【第十二話】 招かれざる客 前編
ローズは門の前まで来ると応接用の小さなドアを開ける、すると申し訳なさそうにしている男が待っていた。
その雰囲気が異様な事に気が付いたローズは警戒しながら対応しはじめた。
「薬草ならこないだ村からリクさんがお持ちになられましたよ」
「それはこまったな、たしかにここに持って来る様に言われたんですがね」
身に着けている黒いコートのような物のフードが邪魔で顔が良く見えない、身長はローズより高く背中には大きな布袋を背負っている。
「あなた、薬草はもってないのですね」
「なにをいうんですか、ここに__」
男の返答を最後まで待たずにローズはたんたんと男の本当の狙いを聞きだすべく質問を投げかけた。
「それはおかしいですね__刈り取られた薬草は日光にあてるとすぐにダメになるので本来は湿度が保てる木箱にいれて運ぶものですよ」
「いや、それはこの布ぶくろしかなくてですね__」
「しかも足が随分と汚れてますよね、さては魔物道をつかいましたか......それと染み付いた血の匂いがしますが、あなたもしかして__」
ローズの言葉を聞いていた男の表情が急に変わると背中の布袋を投げ捨てて彼女へと距離をつめた。
「お前も十分血なまぐさいがな......チッ、気が付いてるんならそう言えよ__いけすかねーメイドがよ」
ローズはとっさに受け身を取ろうとするのだが男の動く方がわずかに速く腹部に強い衝撃を受けて膝を着く、彼女が顔をあげると構えている男は掌底を向けていた。
彼女は立ち上がろうとするが体が言う事を聞かず男を睨む、男はそのまま入って来ようとした直前で立ち止まると門の周りを見渡しながら首をかしげた。
「ケッ、目障りな結界だな......邪魔だ」
鉄でできた重そうで大きく頑丈そうな門を数発蹴りつけると弾き飛ぶと大きく宙で円を描くようにしながら地面へと勢い良く深く突き刺さった。
隙を見てローズが後方へ飛び下がろうとするのだが、目の前に現れた男は続けざまに彼女を蹴り飛ばすと噴水場まで吹き飛ばされて像にぶち当たると気を失ったようで動かなくなった。
「お前はそこで大人しく寝とけ......えーと、確か依頼の標的は金髪の女だったか__名前はたしかシャルなんとかって」
男は小さく破れぎみの紙を懐からとりだして確認し始めて内容を一通り確認し終えると顔をあげた、すると離れたところにいる一人の少年を発見するとそちらに向かう事にしたようだ。
____これはマズイ、頭の中は危険の二文字が駆け巡る。
倒れているローズが目に入り何かを言ってやろうとしたその時、近くで叫ぶレベッカの声がすると二階の窓から飛び降りてきて見事綺麗に着地した。
「よっ、元気かお前__」
「レベッカさん、今の状況がちゃんと見えてますか」
今の僚太にはレベッカの何時もの挨拶が気つけ薬の代わりになったのか安堵する、そしてレベッカと僚太は男の方をみたまま小声でどうするのか確認を取る。
「なぁ提案があるからよく聞けよ、あたしがどうにかしてアレの注意を引くからローズをあの場所から遠ざけてくれ、おまえ出来きるか?」
「できなかったら無事じゃ終わらなさそうですよね、分かってないけど分かりましたやってみます、タイミングはどうするんですか__」
「そりゃ、今だっつーの」
レベッカが指を打ち鳴らすと無数の炎の球体を生成しはじめる、そしてすぐに男のいる方の頭上へと投げた。
投げられた炎の球体は業火の如く炎の雨が降り注ぐのだが男は突っ立っているだけでローズを背負って走る僚太には目もくれない。
「やはり魔術師か......ずいぶんといきのいい事してくれるじゃねーか」
勢いのある炎の雨は男を避けるようにして地面へと降りしきると辺り一面に焼き焦げた匂いが充満しはじめた、そして相変わらず動きを見せない男はへらへらとしていて。
「別に俺は皆殺しに来たわけじゃないんだが、金髪の女を殺せばそれで帰るから」
その一言で男の気迫に怯える事を忘れた僚太はローズを玄関前に下ろすと静かに、馬鹿にしたように答えた。
「中二病みてぇな恰好の奴に教えるかっつーの」
「ばかッ、煽ってどーすんだよ」
中二病の意味をレベッカは知らないだろうが僚太が煽っているのは分かったのだろう、男は何故か笑うとコートを脱ぎ捨てる。
「何を言ってるんだか知らんが、まぁいいだろう」
男の容姿は短く整えられた黒い髪で死んだ魚のような眼をしている、剣は携えてはいないようでよほど黒い恰好が好きなのか全身黒ずくめ、それが笑いのツボにはまったのか僚太は吹き出した。
「なッなんだよそれ、本当にあんた中二__」
だがそんな僚太に反してレベッカの顔は急に青ざめはじめていた。
「結界を破れるほどの魔術を避ける加護、押し殺すような異様なまでの殺気、黒は夜の闇に溶け込むため、おまえはまさか教会騎__」
「はぁ.....気が変わった、そっちの赤髪と銀髪は余分な事を知ってそうだな」
男は軽く一歩踏み出すと同時にレベッカの前へと現れた、とっさの判断で繰り出された掌底を彼女はかわすのだがいつのまにか片方の手にもたれていた黒い剣が彼女に襲い掛かる。
「嘘だろ......レベッカ!!」
僚太の声が届いたのか間一髪でかわすレベッカ、その声がローズにもとどいたのか頭を押さえ起き上がると普段の彼女からは想像できない声で叫ぶ。
「僚太__今のうちですよ、あなたはここから逃げなさい!!」
「ローズなに馬鹿な事を言ってんだよ、此処から逃げたらもう二度とと.....」
「僚太おまえは逃げろって関係ねぇだろ、ここはおまえのいる場所じゃないんだ__」
きっと二人は僚太を遠ざけようとしてくれてるのだろうがその先を聞いてしまえばもう後はない、帰る場所も大切な人達も失いたくないからと口からあふれ出るつたない言葉で。
「うるせーここが俺の帰る場所だ!! もういつの間にかこの場所が、シャルロットやローズやレベッカを失いたくない、こんな奴に奪われてたまるかっての」
黙って聞いていたその男は笑うが馬鹿にしているのだろうか、耳に手ををあててよく聞く素振をみせた。
「で? はいはい泣ける泣けるな、そういうのいいからクソガキ__死にてぇのか死にたくないのかどっちだ」
ローズはあきれたように頭を横に振ると腰から二本の鉈を取り出して逆手にして持ちレベッカは額を指を押さえると革でできた手袋に手を入れた、そして二人は決断したのか静かに答えはじめる。
「残念ですが......あなたに僚太は殺させませんので」
「本当は面倒だから......本気とか願い下げなんだけどさ」
僚太でも判るほど二人の殺気は尋常ではない、男の方は相変わらずへらへらとしていて片手を耳に当てているやはり馬鹿にしているのだろう。
「はぁはぁ......悪いがこっちも仕事なんでな」
男は片手に何か集めると先ほどの黒い剣を生成する、そして一呼吸するとローズめがけて走り出す。
ローズは両手で持つ鉈で男の斬撃を弾きそれと同時にレベッカは隙を見て人差し指を男に向けると水の玉を放った。
だが男はレベッカの攻撃に興味は示さずよけもせずにそのままローズに対する攻撃の手を緩めず。
「一番接近戦が得意な奴を殺して、防御を崩す、まぁそもそも二人じゃ陣形もクソもありゃしない、話にならん、なッ__」
男は剣を握る僚太を見ることもしない、戦闘能力がない事なんか初めから知られていたのだからそれに異論を唱える余地などなく。
剣を握る手は震えたままで乱戦状態のところに飛び込む勇気もなく、また助けられるだけを望んでいるのかと表情が曇る僚太は。
「くそ、手の震えが止まらねえ、これが本当の.....」
これが本当の殺し合いなのだろうと初めて経験する死と隣り合わせの状況。
僚太がローズを見ると初めこそは男の速度に合わせられていたのだが手に持つ片方の鉈はいつの間にか折れていた。
すかさずレベッカが水で生成された槍を持ち割って入るのだが蹴り飛ばされると玄関の向こうへと飛んでいき見えなくなった。
そして激しい打ち合いのさなか片手の鉈を弾かれてとうとう片膝を着くローズは男を見上げている、見ていられなく目を瞑る僚太は願うことしかできずに。
「やめろ、やめてくれ......」
だが僚太は無意識に剣を掲げると突撃していた、それを男がひらりと交わすと僚太の方を向く。
「クソガキ、剣を握る覚悟は持ってんのか__ソイツを人に向ける覚悟はもちろんあるんだよな?」
男の視線は鋭く突き刺さり背後の二人の心配をする暇を目の前の男は許してはくれない、その視線はお前は無力だとだから助けられないのだと男が言っているようで。
自分の無力さはこんな奴に言われなくても誰より分かっているつもり、ふつふつと無力でも無能じゃない事を思い知らせてやりたい気持ちでいっぱいになる。
「剣を握る意味をわかってないか......邪魔だからさっさとくたばるかそこから失せろ」
「うるせーな、ここからは死んでも通すつもりはないしあんたがこの場所から消えるまで俺は何度でも立つってのッ」
男の持つ黒い剣の切っ先は僚太の首先にむけられた、息を吸う事すらためらうほどに男の視線はやはり鋭い。
ここから逃げ出したくなる気持ちを無理やりねじ伏せ笑みを見せ、自分が手にしたボロボロの剣を構えると僚太は駆け出した。
「俺にはハッピーエンドがまってんだから、あんたには退場してもらうわ」
「さっきからベラベラと、はったりもここまでくると感心するな、それなら望み通り死ね__」
剣をはじかれよろめく僚太は目を瞑ってそして剣の裂く風の流れを頼りに次の斬撃を体感でかわした、するとそばで風が通り抜けていく。
「ふん、それがまぐれなら笑うが......さてはおまえは金精霊の加護でも授かっているのか?」
「加護だか籠だかしらねぇけどあんたの剣は見切ったぜ」
「見切った? ははは......じゃあ舐めたのは謝ろう、そうかそうか、わるかったな__」
次の瞬間、僚太は脇腹に焼けるような熱さを感じ地面に転がり倒れた事に気が付く、裂かれたのだと分かるのに数秒、その場所を抑えるのだがどす黒い血は止まる事を知らない。
「つッてぇーなクソッタレ!!」
「なんだ立つんじゃなかったのか? 拍子抜けだな、てめぇを相手に初めから本気出す馬鹿がいるかよ」
僚太はそれが自分の最後なのだろうかと思う、もっと他に出来たんじゃないのかとも思う。
「ごめ......ん、ローズ、レベッカ......シャルロット」
とても大きな後悔の念だけが押し寄せるが意地だ、どうせならこの男の顔を目に焼き付けて死んでやると見下す男を力いっぱい睨みつける。
__運は僚太を見捨てていないのだろうか。
聞きなれた優しい声がしたが夢か幻か、いやこれは現実だろう。
「僚太、時間稼ぎありがとうッ__わたしは僚太も二人も絶対死なせはしないから、すこしだけそこで待っててね......」
「その容姿にその剣、まさかお前が......チッ」
意識が遠のいていくなかで現れたその後ろ姿に恋い焦がれていたのだと思う僚太は力が抜けたように意識を失った。
普段は少女!?呪いを掛けられた剣聖麗人と共に!! 家ノ犬 @utinoinu
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