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最初はほかの連中と同じように金が目当てだった。
いまから二十年ほど前のことだ。地球に初めて異星人がやってきた。いわゆるファーストコンタクトってやつだな。幸運にも地球にやってきたのは友好的な種族で、しかも文明的にも俺たちよりはるかに優れていた。
それを見て地球人は、かれらにある取り引きを持ちかけた。地球に埋まっている資源を提供する代わりに、かれらの持つ高度な科学技術――とくに宇宙船や
取り引きは難なく成立した。それからしばらくして、地球人の一部(金持ちや科学者など)は、自前の宇宙船に乗って
しかし一方で、地球には大量の移民が入ってくるようになった。地下資源採掘の過酷な労働に耐えられる野蛮人どもだ。俺のアパートにも住んでいるが――惑星イェンシドのランド・ラットや、レブリの地下に住むオールド・ローチのような連中。ヤツらは俺たちより低賃金で働き、身体も
地球上の多くの仕事(とくに肉体労働に関するもの)がヤツらに奪われた。さいわい俺は軍で働いていた頃の貯金がいくらか残っていたので、それを
いまになって考えてみれば、ちょうど時期も良かったのかもしれない。移民どもの住む家が足りないってニュースになってたしな。地球市民は当然、移民を
アパートが建て終わる頃には「政府が移民への住居提供者に
事実だった。俺はその話に迷わず食いついた。自分のアパートの全室を移民に貸し出すことに決めた。ヤツらへの不快度を差し引いても
最初の数年はうまくいった。移民どもは頭の悪い連中だったが、わりとおとなしかったので、あつかいに困ることはなかった。もちろん面倒がなかったわけじゃないが……。それでも金のためなら多少は我慢できたのさ。いい時代だった。すべてが
ところが移民の数が増えるごとにヤツらの態度は
代わりに一本のペンが支給された。例のスイッチだ。移民と関わる事業者の多くに手渡された。
正直ふざけるなって思ったよ。周りにいた同業者も同じ意見だった。しかしスイッチを受け取った時点で、全員がもうどうにもならない状況に追い込まれていたので、だれも直接政府に文句は言えなかった。
とにかく移民の数が増えすぎたんだ。それに地球にやってくる移民どもの質も年々低下していた。数を集めようとするとどうしてもそうなるんだろうな。やたらと
しまいには移民にぶっ殺されるオーナーも出てきてな。俺たちはスイッチに頼り切りの生活になった。こうなったらしょうがない。金を貰えないなら元を取れ、とばかりに皆でスイッチを押しまくった。くやしいから役人をこき使ってやった。
そしたら案の定、すぐに規制された。一度スイッチが回収されて新しくなって戻ってきた。新しいスイッチは微妙に仕様が変更されていた。本体に小さなランプが貼り付けてあった。
ランプは丸めた鼻くそほどの大きさで、ペン型の本体の側面に五つ、縦に並んで配置されていた。これは一種の目盛りになっており、点灯する明かりが増えれば増えるほど、所有者の優先順位が上がる仕組みになっていた。
つまり移民局は、俺たちに対してランク付けするようになったのだ。通報すればするほどランクは下がる。あんまりうるさいと助けてやらないぞ?――と、暗に
このときになって俺はようやく気がついた。まんまと政府にハメられたってな。俺はバカだった。目先のエサにつられて引っかかり、いまじゃいいようにこき使われている。
こうして旨味のある商売は終わった。あとに残ったのは、徒労のなかでわずかばかりの小銭を拾い集める単調な作業だけだった。
だが、いまさら俺のアパートから移民を追い出すわけにもいかない。移民向けアパートの悪い評判は知れ渡っている。経営方針を変えたところで、だれも借りには来ないだろう。やるだけムダだし自殺行為だ。
といっても、現状に文句垂れるのは
ま、しょせん俺は安アパートの管理人なんだ。高望みをしちゃいけない。旨味はなくとも生きてはいける。それでいいじゃないか。
ネズミとゴキブリを無事追い払うと、午前中はとくに何事もなく終わった。
何事もなく――といっても、べつに何もしなかったわけじゃない。きちんと自分の仕事はこなした。
アパートの前に立って住人の出勤を見守った。毎日の日課だ。これをやっておかないと、たまに面倒が起きる。ゴミ捨て場での一件同様、仲の悪い種族同士がかち合ったら、また
しかし連中がアパートの外に出ちまえば、あとは関係ない。少しゆっくりできる。街のなかは政府の監視下にある。そこらじゅうを監視カメラや
午後はテレビを見ながら昼食を
すると、最悪なことに移民の男が配達しにきた。またこいつらだ。本当にどこにでも
食後、口直しにアイスをかじっているとチャイムの鳴る音がした。宅配便は頼んだ覚えがないから、来るとすれば住人だろうか。
サウリメイト星のパンジアナ人か。たしか名前はザーニアだっけ? 203号室に夫婦で住んでいるヤツだったな。
パンジアナ人は見た目は人型だが、俺たちとはまったく別種の生き物だった。ゴツゴツした固い皮膚を持っている。関節のすき間からフサフサとした毛が生えており、それをいろんな色に染めて個性を出すのがかれらの伝統らしい。
比較的おとなしい種族であつかいは楽だったが、それでも俺はこいつらが好きじゃなかった。そもそも皮膚の色が気に入らない。なんだよ青色って。有毒生物の警告色かよ。気持ちわりいな。
「なにか用か? 俺は忙しいんだが」
「あの管理人さん。じつはモリーが……妻のモリーが部屋から出てこないんです。ずっと外から呼びかけているんですが、ぜんぜん反応がなくて……」
なめてんのかこいつは。そんなもん部屋に入って、無理やり引きずり出せばいいだけの話だろうが!――と一瞬そう思ったが、一方で軍人時代の俺は異議を唱えていた。昔つちかった先を読む、行間を読む能力が警告を発している。たぶん、こいつは異常事態だ。なにかあるぞ。
すぐさま二階に移動すると嫌な予感は的中した。203号室のドアのすき間から、なにか
「なにをしたんだ?」イラついて質問する。
「なにもしてませんよ。買い物から帰ってきたらこうなっていたんです。外から話しかけても返事がないし、モリーに電話しても出てくれようとしません。いったいなにがあったんでしょうか? どうしてこんなことに……」
紫色のなにか――その正体は、たぶん
とくに幻覚カビの入った自家製のヨーグルトは主婦層に大人気だった。お手軽にトリップできて、便秘解消効果もあるスグレモノ。しかしこの違法ヨーグルトをもっと進化させようと、欲をかいた製造者たちがいろんなカビを混ぜこんだ新作(という名の危険物)を販売しはじめた。これが相当にヤバい
たとえば部屋中をカビだらけにしちまう、なんて事件が起きたこともあった――というか、いまここで起きているのがたぶんそれだろう。
俺の
「警察に通報したほうがいいんでしょうか?」
「おいバカやめろ。俺がなんとかしてやるから心配するな。お前さんは、部屋にだれも入らないようにそこで見張ってろ」
俺は急いで自分の部屋に戻ると、押し入れから道具箱を引っ張り出した。
バールとマイナスドライバー、カビ取りスプレー、あとは防じんマスク――ずいぶんと古びたマスクだった。たぶんあの紫色のカビを吸い込んだらヤバいことになると思うが、果たしてこのマスクで防げるのだろうか?
道具をかついでニ階に戻る。マイナスドライバーでドアのすき間のカビをかき出す。すき間がせまいのでぜんぶは取れなかったがしかたがない。残りの仕事はスプレーに任せるしかないだろう。
すき間に向けてカビ取りスプレーを噴射する。一般的なカビに効果のある薬剤なので効き目があるのかは不安だったが、無事にカビは溶けていった。
「いち、にの、さん!」
二人で思いきり力を込めるとドアが開いた。あとは俺の仕事だ。マスクは一人分しかない。俺がなかに入るしかなかった。
部屋のなかは一面が紫色のカビだらけだった。居間に行くと、カビに
このカビが、いったいどんな種類のものなのかは検討もつかなかった。しかし絶対に幻覚カビでないことは確かだ。幻覚カビは普通なら白色かクリーム色。それにここまで急激な増殖はしなかったはずである。つまり、これはもっと
部屋の奥に進むと、寝室のほうからなにやらうめき声が聞こえてきた。
モリーか? 彼女が苦しんでいる?
いや、待てよ。これは……。
「アアン、いいわ。あなたたち素敵よ。その筋肉、最高よ」
それはうめき声ではなく、あえぎ声だった。パンジアナ人の女が寝室で
モリーはベッドに横たわり、
驚いたことに、彼女の周りには
しかしよくよく見ると、かれらは本物のパンジアナ人ではなかった。目に
「……思い出した。
まったく、やっかいなものをヨーグルトに混ぜやがって。だれが考え出したのか知らないが、俺のアパートがメチャクチャじゃないか。
具現化カビは人の夢を実現する。だれかの頭に取り付いて、そいつが一番望んでいるモノを目の前に作り上げる。しかし、それはもちろん偽りの虚像である。このマッチョの男たちのように形だけを
またアパート経営者にとっても、具現化カビはやっかいなカビのひとつだった。繁殖力がハンパないので、気づいたときには部屋をまるごとダメにされてしまう。噂には聞いていたが、ここまでひどい事態になるとは思わなかったぜ。
モリーはあいかわらず幸福そうに横たわっていた。これが彼女の夢なのだろう。ムキムキの男たちに囲まれたハーレムで過ごすことが、彼女のひそかな望みなのだ。
その光景を見ていると、なんだか急に夫のほうが
あまりらしくない行為だったが――俺はザーニアのためにひと
これでいい。この秘密はモリーの心のなかだけにとどめておくのが正解だ。それにこのことが原因で夫婦げんかでもされたら、そのほうがよっぽど迷惑だしな。
モリーをかついで玄関に戻るとザーニアは泣いて喜んだ。しかし泣きたいのはこっちのほうだった。
だが直さなきゃしょうがない。とりあえず、モリーは闇医者のところへ連れて行くように夫に伝えた。あとは部屋の大掃除だ。役人に告げ口されないように、口が
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