移民アパートの憂うつ
弐刀堕楽
1
ジリジリと焼けるような暑さのなかで目が覚める。
枕元では目覚まし時計が、けたたましく俺の起床を
その音もまたジリジリジリ、だ。
「まったくイヤになるぜ」
全身の
おかげで俺は朝っぱらから、晴れて念願のジャーキーに変身できちまったってわけ。自家製の汗くさいジャーキーがいまここに誕生した。ワーオ、夢がひとつ
「ああ、カーテンを閉め忘れていたのか。くそが」
窓から
それからほどなくして、
朝食は決まりきったメニューのルーチンでできている。同じような物を日替わりで
まあ、朝食なんてもんは何を食ってもいいのさ。苦痛なく胃袋につめ込めて、午前中の燃料になるもの。そういうものならなんでもいい。独り身の中年男子はその辺にあまりこだわらない。
「今日のゴミはなんだ?」
食器を片付けながら、冷蔵庫のドアに貼ってあるゴミ収集カレンダーに目を通す。毎日の日課だ。
曜日によって出せるゴミは違う。カレンダーに
「今日は水曜日で、出せるのは可燃ゴミと、それから……」
宇宙ゴミだって?
しまった!
食器を
あわてて居間に戻る。なにか着るものはないか?――見るとフローリングの上に、昨夜脱ぎ捨てた衣服がそのままの状態で散らばっていた。すえた汗のニオイがする。だいぶ発酵が進んでいるようだ。
だが時間がない。急いでそれらを身にまとうと、俺はすっかりと元どおり。寝起きのジャーキーがそこにいた。全身がくさい。これでシャワーを浴びた意味がすっかりなくなっちまったな。
気を取り直して再び玄関へ。ドアノブに手をかけるも一瞬、
だが、そんなガキみたいな感情はすぐに消え去った。まったく、いい年こいて
ドアが開いた。
空の色が目に刺さる。青、白、青、白、紫、黄色、緑……。
大小さまざまな形の宇宙船が、青空の雲間を
とにかく俺はこの外宇宙からやってくる商人たちを嫌っていた。はっきり言って目ざわりな連中である。こいつらは空の景観と大気を汚している。……まあ、外の世界から珍しい物品が入ってくるのは、ちょっぴり悪くない気もするがな。
しかし貨物の中身がいつもありがたい
「ナディーン」
玄関の外に出ると、俺のすぐそばに枯れ草の束が立っていた。それはアパートの廊下の壁に寄りかかって、カサカサと静かに
今朝は風ひとつない晴天。それなのに枯れ草は、ひとりでに揺れ動き――そして、しゃべった。
「モクシュ、モクジュシュ、ナディーン」
「ああ、おはようさん」と俺がそれに
「ナディーン」
さて、こいつがさっき言った要らないゴミのひとつだ。
名前はサラ・サザーラ。ササクレー星から来た異星人。ぱっと見では小汚い雑草の
こいつらにそこまでの価値はない。たぶん神様が鼻くそほじりながら適当に作った出来損ないだろうよ。自律走行する
ところが現実はどうだ? サラが廊下を歩くと、必ずといっていいほど葉っぱが散らばっている。ササクレー人のクズ女がゴミをまき散らしている。それを掃除するのはもっぱら俺の役目ってわけだ。くそったれが。
「ディクシュ、ディクジュシュ、ナディーン」
「はいはい、失礼。ちょいと横を通るよ。急いでるもんでね、失礼」
もっと会話を続けたそうにしている雑草を軽く押しのける。優しく語りかけながら、おずおずと横を通る。だが
というのも、以前俺はこいつをぞんざいにあつかってひどい目にあった。サラは一ヶ月以上にわたって怒りまくった。そこらじゅうを草だらけにした。おかげでこっちは全身草まみれになって毎日掃除するハメになった。
それ以来、俺は彼女を刺激しないように注意している。世の中、見た目では性格がわからないものなのだ。ササクレー星人はおとなしい種族だと思っていたが、意外と根に持つタイプらしい。まあ植物だしな。根っこには注意が必要ってことさ。
うまいことサラをやり過ごして、アパートの裏に向かう。道路沿いに共同のゴミ捨て場が設置してある。俺の部屋は一階だからすぐ近くにあった。
玄関を出たときには気づいていたが、すでにゴミ捨て場での言い争いは始まっていた。ウォルターとビッグローチだ。サラ以上に要らないゴミの代名詞のような連中。まったく毎度毎度トラブルを起こしやがって。
「よーし。そこまでだ、お前ら」
「うるせえ! てめえは引っ込んでろ!」
ウォルターが俺に向かってがなり立てる。でかいネズミのようなナリをした異星人の男。まあでかいといっても、それはネズミの世界の話であって、俺と比べりゃ小男レベルだ。恐れるに足りない。
だが、ビッグローチのほうは別物だ。こいつはもう見た目が完全にNGだった。お察しのとおり、こいつはでかいゴキブリにそっくりな種族。身長も規格外のサイズだった。この体格でよく俺のせまいアパートに住もうと思ったな、と少し感心する。ヤツにいわせると身体が
ふたりのケンカの原因はわかりきっていた。聞くまでもない。どうせまたロクでもないことに決まっている。「なにジロジロ見てんだ?」とか、「てめえのゴミを俺のゴミの上に乗せるな!」とか――とにかく何でもいいのさ。
こいつらはケンカを売り買いできるのなら、どんな
「おい、ローチ!」と、俺は顔をそむけながらヤツに言った。「頼むから羽を広げて
「ガガガッ! ギギギッ!」
だめだこりゃ。ローチは歯をカチカチと鳴らして言うことを聞かない。
ふたりは胸ぐらをつかみ合いながら――ウォルターの
どちらも凶暴な種族だ。ローチには六本の力強い手足があり、対してウォルターには
ならばしょうがない。打つ手はひとつだった。俺はポケットから一本のペンを取り出した。これは正確にはペンじゃない。細長いペンの形をしたスイッチだ。外の惑星から来た土人どもが震え上がる恐怖のスイッチ――通報のボタン。
「移民局の処刑人に会いたいヤツはだれだ?」
ネズミとゴキブリがこっちを見てギョッとする。目はスイッチに
移民労働者たちにとって、移民局の役人は絶対権力者である。いわば神に等しい存在なのだ。たとえどんな惑星のどんな種族であっても、神に逆らおうとするヤツはいない。仮にそんなヤツがいたとしても、そいつはとっくの昔に消されているはずだから……。つまり、それはいないのと同じだ。そうだろう?
だが移民ってのは、たいていアホだからな。なかなかそれがわからない。わからないから、神の代理人である俺に向かって平気でツバを吐きかける。
「どうせ押さねえんだろ?」とウォルター。「いつもみたいに
「わかってないな、ウォルター」俺はため息まじりに言った。「こういうのは勇気で押すんじゃない。我慢の限界を越えて押すんだ。確かにこの程度のイザコザで呼び出せば、役人はいい顔をしないだろうな。俺もあとから
だがそれでもお前らを追い出すとなれば、反対するヤツはいないさ。役人どもは喜んでお前らを地球の外に追放するだろう。問題児のお前らをな。さあ、これを聞いたうえで、まだケンカを続けるのか、それともやめるのか? さっさと決めろ」
こうしてようやく
しかしなんで連中は、宇宙ゴミの日に限ってトラブルを起こすのだろうか? これは俺の仮説だが、たぶんゴミ袋が原因ではないかと考えている。
宇宙ゴミとは、環境保護の観点から、地球外での処理を義務付けられた
いったいどのようなものが宇宙ゴミに
で、これを捨てるためには、行政から指定された有料のゴミ袋が必要になるのだが――この袋がやけに高い。ずいぶんと値が張る。地球人の俺から見ても、政府が
つまり宇宙ゴミを捨てる日が来るたびに、ネズ公とゴキブリはそのことを思い出す。俺たちは不当に
で、俺はそのクズどものイザコザを毎回止めるハメになる――ってなんだよ、おい。よくよく考えてみれば、これは終わりのない
ごうごうという
ゴミ捨て場に立って空を
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