第3話 二次会
外に出ると、明らかに同窓会の参加者であろう人物が自分に駆け寄ってきた。受付の人のように上品な気質はなさそうだった。
「◯◯高校の同窓生だよね。これから暇? どう、飲みに行かない?」
金髪にピアスという格好で話しかけていたこの男はどうやらこのあたりの同窓生を誘いまくっているようだ。
「いえ、結構です」
数合わせでどうせダシにされるだけ。
早急に断ってそこを離れた。知らない人と飲みに行くという恐怖以上に、今ある感情を誰かにぶつけてしまいそうで怖かった。
「すみません。今、◯◯高校の同窓生集めて飲み会しようと思っているんですけど」
後ろから突撃される人というのを今日見たために、後ろから声をかけられると一歩引いてしまっていた。
「自分たち、来てみたはいいものの場の雰囲気に飲まれてほとんど何もできなかったです。けど、せっかくだか同じ学校の同窓生と話がしたくて……」
先ほどとはまた違う男性だった。
目の前の彼の話なんかより、この人たちはどういう確証を持って俺を同窓生と判断しているのだろう、そこばかり気になってしょうがなかった。会場はホテルの中で一般の人も当然いる。まさか出てくる人全員に話しかけているわけではないだろう。服装も考えられる限り変に意識したものは着ていない筈だ。
会場から出て────。
服装のことを考えて瞬間、俺の頭の中に揺るぎのない正解が降りてきた。
「いや、いいです。結構です」
彼のさらなる誘いの言葉も聞く暇もなく、まるでコソ泥のように周りを警戒してその場を立ち去った。
近くの公園のベンチに座った。冷静な判断をなぐり捨て土産の袋の包装紙をビリビリに破った。ここまで来て誘われることはないだろが、憂さ晴らしできる対象がこれしかなかった。
箱を開けると中に入っていたのはなんと【あの日食べた懐かしのお菓子セット】と書かれた紙。ガムに煎餅、クッキーと謎のバレンタイン仕様のチョコレート。そして最後にはファミリーサイズのポテトチップス。見る人によっては不快になる奴が出てもおかしくない組み合わせ。むしろ、それを狙っているのかもしれない。
「これ考えた人が晒されませんように」と心の中で祈った後、深い呼吸をする。
「いただきます」と小さく呟くと、勢いよくお菓子を口に詰め込めるだけ詰め込んだ。
もしかしてこれ『やけ食い』では?と気づいた頃には、俺は菓子を食すことに対して多少なりとも楽しさを感じ始めていた。
不思議そうに見つめてくる少年にチョコを渡すと太陽のような笑顔になったので、もう少しあげた。幼い頃近所に居た、いつでもお菓子をくれるおばあさんになった気分だ。
30分後。
詰め込みすぎて俺は少し吐きそうになっていた。
ファミリーサイズポテトチップスは結局ヤンチャそうな少年団にあげた。リーダーの子いわく今日は祭りになるらしい。
きっとここら辺がポテチのゴミでいっぱいになるんだろうと思って空を見上げた。
俺は虚無感で腹が一杯だった。
何をしているのだろう?
どうしてこんなことになったんだろう?
少しばかり涙目になった。
今の俺に晴れやかな気分など微塵も残っていない。
こんなことになると分かっていたなら、俺は高校生活を素敵なものにしようと、努力したのだろうか?
あの素敵な空間にいる人間と、公園でポテチ食っている人間。何年後かに笑い話にできる自信がない。
あの選択は間違っていただろうか?
そんな意味のないことを考えて、俺は自分がどれだけ浮ついていたのか分かった気がしてきた。
携帯が鳴った。誰かは見なくても一瞬で察しがついた。だが、あえて携帯に触ろうとしなかった。謝罪の念は砂一粒もない。恨みはないが答える義理もない。項垂れた姿に携帯のなる音だけが聞こえる。
「すみません」
振り向くと、立っていたのは最初にあった金髪の男性とさっき会った行儀の良い男性だった。金髪の人は何か観察するような目で俺を見ていた。
「すいません。あそこの同窓生ですよね? 良ければ私たちと一緒に飲みに行きませんか?」
金髪の男性は突然かしこまって、一度誘ったのを忘れたように訊いてくる。
「あのー、誘いはさっき断ったと思いますが……」
というか一度目の誘いからどれくらいの時間が経ったと思っているんだ。
「もちろん別に僕たちだけってわけではないですよ? いろんな人誘ってますから」
「ヤマト、やっぱやめよう。何度も頼むなんて良くない」
後ろの黒髪の男性が止めた。この人もさっきの人だ。まさかあれからずっと飲みの誘いをしているのか?
「いいや、カズマ。この人には来てもらわないと駄目だ」
「どうしてそこまで」
金髪が黒髪を引き寄せて耳打ちした。彼の声が少しばかり大きいというのを、金髪の彼は知らないようだ。
(俺あの人絶対見たことあるんだよ)
(あんな人と高校で遊んだことあった?)
黒髪がこちらをチラッと見た。
(違う! 高校でって意味じゃなくて、テレビだよ)
(え、何?)
(テレビだよ、テ・レ・ビ‼︎)
ゴホンと金髪は咳をした。早く片付いてくれという俺の切なる願いを彼らはその通りにしてくれない。
(とにかくあいつが俺の知り合いっていう体で行けばおこぼれが貰えるはずなんだ。ゼッテー来てもらう、羽交い締めにしてでも連れて行く)
(いつもそんな感じでやってうまくいってないの知ってる?)
(うるせぇ、何度も同じことするはずねえだろ)
金髪はキョロキョロと周りを見渡した。
(カズマはそこで見とけ)
彼はこれ以上ないぐらいの笑みで男を見つめた。逆に怪しさが増していることに気がついてなさそうだった。
「あのー」
「わかりました、行きますよ」
二つ返事で答えた。
ヤマトの表情が本物の笑顔に変わった。
「本当ですか⁉︎」
金髪が黒髪と話し終わるまでの間、数分前の決意を忘れ、俺は携帯を取り出したがSNSはチェックしなかった。電話をしようとも思ったが、いったい誰にしたらいいか分からなくなってその場に立ち尽くしていた。
もうどうでもいいと、俺は彼の誘いを断る気力さえなくなってしまった。人生の選択なんて流されるがまま。無理にこだわることなんてなんの意味もない。
「あのーちなみに……」
「ええ、例の映画監督です」
「あれ、聞こえてました?」
質問責めにする彼に対して、俺はこれからどうやってこの人間に恥をかかせるかだけをひたすら考えていた。
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