第2話 同窓会
翌日、俺は目が覚めてもボーッとしていた。
新聞もラジオも見ずに、見る用のアカウントだけ適当に作ったSNSをひたすらに触る。結局流れ着いてしまうのは彼女のアカウント。
リナ。アカウント名はそう書いてある。彼女の映る写真には、不思議と引き込まれる魔力があるようだった。
ひと昔前の自分なら絶対に会いたくないと願っていたはずなのに、今は何だか落ち着いてくる。でもすぐにその後、なんだがどす黒い何かが心に流れ込んでくる、悲しさ、諦め、罪悪感、後悔、自己嫌悪。言葉にできない負の感情も混ざり合って下唇を震わせる。寒気がしてつい首元を触ってしまう。目を瞑りながら決意する。
リナに会わなくちゃいけない。
俺はリナのSNSを遡って、ある投稿を見つけた。
『高校の同窓会の知らせ届いた! 楽しみ!!』
同窓会か……、あれ?
俺はもう一度、その投稿に間違いがないか、上から下まで何回も目を往復させた。俺とリナは同じ高校だった。もうその日は約一ヶ月後に迫っている。
「タイミングが良すぎるだろ!?」
いつもの自分ならなんのことでもないことを、今回は二つの意味で避けられない。一つはリナとのこと。もう一つは先日ライターになった友人から電話された時、同窓会で会うことを約束してしまい、締め切りギリギリで行くことを申し込んでしまったことだ。彼とは小学校からの知り合いで高校の同窓会だと思っていなかったことが理由だ。
彼との約束を断つことは簡単だが、もしかしたらこの同窓会より他に、リナに自然に会えるタイミングは今後一切無いかもしれない。
俺は会場から200mほど離れたところでタクシーを降ろしてもらい、身なりを整えながら少し歩いた。知り合いは少なくさらに自分は地味な顔の持ち主であると自負しているので、ひょっとしたら映画監督とバレることはないかもしれないが、男の本能はどこまでも気を配ることを教えていた。もちろん髭は剃ったし、この日のために服は新調した。
見るからに豪華な高級ホテルに入って、最初は人の気配がしなかったのが受付を通って会場に入るとどっと人の気配が増した。会場は学年全員が余裕を持って入れる広々としたもので食事はバイキング。奥に座るイスとテーブルがあり、ステージのようなものも見える。人数は何百人もいるはずなのでまだ半分もいないくらいだろうが、それでも百人はいるようだった。俺は例の友人を見つけることが出来ず、廊下のイスに座ってそれとなく人を待つフリをした。いや、待っていることは事実なのだが、落ち着いていないのできっと周りはフリに見えているだろう。廊下から受付は見えたのでそれっぽい雰囲気の人の顔も何人か覗けた。
柄にもなく緊張する。許されるのなら、石像のように固まってインテリアになりたい。
さすがに最後まで受付を見張っているわけにはいかないと、時間ギリギリまで粘ってから重い足取りで会場に入った。それまでリナの姿は見えなかったが、目を離した隙に入ったに違いない。
会場に再び入ると、さすがというぐらいの何百人もの人が座っていた。これでは仮に居たとしても見つけ出すことができるのかと怖気づいた。
まずは幹事の用意したオープニングのために適当な席についた。リナもライターの友人も見当たらない。学生時代は知っていたのかもしれないが、周りの人全員が見覚えのない人たちだった。自分の今の感情は久しぶりに会った人たちへの普通の感情と言えるのだろうか? 俺はそもそも『普通とは』というところを突き詰めていなかったので分からなかった。
幹事のオープニングは俺には何をやっているのか全く分からなかったが、周りも同じことを思っていたようだ。
時間が進み会場の盛り上がりもだんだんと懐かしい学生の雰囲気が蘇ってくるようだった。俺はそんな雰囲気が嫌でたまらなかった。周りのかつての同級生はその喜びを共有し合い、日本代表が勝利したときのように目を輝かせている。そう思っていると、となりの見知らぬ男性が数人の同級生にサプライズで後ろから突撃されるのを見て、俺はやはり自分の高校生活の態度は間違っていなかったと思う。
もし俺に学生時代に本当に親友と言える人が居たならば、ここにはどんな気持ちで来ていたのだろう。
リナの存在だけが未来に希望を見出してくれる。
俺は自分から行動を起こさないうちに案の定一人になってしまった。俺の状況に似た人も何人かその会場にはいる。早々と帰る者、無言で食事を楽しむ者、なんとなく知っている人を探して彷徨う者。俺は不思議と悲観的になってなかった。自分の知らないことが好き勝手してても何も気にならなかった。
椅子に座り続けながら考え、そしてたまに集団でテーブルを占領しようする輩に「どうぞ」と椅子をよこした。大人になってもやることは変わってない。いつの時だって変わらなかった。ただ老いの自覚だけが日に日に増していく。皆も感じているのかもしれないと考えると気分は楽だが、そんな証拠はないので大して気分は変わらない。
次にドリンクを飲み、リナはいないと半分投げやりな感情で席を立った。自分を全く見向きもしない集団が目に入って、結局人は状況次第で自分を変えられたり変えられなかったりするのだとわかった。自分を変化させようとするエネルギーより現状を維持した方が楽だと知ってしまうと、人はその状況下において何も変わろうとしないのだと。
俺にとって小さい頃思っていた未来や将来なんてものは、どこかで自分が欲しいモノ全てを掴み取れるパターンがあり、頑張ればそこにだどりつけると思っていた。人生の道は平らであればあるほどそこにたどりやすくなると思っていた。思えば、将来なんて想定内が半分で想定外が半分、想定内は全て自分のネガティブな思考からだったのように感じる。
こんな調子でうわの空だった俺に思いがけない言葉が聞こえてきた。
「……ねえ知ってる? 私たちと同じ学年で映画監督やってる人いるんだって!」
「えーホントー?」
「それネットでめっちゃ誰かが広めてたヤツじゃん!」
「でも、誰も知らないから有名な人じゃないかも」
「いやでもなんか有名な映画作ってるって」
「タイトルは?」
「えーと、なんだっけ……」
会話を聞いている間、俺は一度も声のする方を振り向くことができなかった。たった一度、下を向き小さく首を振って、鼻から息を吸う。
(広めた人間がいるとしたら、だいたい察しがつくな……)
会場を出ようとすると、お土産にと受付の人からオシャレな袋を渡された。どうやら同窓会の費用で参加者全員に用意したものらしい。一刻も早く帰って今日のことを忘れてしまいたかった。
会場の外は入った時と同じように、人の気配は一切ないがらんとした状態だった。入った時はあんなにもあの人に会いたいと思っていた感情が帰る頃には全くそんなことはなかった。
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