第4話 最悪であり最善の選択
入ったのは焼肉店だった。
「全然人いねえじゃん……」
ヤマトは数人すでに席に座った人の前でうなだれた。チラチラをこちらを見ているのがバレバレだった。
数少ない誘われた人も各自が好きなように居座り、場所が変わっただけでそこには同窓会と変わらない空気があった。
「連絡したら?」
「連絡先なんて知らない」
ヤマトは一番奥のテーブルの一番奥のイスに座ると、なぜか隣に俺を引き寄せて座らせた。
「そういえばどこに行くかも伝えてなかったし、俺っていっつもこうだな……」
そういうと俺の袖に顔を埋めて動かなくなった。
「そっとしておいてください」
爽やかな雰囲気のカズマがすごいキメ顔でそう言うので、仕方なくその状態にしてあげた。ヤマトは同窓会の悪ノリ集団の中でもそれなりに溶け込めそうな雰囲気を漂わせていたものの、本当はこんな人間なんだと知れば、出てくる人を待ち伏せて誘っていた理由も分かる気がしてきた。可哀想とは思わない。
「久しぶりー! カズマ変わってないね。元気だった?」
「うん、みんな久しぶり。そっちはめっちゃ変わったね」
「えー、どこらへん?」
「うーん……、全体的に大人っぽくなった?」
「えー、そう? 嬉しい」
カズマは挨拶を順にテーブルを回ってしていった。どうやら彼の方は不遇であるどころか、一定の地位を獲得した人気者らしい。行くところの誰かしらとは必ず顔見知りだった。どうやら中にはカズマと話すことを目的に二次会に仕方なく参加している人もいるようだった。
「いいよな、あいつはいつもああやって色んな奴と仲良いんだから」
そんな人間と関われるだけマシだろという言葉をぐっと押し込んだ。考えてみるとカズマの不幸はもしかしたら全てヤマトの方に向かっているのかもしれない。人気者の知り合いも楽じゃないようだ。
改めてよく見ると、カズマのほうはクラスのマドンナ的な女性と付き合っていてもおかしくない立ち振る舞いをしている一方で、ヤマトはそうではないと言い切れなくはないがどことなく不器用そうな雰囲気だ。今までの彼が歩んできただろう人気者の影であった人生が、子供の頃の彼の性格を悪い方向で維持させてしまっているのかもしれない。
「どーなっとるんだ本当に……」
こんな時にかける言葉が見つからないのが俺にとって足りないものの一つだと感じる。傍から見れば結局、自分はこの人たちより数段下のランクであることが容易に想像がつく。浮かぶのは創作物にあるような突拍子もない言葉ばかりだ。
「どーしたんですか。ここのテーブルだけ異常に暗いですよ」
ヤマトが自分に寄りかかろうとしたので、俺はすぐさま距離を取った。
「あのー、他のテーブル行ってくるので席空けといてもらっていいですか? 後でもう一人ぐらいここのテーブルくると思うので」
「最初っから誰も来ねえよ」
「ヤマトに訊いてない」
「いや訊け!」
ヤマトは今の状況に絶望したのか、俺を店に誘った本当の目的を失っていた。
もう一人増えるのか。こんな状況で一人増やされても困るだけだが。
「お前彼女いんの?」
唐突すぎる質問だった。
「え、いや……居ないですけど」
答える気もなかったのに、反射的に答えてしまう。
彼は数秒こちらの表情を覗き込んで、数回頷いた。
「そうか。なら良かった」
「あのカズマという人は彼女さんいるんですか?」
ヤマトは注文したグイッとビールを飲み干した。
「知らね。そういう話しないから」
意外だった。俺は勝手にヤマトは他人の恋愛にすぐお節介をして聞き出すタイプの人間だと思っていたからだ。
ヤマトは焼きあがった肉を男の受け皿に渡し、早く食えと言わんばかりにトングを鳴らした。
「まあ、居てもおかしくないけどな。変な奴だし。女ってあれだろ? 男の意味分からん部分に惚れるっていうじゃん」
意味分からんも何も、彼に恋愛で必要な要素はすでにたくさん備わっていると思うが。
彼はついに二杯目のビールを空にした。
「なんか、どうでも良くなってきた。最初お前をカモにしてやろうって気が失せた。俺は変わったって卒業した後ずっとそう思っていたのに。いざ同窓会に来たら人の目って何も変わってないからな。嫌な記憶を思い出しただけでこの有様。これからどうすりゃいいのかな俺……」
彼は数秒肉を噛むのに手こずってそれから話を続けた。
「自己改革だってしたし、自分磨きもしてきてこれから頑張ろうって思ったのにさ。でも……過去に残した悔いとか恐怖って消えないもんなんだよ、そう簡単にはさ。同窓会があるって聞いて、アイツらにいざ復讐しようって思ったのに会場まで来たら足が震えちまって。けど何とか入れて話せた。それまではいいものも、アイツらは俺のこと何とも思ってなかったんだぜ? それは流石にないだろ? こっちが勝手にアイツらは俺のこと理解してくれるって思い込んでいただけかもしれないけど、俺がお前らに話しかけるまでどんだけ苦労したかアイツらは分かってない。きっと今までもそうやってしてきたに違いないんだ……」
そう言うと、ヤマトは鼻をすすらせ下にうつむきながら言った。
「でもさ……、それが『普通』なんだよな。俺がどんだけ苦労してたってアイツらにとってはそれが『普通』なんだ。俺が追いついた思ったら、アイツらはそれを軽々しく超えてくる。どこか常に軽蔑の感情を向けながらさ……」
一言二言聞こえない声でつぶやくと、彼はそのままはいびきをかいて寝てしまった。
俺はもともと進まなかった箸の手が、もう完全に進まなくなってしまった。話し方は少しアレだが、ヤマトの言ったことを理解し、完全にその通りと思っている自分がいることに動揺したからだ。もしかしたらヤマトはリナに会いに来た俺より、よっぽど辛い状況だったのかもしれない。
もし俺とヤマトが学生時代に出会っていたなら、お互いを支え合っていけたのかもしれない。俺はふとそんなことを思った。
「あーしばらく起きそうにないですね、これ」
お酒を含んだのか、カズマのテンションがすごく高いことに気がついた。
「なんか変なこと言ってませんでした? 自分すごい心配だったんですけど」
「いや別に。ちょっと今日のことを愚痴ってただけですよ」
「まあ、彼自身、今日に至るまでずっと疲れてたみたいですからしょうがないかもしれませんね」
そう言うと彼はヤマトに自分のジャケットをかぶせた。全くこの男は、やること全てが人に好印象を持たせるようなことしかしない。
「なんであなたは──」
言葉があと少しというところで行き詰まった。何を言いたいのか分からなかった。頭より先に言葉が出ていた。不思議な感覚だった。
「どうしました?」
「あー、いやなんというか……」
浮かんだ疑問が最初に思い付いたものだったかどうかはわからなかった。
「非常に失礼かもしれませんが……、なぜあなたがた二人はこう……なんというか……、仲の良い(?)関係なのかなあと思いまして」
カズマはふっと笑った。
「仲が良く見えます?」
返答に戸惑った。そんな返され方をされるとは思っていなかった。
「仲が良いかというのは分かりません。お互いプライベートではあんまり話さないことも多くて、自分もそんな話したいとも思わないんですよ。たまに連絡取り合ってたまにご飯食べて。半年ぐらい連絡を取り合わないことだってありました。好きなら連絡すべきでしょうけど。でも、やっぱり久しぶり会うと楽しいより先に安心するというか。そんなにお互いを必要としているとかではないと思いますけど、ずっと居て欲しい人物だとは思ってます。──彼の方がどう思っているか知りませんけどね」
彼はヤマトの寝顔を見て安心したようだった。
俺はカズマとヤマトが関わるのはただの友人としてだけでないことを悟った。同性愛的なものでもない。ヤマトの話を聞く限り、親友的なポジションでもないし、同窓会で見た、やたらと連れションしようする仲間という感じでもない。母性? いや、うーん……。俺がもっと友好的な性格なら言葉にできるのかと思うと、映画を研究する人間として少し悔しかった。
「だから、『仲が良い』という状況は完全に客観的ですよね。どれをもって仲が良いなんて人それぞれなんですから。相手はこの状態を続けたいのか、もっと良い人と出会ったらどうするのか。そんなこと唯一無二の親友であっても気持ちは汲み取れません」
俺には考えたことのない概念だった。それぐらい人間は『考える』生き物なんだと。俺は希薄で機械的な一枚岩の友人関係以上のものを考えたことがなかった。
最初から必要がなかった。
カズマがしばらくして口を開いた。
「もうそろそろ追加で知り合いが来ますけど、ここのテーブルに座らせていいですか?」
ここで自分が拒否する権限は無さそうだと、空気を読んで返事をした。
「じゃあ自分迎えに行きますんで」
カズマが席を離れて、俺は自分の心に少しだけ変化があることを知った。どんな変化かはまだ言葉にできないけど、得るものがあったことは間違いない。
ろくでもないことばかりの現実に、気休め程度の極楽がそのテーブルにはあった。
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