第8話 魔王の遺物

「何事か!」

 大声と共に飛び込んできたのは、金属鎧を身につけた、すらっとした女性だった。バスバラ伯国の紋章が描かれた盾を左手に持っている。


 城門で見かけた女騎士だ。


「ははは、どうしたんですが、ちょっとした諍いいさかいみたいですよ」

 ロークがにっこりと笑顔を浮かべて答える。


 彼は、いま聖堂の床に寝かされてうめき声をあげる悪党の治療をしていた。ロークは禁術以外も使えるが、やや苦手だ。それでもじっくりと時間をかけた下位砲術はよく効き、焼け焦げた悪党の皮膚はほとんど治癒しかけていた。


 レジーナはその様子をちらりと見ると、今度は、聖堂に食事を持ってきた衛兵のほうを見た。

「騒ぎが起きたようだな?」

「はぁ……まぁ大したことはないようで」


 衛兵も問題を起こしたくはないのだろう。言葉を濁した。

「まぁいいだろう。そこの呪い師!」

「ロークです」

「むっ……呪い師ローク、いずれ話をじっくりと聞かせてもらうぞ」

 レジーナはじろりとロークを睨むとマントをひるがえし、靴音も高らかに立ち去っていった。


「ふぅ」

「何かすいません、呪い師さん」

「いえいえ……」


 ロークの麻のマントの影に隠れていた人物が声をかけてきた。

 さきほど悪党を黒コゲにした道化師の姿をした少女を「お姉ちゃん」と呼んだ方だ。薄緑色の髪を短めに揃え、異国風の曲刀を提げている。

 「お姉ちゃん」のほうはツンと天窓のほうを向いていた。


「ありがとうございました、わたしがサーラ、こちらが姉のエキドナ」

「ロークです、よろしく」

 ロークはぺこりと頭を下げた。


「そのぅ……」サーラがぼそぼそと話しかけてくる。「あんまり驚かないんですね、あれ・・の件」

「あぁ、あれ・・ね……」

 悪党の炎の術を反射した「復讐の爪痕」だ。

 魔王の遺物。強力な術を秘めた道具だ。かつて魔王を倒した折にいくつか入手した。このバスバラ伯国の主となった傭兵エドマンドも1つ持っていた。

 ロークも1つ隠し持っている。


 強力な道具ではあるが、このくらいの能力であれば、使い方さえ間違えなければ危険の少ないものではあった。もっと強力な魔王の遺物は危険極まりないものだ。


「危険かもしれないが、そのくらいなら大丈夫だ」

「もしかして、他のものも見たことがあるんですか?」サーラの目に爛々とした光が灯った。

「ん?」

「少し、お話聞かせてください。私たちはある道具を探しているんです」


——数刻後。

 シュトルムの街の酒場に移動した後、サーラは木のジョッキで麦酒をガブ飲みしていた。


「ですからぁー、探し物があるんですよぅ」

 彼女は木のジョッキを長テーブルに叩きつける。相席になっていた傭兵らしきガラの悪い連中がビクっとなる。


「らはははー、もう1杯」

 姉のエキドナは例によってすっぽりとマントをかぶっていたが、ため息をついた。


「サーラはこうなったらもうだめね」ぼそっと言う。

「探し物って何ですかな?」ロークは直球を投げた。


 エキドナは金色の瞳に警戒のこもった光を浮かべた。

「さぁ、形見か何かかな」

「……これを見てほしい」


 ロークは麻の袋から古びた本を取り出した。

「それが?」

「開けてみてごらん」


 エキドナはその本をつつき、それから手に取った。開こうとするが開けない。

 かなり力を込めるなどしていたが、その本は開かなかった。


「何これ。本を模した小道具?」

「いや、それも君たちの持っている道具と同じだ。遺物と呼ばれているよね」

「……」

 ロークは目の前の木製ジョッキを持ち上げて口をつける。ぬるい麦酒が入っていた。傾けると液体が喉に流し込まれる共にじんわりとホップの苦味が口の中に広がる。


「異物は魔王のものだ。私は魔王が復活したのではないかと考えている。魔力が増しているんだ」

「……」

「君たちの道具も力を増しているのではないかい? それは『復讐の爪痕』。B級遺物だ」

「……名前、知ってるんだ」

「うむ……」

「あたし姉妹はそれ・・を追ってる。何か剣のようなものを」

「ふむ……」

「あたしは少し魔術を勉強したからわかる。ふつうの付術と異質すぎる。その剣は強すぎた。あたしたちの一座を皆殺しにするほどに」

 彼女の目は一点を見つめていた。

 手が震えている。


「あたしたちの一座はあの剣を持ったあいつに皆殺しにされたんだ。だから同じ気配を持つ剣を追っている」

「そのカケラはどうやって手に入れたのだい?」

「もともと座長が持っていたの。あいつが奪っていった残りにあった。小さいから見逃したんだと思う」

「ふむ……」


 魔王の遺物自体はたくさんある。B級やC級ならそのあたりの旅芸人の一座が持っていてもおかしくはない。


「この国の主もそれと同じような物を持っていると聞いて……」

 エドマンドが持っているのは剣型ではなかったはずだ。しかし後日入手したのかもしれない。


 ロークは安心させるように笑った。

「私はこの国の主と会ったことがあるんだよ。おそらく彼が持っているのはそれではないと思うが、一緒に行くかい?」

「……考えとく」


 サーラが机に突っ伏して寝息を立て始めた頃。

 酒場の扉が勢いよく開かれた。

「た、大変だ!」

 扉から入ってきたのは額から血を流した傭兵風の男だった。


「ま、魔物だ! 魔物が外から入ってきた! 助けてくれ!」 

 言い終わるか言い終わらないかの内に男は倒れた。

 そしてその男の後からはのっそりと剣と盾を構えた白骨が入ってきたのだった。






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