6

 心配な気持ちを抱えたまま迎えた週明け。

 登校するなり、待ち構えていた実鈴みすずに腕を引かれ、花帆かほはひと気のない空き教室に連れこまれた。両肩を押さえるようにして、そのまま椅子に座らされる。


「落ちついて聞いてほしいんだけど」


 そう言う実鈴こそ顔色が悪い。いつもは冷静な親友の見慣れない表情に、花帆はごくりとつばを飲む。


「旧図書館で坊城ぼうじょう先輩って人と会ってる、って言ってたでしょ? あたし野川のがわ先輩にいたの。知ってる人じゃないですか、って。でも」


 そんなやつ、聞いたことねーな。坊城なんてめずらしい名字、一回でも聞いてたら忘れねーと思うんだけど。

 交友関係の広い野川先輩が、首を傾げたらしい。


「2-Bで間違いない?」


「うん」


「もう一回確かめてきてもらう」


 ポケットからスマートフォンを取りだした実鈴は、ものすごい速さで親指を上下左右させる。スマートフォンはすぐに何かを受信したのに、実鈴は口を開かない。


「ねえ」


 答えをうながしながらも、花帆にはもう、野川先輩からの返信内容がわかっていた。握りしめた指が冷たくなってくる。

 結果は想像の通りだった。


「2-Bまで行っていたけど、『それ誰』って言われた、って……」


 いったいどういうことなのか。

 呆然とする花帆の脳裏のうりには日向ひなたのあれこれが次々と浮かんでくる。

 淡々たんたんとした、けれどけして冷たくは響かない声。猫っ毛。留められていない第一ボタン。いつも笑みを宿しているような口もと。斜めに向かいあったときの、穏やかな表情。

 こんなに思いだせるのに、いない、だなんてありえない。

 けれど状況を適切に表す言葉も見つからない。考えれば考えるほど、目の前が暗くなるようで息が苦しくなっていく。

 実鈴のスマートフォンが再び震える。


「野川先輩が協力してくれるって。二年生探すなら同学年に頼んだほうがいろいろわかるよ。いい?」


 二人を前にするとうまく振舞ふるまえない、なんて、言っていられる状況ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る