第9話 ロークの禁術 白骨戦士の全滅
酒場に入ってきたのは白骨の戦士だった。サビの浮いた剣を構えている。
眼窩の奥にほんのり赤い光がともっている。その白骨の戦士が10体ほどがなだれ込んできた。
酒場は騒然となる。
武器を抜く冒険者らしき男、あわてて脱ぎ捨てていた鎧を着込もうとする傭兵風の男などでごった返した。
エキドナは冷静に酔いつぶれているサーラを起こそうとしている。
大柄な傭兵が両手剣をふりかぶって白骨の戦士に斬りかかっているのが見えた。
あちらこちらで剣を撃ち合う音がするが、白骨の戦士の一団には後から増援が加わり酒場の中に20体はいる。
酒場のマスターは鍋をかぶってカウンターの中に閉じこもり、給仕たちは二階へと逃げ去っていく。
ローグはその白骨の戦士たちを見つめた。
その白骨の戦士たちはどうやら魔物ではなくネクロマンシーで操られているようだった。じっと目を凝らすと術式が見えてくる。白骨の戦士たちを取り巻いているネクロマンシーの術式は慣れているが粗いようだった。
ロークはテーブルの上に立ち上がり右の手のひらを白骨の戦士たちに向けた。
エキドナがこちらを見る。
「おじさん! 簡単な火とかの術は焼け石に水だよ!」彼女が叫ぶ。
ロークはそのまま意識を集中し、相手の術式を解除した。
術が走り、パシーンとグラスが割れたような音がした。
そのまま白骨の戦士たちはガラガラと崩れ落ちた。
術式の解除は同じ術を使う者、あるいはより高位の術を使う者だけだ。そして死体操作の魔法は禁術である。
ロークのその様子を見ていた者はエキドナだけだった。
彼女は口をぱくぱくさせながら呆然とこちらを見ている。
ロークはにっこりと笑って酒場の外に飛び出た。
そこら中を白骨の戦士が埋め尽くしている。
あちらこちらで戦いや攻撃魔法の音が聞こえてくる。
炎上している商店もあった。
観察していると、その白骨の戦士以外で、たおれた冒険者などを操っている様子はなかった。特定の種類のものしか操れないらしい。かなり低位のネクロマンシーだ。
白骨も本物ではなく何かの道具かもしれない。
ロークは街の中の喧騒を走り抜けた。
ちょうど城壁の上の矢倉からシュトルの街が一望できそうだった。城壁によじのぼる。何度か白骨の戦士がつっかかってきたが、その都度、短剣で身を守りつつ術式を解除した。城壁に登るハシゴを見つけ、ロークはよじのぼった。
「おい! 呪い師! こっちは危ないぞ!」
聞き覚えのある声がする。
女騎士レジーナが神を振り乱して叫んでいた。
彼女は城壁の上で白骨戦士の一団に囲まれているようだった。
衛兵数名とレジーナが小さな円陣を組んで白骨戦士と打ち合っていた。
骨しかないのになかなか威力のある攻撃をするようで、彼女の盾はぼろぼろになっている。
ロークはそちらに右の手のひらをちょいと向け、城壁の上の白骨戦士の術式を解除する。白骨戦士は瞬時にぼろぼろと崩れていった。
「お、お前?」
レジーナの顔は驚きと問い詰めるような表情が入路混じっていた。
「後にしましょう、あの矢倉に登るのでその周囲を守っててください」
「あ、あぁ……」
城壁の上に木造で建てられた矢倉はかなりの高さだった。
はしごでひょいひょいと登る。田舎暮らしで鍛えられた足腰は強靭だった。
矢倉の上からは城壁の内外がよく見えた。
城壁に囲まれたシュトルの街には、いま少なくとも100体ほどの白骨戦士が出現しているようだ。
「術式は荒いし……行動パターンも少ない。ほんとうに操るだけのかなり低位なネクロマンシーだな」
ロークはそう判断した。
手を広げ、意識を街全体に広げる。
さすがのロークもこの瞬間は無防備になる。一応周囲は確認したが、レジーナたちが下にいたのはラッキーだった。というよりもレジーナたちがいたから少しづつではなく一気に解除することができるようになったのだ。
街全体に意識を張り巡らせる。
隅々まで。白骨戦士たち全体をほぼ捕らえた。
その術式の出どころもおおよそ判別がついた。本来ならもう少し隠してほしいところだ。
「解除!」
ロークはパシンと手を合わせた。
その直後、街中の白骨戦士たちが一斉にぼろぼろと崩れていった。
戦っていた衛兵や傭兵、冒険者たちはしばらく戸惑っていたが、とにかく白骨の戦士は倒したので街中から歓声があがっていた。
さすがに疲労したロークは息をつきながら矢倉から降りる。
レジーナが疑惑の色彩を強めた眼差しでこちらを睨んできた。
「一体、お前は……まさかお前が……」
「私は解除した側ですよ。とにかく話があるなら後で……荷物を全部酒場に置いてきたのでね」
「ま、待て……」
ロークはレジーナに手を振り城壁からおりた。
ちょうどそこにはエキドナとサーラがロークの荷物を持って立っていた。
「おじさんが城壁に登るのが見えたから」
「うーい?」サーラはまだ酔っ払っているらしい。
エキドナがロークに荷物を渡す。
「頼む、力を貸してほしい。この国を治める伯爵を倒さなくてはならないんだ」
エキドナの目はとても真剣だった。
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