2
それからどのくらい経ったのか。
扉が開く重たい音にはっとして
悪いことをしているわけでもないのに息を
誰かの足は離れた場所で止まった。次に聞こえてきたのはどさ、という音が続けて二回。
(……
先にいた花帆がいうのも何だけれど、こんな場所にやってくるなんて何者だろう。
読んでいた本をそっと置いて、身を低くした花帆は書棚の陰から様子をうかがう。
少しずつ膝を伸ばし、ついにはつま先立ちになったけれど、そこには誰の姿もない。
――〝旧図書館には幽霊が〟
にわかに噂話が
倒れてしまいそうな恐怖に耐えきれず花帆は声を張りあげた。
「お、お化けとか、怖くないから!」
直後、どご、と木の板にぶつかるような音が響き、
「痛」
聞こえてきたのは、幽霊にしてはあまりにもはっきりとした、男の子の声だった。
館内の中央に近い壁際、貸出しカウンターの内側で男子生徒が立ちあがる。
完全な死角だ。見つけられるわけがなかった。
驚きと子どもっぽい台詞を聞かれてしまった恥ずかしさで、花帆は固まる。
くしゃくしゃと波打つ髪を撫でながら、男子生徒が花帆を見た。
見慣れた制服に、見たことのないすっきりとした顔立ち。シャツの第一ボタンを外しているところに余裕がうかがえる。先輩だろうか。
「ごめん、怖がらせたみたいだけど俺も驚いた」
言葉とは裏腹に喋り方は落ちついている。
「ここに俺以外の人間がいたのって……えっと」
「
「宮本さんが初めてでさ」
そこまで言うと彼は
近寄って見ると、先ほどカウンターで打ったらしく、肘は赤くなっていた。
それと一緒に、シャツの胸もとに留められたピンも目に入る。2-B。やはり上級生だった。
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんです」
小さくなる花帆に男子生徒は、
「こっちこそごめん、そういえば怪談話の舞台だっけ」
逆にちょこんと頭をさげた。
どうやら通い慣れているらしい。
「わたし、
失礼します、と礼をしかけた花帆に、彼はわずかだけ首を傾げる。
「掃除、してた?」
「……本、読んでました」
「真面目なのか不真面目なのか。別に構わないよ。俺、昼寝してるけど気にしないで」
あっさりと言われ、花帆は拍子抜けした。そうか、鞄は椅子ではなく枕だったのか。
本当は、もうしばらくここにいたいと思っていた。
「だったら、あと少し」
「うん。じゃあ」
ひらりと手を振って、彼はカウンターの内側に消える。
壁際で再び本を開く。古ぼけた空間で静けさに身を
寂しい場所のはずなのに不思議だった。いや、だからこそ、か。
(わたしも、寂しい)
だから、似たものに励まされる。
(でも、応援しないと)
薄暗さに文字を追うのが難しくなったころ、鞄を手に立ちあがった花帆は、思いきってカウンターの中を覗きこんだ。
「帰り?」
寝ているものと思っていた男子生徒は、けれど目を開けていた。寝転んだ姿勢のまま花帆を見あげてくる。
「はい。それで。これからも本読みに来てもいいですか。お昼寝の邪魔はしないので」
「いいも何も、学校の施設でしょ」
ふわりと浮かんだ笑みは、猫のあくびのようだった。
「名前聞いたのに名乗ってなかった。俺、
「……棒状?」
聞きなれない響きに
「違う、坊さんの坊に城で坊城」
間違えられる、あるいは聞き返されるのに慣れている人の口調だった。
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