7

 緊急事態とはいえ授業を抜けだして動き回るのは難しい。

 昼休みを待って、三人は空き教室に集まった。椅子を向かいあわせて腰を下ろす。

 まず話し始めたのは野川のがわ先輩だった。


「残りのクラスも回ってみたけど成果なし。実鈴みすずちゃんの注意を守って詳しい事情はバラしてないから安心してよ」


「ありがとうございます。ごめんなさい、変なことに巻きこんでしまって」


「悪いのは消えたやつっしょ。俺考えたんだけどさ、坊城ぼうじょう偽名ぎめいって線は? 例えば俺が初対面のときに『鈴木すずきです』って名乗ってたら、宮本みやもとさん、信じた?」


「それは、たしかに信じてしまいそうです、けど……」


 でも、隠れ家のように使っていた旧図書館に花帆が通うことを許してくれた日向ひなたが、わざわざ偽名を使うとは考えにくい。


「だったらごまかしてるのは名前じゃなくて学年とか」


「三年生が二年生って言った、ってことですか?」


「一歳若作りする意味、わかんねーよな」


 自分で言っておきながら野川先輩は否定的だ。


「一応三年の先輩にも当たっとくから、宮本さんは二年の教室覗いてみてよ。俺、付き添う。メンツが揃ってるのはやっぱ朝だよな」


 二人が話している間中あいだじゅう、腕を組み、黙りこくっていた実鈴が顔を上げる。


「ねえ、今からすごく変なこと言うけど、いい?」


 花帆かほと野川先輩、二人の視線を受けて、実鈴はゆっくりと口を開いた。


「あたし、授業の間の休み時間に行ってみたんだ。旧図書館。でもやっぱり、入れなかった」


「でも宮本さんはそこでその坊城ってやつと会って……え、別の場所と間違えてる?」


「花帆はそこまで馬鹿じゃない。ついでに怪しいやつに騙されてるとも思えない。それに、あたしと野川先輩が行ったときも、花帆と二人で行ったときもドアは開かなかった。これって花帆がひとりのときだけ中に入れる、ってことじゃないの? 自分でも言っててどうかと思うけど」


 普段、非合理的なことを言わない実鈴がそれを口にする。ということは、よくよく考えての意見、ということだ。


「心霊スポットと名高い旧図書館に、宮本さんだけが呼ばれてる? じゃあ何、坊城ってやつは幽霊」


 反射的に言ってしまったらしい野川先輩が慌てて口を押さえた。


「少なくとも。旧図書館がそう呼ばれるのには噂以上の理由があるのかもしれない、とは思った。制服着てるってことは、たとえ幽霊だとしてもこの学校の生徒ではあったってことでしょ。その辺含め、今までの在校生を確認できればいいんだけど……」


「だったら図書館だ! 新しいほう。図書委員だけが入れる事務部屋に卒アルの入った本棚がある。帰りまでに話つけとくから、調べに行こう」


 勢いよく立ちあがった野川先輩は、さっそくスマートフォンといじり始める。

 ぐるぐると、状況がめまぐるしく変わっていく。

 そのど真ん中にいる花帆は、意識を保つだけで精いっぱいだった。



 膨大ぼうだいな卒業アルバムを前に気づいたのは、この高校の制服が時折ときおり刷新さっしんされているということだ。現行げんこうのデザインになったのは十年前。

 日向が写っている可能性のあるアルバムはずいぶんとしぼりこまれた。

 先生に見つかったら大目玉だとおびえる図書委員を野川先輩がなだめすかし、緊張に手を震えさせながら花帆がアルバムをめくり、そんな花帆を隣に座った実鈴が支える。

 焦りと不安の中で、花帆は、個人の顔が名前入りでっているページに目を走らせる。急いで、でも見落とさないように、名前と顔、両方を確かめていく。


(いない)


 もう一度、今度は最初からページをる。

 ふ、と、見憶みおぼえのある頭を見つけた気がして手が止まる。

 それは三年前に卒業した先輩たちが一年生のときの一枚だった。キャプションには「新入生合宿」の文字。

 ジャージ姿の生徒たちが山道で笑顔を浮かべている。

 その中に、くしゃくしゃとした髪の男子生徒がいた。

 花帆が知っている顔より、ほんの少しだけあどけない。


「……ねえ」


 目を離せないまま、花帆は実鈴に呼びかける。


「いた?」


 弾かれたように実鈴が振り向いた。


「この人」


 写真を汚してしまわないよう、触れるか触れないかのぎりぎりで指し示す。

 花帆の目からはぽろぽろと涙がこぼれていた。

 その後、アルバムを詳しく確かめてわかったのは、おそらく日向が二年生の一学期――ちょうど今ごろの季節に何らかの理由でこの高校を去った、ということだった。

 五年前なら勤めていた先生がまだ残っているだろうから、話を聞けば正確な事情がわかるはず。

 そう言う実鈴に、花帆は頼みこむ。


「どんな答えが返ってきてもちゃんと受けとめる、って決心がつくまで、確かめるのは待ってほしいの。そうじゃないと、わたし」


「わかった。勝手なことは絶対にしないし、野川先輩にもさせない。約束する」


 震える花帆を抱きしめて、実鈴は何度もうなずいた。

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