青と朱色

@aoniyoshi1104

第1話

 地球温暖化による海面上昇、大陸の砂漠化、気温の上昇、酸素量の低下などによって地表での生活が不可能になり、人々は地下生活を余儀なくされた。

       「世界録 第一巻」より抜粋


そして地下生活を送り始めて約二百年。地上だけでなく地下すらも生き物とも違う人類の『敵』同士の争いによって大きな損傷を受け、人類の存続は困難となっている。この危機を打開するために我々は対『敵』兵器「イザナミ」の実用化をここに提案する。   第五研究所より提出された軍に 対する意見書より

                   


ほぼ同じサイクルで回る生活を何年か繰り返していたある日のこと。

ナンバーナインは今日も無機質な空間に閉じ込められたままイザナミ稼働のためのテストの一部始終を無表情の大人達に観察されていた。人類の救済を試みる実験だと皆が口を揃えて言う。記憶にある限りでは短い人生のほとんどをこのガラスに囲まれたこの部屋で過ごし、体中をパッチのついた管に覆われながらテストを行っている。

 ウウウウウウゥゥゥゥゥゥウウウウウウ

突然けたたましい警報音が施設内に響き渡る。その奥には破壊音もわずかに聞こえる。警報は施設を覆う三つある障壁の内の一番外側のものが『敵』によって突破されたことを報せるためのものだ。

「第一障壁が突破されたぞ!軍は何をしている!?」

「そんなもの知るか、とにかく我々はデータを持ってシェルターに避難するぞ!」

「ナンバーナインはどうする!?」

「あれは大事な被験体だ、カプセルに入れてシェルターに運べ!」

 突然の避難警告に研究者たちが慌てて避難の準備をしているのをナンバーナインはガラス玉のような目を通して眺める。

「ナイン、カプセルに入り、体力温存のためにスリープモードに移行しろ。」

 ナインは言われた通り膝を抱えるようにして意識を閉じ、スリープモードに入った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

…ふと意識を開くと見えたのは何もない白い壁に囲まれた部屋だった。

「ようやく起きたか、ナイン。」

 瞳を横に動かすとそこには研究所では見たことのない、白衣を纏った男が立っていた。

「質問の許可を求める。」

「許可しよう。」

「質問は二つ。ここはどこか。あなたは誰か。以上。」

「ここは第二障壁内にある第三研究所の付属病院だ。私は第三研究所の所長、エヴァ・フォーシャーだ。第一障壁は『敵』によって全壊、第五研究所、第四研究所はシェルターと共に壊滅状態だが、君は幸いにもカプセルに守られたまま瓦礫の間にいたため生存した。ちなみに第四、第五の生存者は合わせても君一人だ。よって君を被験体とした実験は私の第三で引き継ぐことになった。よろしく。」

エヴァはそう言うと手を差し出した。

「その手はなんだ?」

ナインは表情を変えずに首をかしげて問うた。

「は?」

エヴァは何を言っているのかと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。

「手を差し出すのはなぜだ。」

室内に大きな溜め息が響く。むろん溜め息の主はエヴァだ。

「…そんなことも知らないのか。」

「私は被験体だ。その意味を知る必要がないと判断する。」

二度目の溜め息。

(確かに人類の存続のためならいくらかなりふり構っていられないことがあるが、これは被験体に対して非人道的すぎないか?…いや第五はまともなとこではないからな。あそこは異常だった。)

「手を差し出すのは握手のためだ。言葉の意味はわかるだろう?」

「手を差し出されたら握手。記憶した。」

「なんか思っていたのと違うがまぁいいか。それと実験を開始する前に君には一週間ほどの検査入院をしてもらう。フロア内であれば部屋を自由に出入りして構わない。」

「記憶した。」

あらかたエヴァは説明をし終えるとまた来る、と言い残して部屋を去っていった。

それから数日検査を日に二度受ける以外の時間は部屋で何もせずに過ごした。

 ナインは生まれてからずっと人ではなく被験体として過ごしてきた。そのため感情らしいものは芽生えておらず。また自由という言葉の意味は記憶できるが理解はあまりできていないため、気ままに過ごすということができない。機械と何ら変わりはしない。

 だが転機は嵐と共にやってきた。

 その日、ナインはいつものように部屋で何もせずに過ごしていた。

ガラガラガラッ

「はぁ~なんとか逃げ切った~。まったく看護師さんとかしつこいんだよな~。」

「おい。」

「わあぁっ?!え、なんでここに人いんの?前まで空き部屋だったのに。」

「私は四日前からここにいる。」

「えーまじかよ。気軽にここ来れないじゃん。なんかお前怖いし。」

「何がだ。」

「無表情すぎるところだわボケ。」

「訂正。私はボケではない。」

「めんどくせーなー。てかお前名前なんていうの?」

「ナンバーナイン。」

「それただの番号だろ。名前を聞いてんだよ。」

「ナイン。」

「それも番号だな。要は名前がないってことだな!じゃあ俺がつけてやるよ。」

「必要性を感じない。」

「えー、必要だろ?ほかの人とは違うんだって証なんだから。」

「判別であればナンバーで可能。」

「あ゛―もうめんどくせぇ!俺がつけたいの!それでいい?!」

「それは許可の要求か。判断しかねる。」

「ああ゛ん?!めんどくせぇ!もういいわ!」

「許可は必要ないのか。」

「ねえよ、あんぽんたん!」

「訂正。あんぽんたんではない。」

「うるさい!静かにしないか!アカツキ!君は病人だろう!さっさと部屋に戻らないか!」

唐突に会話という名の漫才に区切りをつけたのはエヴァだ。

「げ、父さん。」

 ナインとアカツキが繰り広げていた先程のやり取りは開いた扉からこのフロアに響き渡っていた。そしてアカツキはひきづられるようにエヴァに連れて行かれた。

「私の息子が失礼したね。」

「謝罪の必要はない。」

無表情で答えるナインにエヴァは苦笑する。

「ありがとう。」

「感謝も必要ない。」

「そういわずに聞いてくれ。あの子…アカツキは少し変わった子でね。とにかく知識欲が強いが私と違い目を向けたのは美術や文学とか今では不要とされてきたものだ。そのせいか私を含めあの子の考えを理解できないから友人がいない。そのうえ小さいころから入院生活を送っているせいであの子の世界はひどく狭い。それに本人は辟易しているのか最近は少し情緒不安定なところもあってね。でも先程のように前のアカツキは明朗快活な子だった。親としてはそちらのほうが嬉しいんだよ。もし今日みたいにアカツキが来たらさっきみたいに過ごしてほしい。」

「理解できない。が、善処する。」

 それからアカツキは病気を思わせない快活の嵐でナインを巻き込んでいった。

「よぉ、ナイン。遊びに来たぜ!今日はこれ持ってきたんだよ。一緒にみようぜ!」

その日はそう言ってアカツキはいくつかの本を抱えてきた。

「それはなんだ。」

「空の図鑑だよ!おまえの名前を付けるのに使おうと思ってな!」

「その必要はな…」

「くても俺がつけたくてやるの!異論は認めない。」

「承知した。だがなぜ空なんだ。」

「おまえ自分のことナインっつったろ?ナインって日本語で「く」ともいうらしいんだよ。こじつけだけど空って漢字の音読み、「くう」に響き似てるだろ?だから。」

「無理やりだな。」

「うっせ。でも結構きれいでいい感じのとかあるんだよ。それにおまえ目も髪も黒に近い青だろ?夜に近づく空の色に似てんだよ。」

「空はこんな色をしてるのか。」

「まぁ、それには近いな。ほら、これとか。」

自分の髪をつかんで眺めるナインにアカツキは『薄暮』と書かれたページの空を見せる。

「でもハクボなんて名前っぽくないしなぁ。あ、これとかは?」

今度は『青空』のページを見せる。

「青いな。」

「まぁこれは昼の空だからね。でもきれいでしょ?」

「わからん。」

「わからんっておまえなぁ。でもせいくうか。結構いい名前じゃね?よしおまえの名前は今日から青空な!」

「ナインはどうする。」

「訂正!俺といるときだけセイクウ!」

「なぜ二つ名前がいるんだ。」

「ん~セイクウは俺とおまえとの名前だから?」

「支離滅裂だ。意味を理解しかねる。」

「まぁとにかくそういうものなんだよ。あんま考えんな。」

「そういうものか。」

「そういうものだ。…っふっ。」

「なぜ笑う。」

「面白いから。」

「そうか。」

「これからセイクウにはいろんなもの見せないとなぁ。」

「なぜだ。」

「そりゃあカンジュセイ?を育てるためだろ。おまえ、きれいとか面白いって感じたりすることないだろ?」

「感受性だ。意味は理解している。」

「それとは違うんだって。」

次の日もその次の日も、アカツキは様々な本や図鑑を持ってきてはその素晴らしさや美しさ、面白さについて語った。それは画集であったり昔いくつもあった国々の文豪がかいた文学作品であったりもした。

「セイクウ、今日は人間失格読もうぜ。」

「なんだその恐ろしいタイトルの作品は。」

「いやこれが結構面白いんだって!」

これは検査入院が終わり、実験が再開されてからも毎日、どんなに短くても続いた。

 それはセイクウにとっては新しいものだらけではあったが、日常であった。だがその日常も少しずつ変わっていった。

「セイクウ!今日はレオナルドダヴィンチだ!」

「あぁ、昨日言っていたやつか。モナ・リザは知っているが他はあまり知らないな。」

「他の作品だと最後の晩餐とか?」

「どんなやつだ?」

二人が出会って三年。セイクウには感情が芽生え始め、ようやく人らしいといえるまでに成長した。顔には出ないが。

「やぁ、お二人さん。きょうも元気がいいね。」

「きょうはこれだからな!」

「かの有名なレオナルドダヴィンチだ。」

「ナインもアカツキにだいぶ毒されてきたね。」

「訂正!毒いうな!」

「アカツキの言う通りだ。私は毒を盛られていない。」

(アカツキもナインの口調が少し移ってる…。ずいぶん変わったもんだね。)

 二人を親のように(アカツキの実の親であるが)見守ってきたエヴァは微笑ましくなる。

 だがその一方でエヴァは不安に襲われた。対『敵』兵器「イザナミ」の調整は最終段階に入り、それが終われば被験体であったナインは軍人となり戦うことになる。そうなれば二人は簡単に会うことは叶わない。そうすれば二人は元の状態に戻ってしまうのではないか。それだけは防ぎたかった。

 しかし人類の存続を目標とする研究者としてそれは願ってはいけないことだった。現にいまエヴァは感情を宿す「兵器」を生み出したことで軍法会議にかけられている。はじめは自我がなければ前線で活動できないのではないのかという疑いからアカツキに触れ合わせただけだった。だがエヴァも人間だ。情に流された。どうにかして二人を引き離したくなかった。でも。

「なぜ兵器に感情を抱かせたのか。」

「無駄なことだ。」

 当たり前のように軍の幹部たちはそれを紛糾した。上層部というのは下部に対して非情なものである。

「なぁ、セイクウ。『敵』がいなくなって地上に出れるようになったら空を見に行こうぜ。」

「わざわざそれのためだけにか?」

「それだけのために。そんで暁と青空、両方見ようぜ!」

「あぁ。」

「約束だからな!」

 そして一か月後、「イザナミ」の調整も完了し、ナインは前線へと旅立った。

 しばらくは二人は通信によって連絡は取りあっていた。しかし前線の状態悪化とアカツキの病状悪化により二人は疎遠になっていった。

 さらに三か月ほどたったある日、ナインは第二障壁内に帰還していた。理由は「イザナミ」の激しい損傷による戦闘力の低下が著しいため、修復作業に入るからだ。ついでにナインも身体的疲労を回復させるよう待機命令が出されていた。

 第二障壁内にある軍部の寮でナインが休んでいるときだった。一通のホログラムメールが届いた。

《アカツキが死んだ。》

 ただそう一言。エヴァから一報が届いた。

 ホログラムの一部が消えたりついたりした。

 ナインは初めて泣いた。絶望した。失ってから気づいた。アカツキは私の光だった。


 アカツキは死ぬ間際まで自分あふれ出る知識欲に従い、魂をつぎ込むように本を読んでいた。

 ふと思い出したようにアカツキは見舞いに来ていたエヴァに向かってこう言った。

「ねぇ、父さん。今度セイクウが来たらさ、三人で空を見ようよ。」

「何を言ってるんだ。ここは地下だ。岩でも眺めるのかい?」

「違うよ。ホログラムを使って天井に映すんだよ。そしたらここでも見れるだろ。」

そういってエヴァの肩を叩こうとした腕はもう骨と皮しか残っていなかった。

苦しかったろう。痛かったろう。空を見ることは叶わなかったね。 理解できないと言っていたアカツキの価値観はエヴァのことも毒のように甘く浸していたのかもしれない。


「ナイン。」

軍部に呼び出されていたエヴァはナインの元を訪ねた。

「エヴァ、アカツキが死んだのはほんとうなのかウソだと言ってくれ私は信じられないだってまだ一緒に空を見ていない。エヴァ。」

 必死にエヴァに詰め寄るナインは泣いたのだろう、目蓋は赤くはれていた。いつもは変わらない表情は不安と疑心に染まっていた。感情が前に出ている分初めて会った時よりも子供らしく感じた。

「ナイン、よく聞け。アカツキは死んだ。これは確かな事実なんだ。受け入れるんだ。そんな姿を見たってアカツキは喜ばない。ナイン。」

「あいつは約束は破らないやつだ。そんな事実信じられない、信じない。」

 駄々っ子のようにエヴァの白衣を握りしめるナインに困り果てたが、手紙の存在を思い出した。

「ナイン、手を出せ。」

目づらしく語気を強めたエヴァに驚いたように目を見開きながら手を出す。それはアカツキが最期にナインにあてて書いた手紙だった。


セイクウへ

空を見ようって約束したことおぼえてるか?どうせおまえは「記憶している」とか言うんだろうけどさ。ごめん。約束守れないや。俺は医者でも何でもないけどもう死ぬんだろうなって感じ始めたんだ。たぶんもうすぐ死ぬんじゃないかな。でも別に怖くはないんだ。セイクウともう一緒に過ごせないことのほうが怖い。無茶なこと言ってるのはわかってるけど会いたい。

俺はたぶん地上には行けないけど代わりと言っちゃなんだけど一緒に俺の宝物を入れといたからそれをつけて地上に行ってよ。そしたら間接的に俺も行ったことになるかも。

そのネックレスな、俺の母さんが生まれたときにくれた誕生石のネックレスなんだ。すごく大切なもの。だからセイクウ、あとは任せた!頼りにしてるからな!

                          アカツキ


ナインはエヴァに縋りつくように泣き崩れた。

 

 それからナインはセイクウの名をどこかに置いてきたかのように無心で『敵』を屠っていった。目覚ましい活躍にナインは名誉賞とやらを受賞したのだが、無関心であった。

 無情にも月日は流れ、技術は発展し、ナインの遺伝子をもとに「イザナミ」とほぼ同じ構造の対『敵』兵器、「カグツチ」「ミツハノメ」「カナヤマヒコ」などが完成し、地下の『敵』をほとんど殲滅するまでに至った。今では兵器の開発ではなく、地上での生活に必要となる技術の開発が主となっている。

 もちろんすべてが順調だったわけではない。『敵』に対抗できる兵器というのはとにかく限られており、人類存続のカギは「イザナミ」のみともいえる。なのになぜ操縦者がナイン一人だったのか。それはおそろしく低い適合率のためだ。ナンバーナインとは九人目の被験体という意味だ。はじめは十三体の被験体がいた。しかし適合したのはナインだけで、ほかの被験体は適合せず死んだ。      

 そこで開発されたのが適合剤であった。

そもそも他人の遺伝子を体内に入れると人体が拒否反応を起こし、最悪の場合死ぬ。しかしひとの遺伝子は四つの要素が編み込まれてできているもので材料は同じである。それを利用して、一部の型のみをナインのものと一致させ、拒否反応を起こさないようその人物の遺伝子情報とナインの遺伝子情報を絶妙なバランスで含ませるのだ。それによって適合者は爆発的にとはいかないものの、確実に増えた。もちろんうまく適合せず亡くなる者もいたが。ほかにもデメリットはあるもので、どうしてもナインと「イザナミ」ほどの結果を出せないのだ。機動力、攻撃力、防御力。どれをとっても「イザナミ」に勝るものはなかった。それでも地下の『敵』をほぼ殲滅までに追い込むことができたのはいい意味で予想外のことであった。

かくして人類は人々の犠牲によって人類存続の危機を霧散させたのだった。


そしてアカツキが死んで十年がたつ頃にはナインは前線の指揮官となり、エヴァは軍本部所属のエンジニアとなり、「イザナミ」の補助部隊のリーダーとなっていた。

「いよいよ地上が近づいてきたな。」

「そうですね。…長かった。」

 二人は岩盤に覆われた天井を見上げた。今日ようやく人類は日の目を見るのだ。

「ナイン。気をつけろよ。」

「はい。」

 午前十時。ナイン率いる特殊部隊は地上に向かうべく地下の拠点を出発した。

 地上付近まではほとんど『敵』はおらず、あっけないほど快適に進んだ。しかも地上には見える範囲には少なくとも『敵』は存在していなかった。しかし、数百年前から進行し続けていた温暖化はいまだ止まっていないようで、生身の人間が生きていられるようなところではなかった。

 周囲を警戒したままの部下を横目にナインは空を眺めた。

 青く蒼い。吸い込まれるような空の青さにナインは動くことができなかった。

「隊長。周囲二十キロメートル圏内にはいないようです。」

「あ、あぁ。周囲の警戒を怠らずに地上の調査に当たれ。随時機体の燃料に気を配れ。」

「了解。」

 ナインたちは日が暮れる前に調査を終え、少し早いが交代で仮眠をとることになった。

 翌日の朝四時半。拠点にいるエヴァへの定時報告の時間だ。

「ナイン、そっちはどうだ。」

「順調すぎるくらいに調査もすべて終了した。『敵』に至っては姿を全く確認できな…」

ナインは日の眩しさに思わずホログラム通信から顔を上げた。

 それはきれいな暁だった。黒から紺、紺から朱色へと移ろっていくグラデーションはそれは見事だった。

「ナイン?何かあったのか?返事をしてくれ。」

耳元のスピーカーからエヴァの声が遠く聞こえる。

「違う。」

「ナイン?」

「違う。私はセイクウだ。アカツキ。ようやく。ようやくだ。見えるか。君の名と同じ名前の暁の空だ。君の隣で見ることは叶わなかったけれど。青空も暁もこんなにも美しい。君の言ったとおりだ。なんて空は美しいんだろう。」

ナイン、いやセイクウは手を引かれるように機体からするりと抜け出し土に足を下す。

「世界はこんなにも美しいんだ。」

 エヴァは別のスピーカーから流れてくる隊員の慌てた声にすべてを理解した。

「アカツキ…お前は…ナインを…セイクウを連れていくのか。君たちはニコイチだったからなぁ。」

 涙が机の上に水たまりを作った。

 

 セイクウは暁の空に早くおいで、と急かされるように歩みを進めていく。肌は焼かれ、次第に呼吸をすることも難しくなり、ついにセイクウは倒れこんだ。それでもなお空に引かれるようにあお向けになり手を伸ばす。

 大きく息を吸い、吐くとともに自然と目蓋も落ちていった。

 セイクウは初めて笑った。


「セイクウ!今度は空の色とか名前だけじゃなくて星とか月をみてみようぜ!」

「月や星にも名前があるのか?興味深いな。」

「だろう?たとえばさ~これ!三日月とか満月とか!全部見ようぜ。」

「この新月ってやつは月の名前なのか?何もないじゃないか。」

「あーそれな。でもな聞いて驚け!月の満ち欠けってのは太陽の光の角度で変わるんだ!」

「そうなのか?宇宙というのは疑問が尽きないな。」

「そしたらわかるまで全部調べようぜ!そのための人生なんだから。」

「なんだそれは。」

「名言!」

「迷言の間違いだろう。」

「一本とられた~。」

 エヴァには二人の息子がそう話している気がしてならなかった。そして心の中でつぶやく。

(もう二度と離れんなよ。)

 今度は二人がほほ笑んでいるのが感じられた気がした。




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