【第十一話】  暗雲

 シャルロットとローズが脱衣所から出てくるのを、階段の手すりに腰を掛けて待っている僚太は先ほどの事を思い出しながら器用に体を動かしていた。



「こうか__いや、こうか?」



 はたから見たら謎のダンスをしてる様にしか見えないだろう、僚太は気が付いていないのだが先ほどからレベッカが話しかけるのを躊躇している。

 そしてとうとう我慢できなくなったレベッカはふきだすと僚太に声を掛けた。



「クッ__おまッ、やめろってそれ」


「ちょっ、なんすかやめてくださいよ」


「それよりなにしてたんだよ、おまえはさ」



 顔を赤くした僚太は先ほどおこなった稽古を説明とローズとシャルロットの事を話した、すると彼女は無理もないと勝手に頷くがそれが何故か不服なな僚太は。



「笑い過ぎですし、ローズも強いんだから撤回を要求するー」



 ローズを馬鹿にされた気分になりレベッカに抗議しようとするのだが、彼女はローズを評価したうえであえて指摘する。



「実際あいつは強いよ、接近戦じゃあたしはあいつに敵わないと思う......それでも天才と凡人には雲泥の差があるんだ」


「それじゃ凡人が天才には勝てないみたいですね」


「おまえな__まずは人の話をよく聞けって、今日の稽古は何処でやったんだよ」



 道場はないから庭に決まってる、それ以外にどこでやるんだとそう思う僚太だが彼女はそんな彼を気にせずに話を続ける。



「あいつはエルフだぞ、あいつ自体が森の中のルールみたいなもんだ、そんな状況下じゃへたしたらシャルロットでも怪しいっての」


「地形が関係あるのか? レベッカさん難しいぞ」



 そしてふと何かに気が付いた僚太は自分なりに答えをみつける。

 森の中でなくてもローズはあそこまで戦えるのだと、そして森での戦闘では広い場所など限られてくる、重くて長い剣より軽くてそこそこの長さの鉈は狭い場所での戦闘に向いている。



「そもそもの話、天才なんかいるわけないんだよ」


「そりゃレベッカさんは魔法使えるし、凡人の気持ちなんてわからないからいえるんですよ」


「天才は努力をしないか......実に愉快な考えだな、勝手に決めつけるなよ__おまえにはその先があるがアタシにはもう後しかないんだよ.....あぁ悪い悪い今のなしな気にしないでくれ」 



 いつものように手をヒラヒラさせるとなにやってんだあたしと言って僚太を見ることなく何処かに行ってしまう、それが気にかかる僚太は自分を肯定したくなり。



「なんなんだあの人」



 少しして二人が脱衣所から出てくるのを見計らって僚太は大急ぎで脱衣所へと駆け込んだ、外から二人に声を掛けられるが聞こえないフリをきめこんだ彼は浴室へと入る。

 浴槽に浸かる僚太はあたまの中のモヤモヤが晴れずに目をつむり浴槽へと沈む。

 レベッカは少なくともすぐに怒る人ではないのは知っている、それならやはり自分が気に障る事を言ってしまったのだろうかとあらためて考えていた僚太であった。




____夕食の時間になると席についていたシャルロットは何故か急に手を叩くと一同が注目する。



「アルタイトから呼び出しがあったの、明日からしばらくいなくなるからローズ付いてきてくれるかしら」


「勿論ですシャルロット様」


「なら俺も行くよ__」



 シャルロットに断られる僚太はまさに即答とはこのことなのだろうかと思っていると、テーブルに肘を着くいつものやる気ない顔つきのレベッカが口をだす。



「こいつあんたの従者みたいなもんだろ、連れていってやればいいだろ~」


「今回行くのもこないだの貴族殺しの件なんだから、何かあればわたしが困るもの」



 それは僚太を心配したからなのかそれとも足手まといになる可能性があるからなのか、そればかりは答えがでない僚太であった。

 話は付け加えられる、そもそもレベッカが一人残るとまた酒を浴びる程飲むだろうとの事だがそれよりも気になる単語が僚太のなかにはあった。



「貴族殺しって、それでかよ......」



 路地裏に連れて行かれる僚太はまわりから見れば貴族のような恰好をした男、たしかにシャルロットはそれで呼ばれてたのだと合点がいってしまう。

 つまり自分はたまたま助かったのだと答えを見つけてしまう。



「まぁそんな細かいことはいいか......」



 言い聞かせようとするのだがそれでも頭の中では色々な事が駆け巡る、自分がつまらない男だと思ってしまうのを否定したくなる。



「オーケーお留守番は任せろよシャルロット」


「うん、レベッカの事も屋敷の事も__よろしくね僚太!!」



 相変わらず真っすぐ見つめる瞳には困らせられるものである、彼女にはきっと悪意はないのだから任されたと心にしまう僚太であった。

 それから夕食の後、部屋に戻ろうとしてレベッカの声がしたので振り返る僚太は読み書きの勉強なのかと思っていると小走りでよってくるレベッカは不敵な笑みを浮かべていることに気が付く、だがこれはいつもの事だ。



「よッ!! 元気かよ僚太」


「レベッカさんか......勉強なら明日でいいでしょ」


「あぁそれでいいって、今日の事は悪かったと思ってさ」


「いや、おれもすいませんでした、レベッカさんのこと何も知らないのに偉そうなこと言っちゃって__」


「アタシもおまえもお互い様だからな......それならホラ、握手だ」


 レベッカは右手を差し出して僚太が握り返すのを待つ、先程の事も思い出した僚太は答えるように。



「はい分かりました__」



 それがレベッカのたくらみなんて夢にも思わない僚太は素直にレベッカの手を握ろうとするのだが、僚太の差し出した手が空振るとレベッカは僚太の真顔を見ながら。



「うそぴょ~ん、どうだ!? 頭にくるだろ、クックック」



 不愉快極まりないとはこのことを言うのだろう、きっとレベッカは人をおちょくらさせたら右にでる者はいないだろう、決して口には出さないが改めて可哀そうな人だと僚太は心にしまうのであった。



「てゆーかあんたもう部屋に帰れよ!!」



 そう言ってみたものの内心は少しほっとしたのだ、そして口に出すと調子に乗るだろうと思う僚太は黙って自分の部屋に戻って行った、その後ろ姿を見守られてるとも知らずに。




____僚太が転移して何度目かの朝陽が昇る、何時ものような鳥のさえずりは聞こえないが寝起きだけはいいらしい。



「まぁ、たまには小鳥さんも寝坊しますわな」



 もう出かけたのかと思い屋敷の馬車を確認するとまだあるようだ、見送るぐらいいいかと思う僚太は急いで部屋を出るのだが、外に出た頃には馬車はなく後ろ姿すら見送る事はできなかった、いじけるようにうつむく。



「もう行っちゃったのかよ、せめて見送りさせてくれっての」



「今日は随分と起きるのが早いではありませんか、どうしたのですか」




 声のする方へと振り向くとそこには一緒に出て行ったはずのローズの姿があった、何事かと黙っていると急に用ができたのだと彼女は理由を話し始めた。



「それならどうせ暇だから俺も手伝うよ、なにするんだ」


「いえ、本日は休みにして部屋にいてください、それでは失礼いたします」




 何時もより機嫌が悪い気がするが気のせいではないのだろう、喧嘩したのか、シャルロット相手にそれはないかと思う。


 僚太は自分がローズに何かしてしまったのかと思い、後を追いかけようとしたその時、門の外で誰かが来たようで合図の鈴の音が屋敷の周りに鳴り響いた。



「まさかこんなところまで......あなたはここでお待ちください」


「ちょっと待てってのローズ!」



 シャルロットでも帰ってきたのだろうか、忘れ物かも、ローズを忘れたのかと一人でニヤニヤしている彼だが今度は鉄を叩きつけるけたたましい音が屋敷の周りに鳴り響いく、嫌な予感がした僚太は慌てて屋敷の庭園側に戻るが。



「なんだよあれ......なんなんだよ!!」



 ローズは壊れた噴水場のもたれかかるように倒れていて動いてはいない、破られた門の前で一人立っていた黒いコートを着ている男がこちらに歩いて来ているのを確認するのだが僚太の足は動かずにいた。


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