか確かめよう!】


【英雄志望614:

 ボルボふぉーてぃーんの如くスナイプ。とりあえず王宮とかに行ってみて、王様っぽい奴に取り入る。アドリブでうまいことやってね(はーと)】


【英雄志望615:

 》》613 》》614

 ほぼ同着www】


【英雄志望616:

 一秒差www すげぇ接戦www】


【英雄志望617:

 クソァ! おれが負けるなんて!!】


【英雄志望618:

 》》617 ドヤァ……】


【英雄志望619:

 ああ? なんだァ、てめぇ……】


【英雄志望620:

 喧嘩はやめよう! 次のスナイプを頑張るんだ!】




「………」




【英雄志望621:

 ニコちゃんまた困ってるw】


【英雄志望622:

 そりゃそうだw 何しようか悩んで安価やったのに、細かいとこ全部丸投げされたんだしw】


【英雄志望623:

 ニコちゃんを困らせ隊。そのためのスナイプ。そのための右手】


【英雄志望624:

 》》623 ぐう分かる】


【英雄志望625:

 》》623 ぐう有能】


【英雄志望626:

 ニコちゃん! 現実を見よう! ニコちゃんのスレの住人は基本ぐう畜ばっかりやぞ!】


【英雄志望627:

 なるほど、つまり……まともなのは俺だけか!?】


【英雄志望628:

 》》627 棺桶を用意しろ。一人用でいい】




「いや……うん、いいよ。やりますよ。安価は絶対ですので……アンカー様バンザイ!」


 ヤケクソ気味に叫ぶと、スレの中に草が生い茂っていく。久しぶりにイラッときた。

 まあこんなのはまだ序の口だ。デスゲーム実況しつつ安価でクリアしようと企画した当初は、本当に酷い安価ばっかりで生と死の狭間を何度も彷徨ったものだ。

 最近になって優しい安価ばかりになってきたから、平和ボケしていたのだろう。気を引き締めねばならない。この程度の無茶振りで狼狽えては今後やっていけなくなる。


「それはそれとして、王宮に行って、王様っぽい人に取り入る? 方法は私が考えて、実行するとして……うぅん……」




【英雄志望640:

 ……ニコちゃん……聞こえますか……聞こえますか……】




「!?」




【英雄志望641:

 今あなたの脳内に直接語りかけています……思い出すのです……ギリシア神話を思い出すのです……現在のイリオン王のことを……】




「な、なるほど……!」




【英雄志望642:

 あなたのファンは言っています……あなたのファンは言っています……孫子の兵法を思い出してくれと……】




「敵を知り己を知れば、百回戦っても楽勝というアレ……! 私は私をよくよく知っている。敵のことも少し知っている。充分ですねガハハこれはもう勝ったわ。それに思い返せばハゲの皇帝も言ってました、来て見て勝つと。二人の偉人の戦略を複合すれば……戦いは現場で高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に対処するのが一番だということは自明!」


 草葉の陰で孫武さんとカエサルさんは言っている。違う、そうじゃないと。

 もちろん私とて自分が頓珍漢なことを言っている自覚はある。わざとだ。

 正直に言うと、今のイリオンの王様のことなんかこれっぽっちも覚えていなかったので、ノリと勢いで突撃しただけのこと。

 安価は絶対だから仕方ない。絶対的優先順位のものを前に、熟考を重ねるのは私のスタイルではないのだ。とりあえず安価の通りに動いてみて、後でどうするかを考えるのが私のスタイルである。


 イリオンの王宮は、都市の中央にある。クレタ島にある青銅時代最大の遺跡である、クノッソスという宮殿に似ている造りだ。

 160メートル以上の豪奢な建造物で4階建て、部屋の数は1200を超えそうだ。辺りの建造物よりも十段ほど高い位置に建っているだけあって、見上げるほど高い王宮である。


 目立つから離れていてもすぐに見つけられた。私は王宮に早足で向かい、頭を空にする。思考を放棄したのではなく、現場を見て自身が何をするべきかを閃ける心の準備をしているのだ。言ってることの意味は分からなくてもいい、ただあるがままを感じればよい。

 私が王宮に駆けつけると、どうしてか人だかりができていた。

 どうやら何事かを言い争っている……のではなく、話し合っているらしい。二つ折りにした厚織りのヒマティオンを着た男女が十九人もいる。

 男の一人は初老に差し掛かろうかという風体。確実に彼が王様だろう。月桂冠を被ってるから分かりやすい。それで彼のすぐ傍に立っている、歳の近そうな三人の女、そのいずれかが王妃様だ。

 なら他の若い女や青年が、王様の娘や息子たちで間違いあるまい。十五人もいるとは子沢山なことである。まあ神話だったら珍しい話でもないので気にする必要はなかった。


 そして彼らの周囲には、護衛らしい戦士が二十人ほど……これは別にどうでもいい。なぜなら彼らを見掛けた瞬間、私の灰色の脳細胞がギュルンギュルンと唸りを上げて素晴らしい作戦を思いつかせてくれたからだ。

 私は急いで駆け寄っていく。すると私の接近に気づいた戦士の一人が、槍を構えて制止してきた。とまれ! と。私はそれを無視して更に近づくと、両手を広げて月桂冠のオジサマに向けて叫ぶ。


「――お父様・・・!」


 私の大声での呼び掛けに、全員が「は?」といった顔になり。

 次に「え?」と疑問を浮かべ。

 「おい」という真顔で月桂冠のオジサマに視線が集中する。


 月桂冠のオジサマは、私を見て、次に妻を見て、その次に娘、息子達を見渡すと。私が彼をお父様呼ばわりしたことの意味をようやく呑み込めたようで、顔面を大いに引き攣らせた。


 その反応で充分だ。見ず知らずの小娘にいきなりお父様呼ばわりされれば、身に覚えがない限り「何言ってんだコイツ」という反応をするはずだ。それにそもそも好色な男ではないと、無節操ではないと周囲から信頼されていれば、周りはあんな反応をしない。

 オジサマはこれまで散々、ブイブイ(死語)言わせてきたというのが丸見えである。ここしかない、心苦しいが安価は絶対だから、取り入るためにはこうするしかなかったのだ。


 ガバガバ式理論武装は完璧。ノリと勢いと謎の説得力を武器に、いざ神話の表舞台へ立つ時が来たのだ……!









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