【第十話】 稽古
いつもと同じ時間に目が覚めた僚太は目を開けると、誰かの顔がある事に驚き思わず声にならないような声をあげた。
「ローズ、やめてくれよ!! 心臓が止まったかと思ったぞ」
「声をかけても起きにならなかったのでしょうがないかと」
「いやいや、てか、仕事の時間までもう少しあるだろ」
普段は文句を聞く側だが何故かローズの前だと素が出せる僚太であった、それだけこの環境に慣れたという事だろう。
着替えを終えてから部屋をでると先ほど追い出したローズが入り口の脇に立っていた。
「ローズまだいたのかよ、どうしたんだ」
「どうしたのですか、敬称で呼ばれないのですね」
「あぁごめん、馴れ馴れしかったか?」
「いえ私は別に構いませんよ、、あなたは人の中でもわりといい部類に入ると思いますからね」
「え、根拠はなんだよ~」
「貴方は気が付いてないのですね、では金精霊はご存知ですか」
精霊の存在自体はシャルロットから聞いていたので僚太は頷くと。
金精霊とは幸を運ぶ精霊で滅多に人に寄り付くことはないらしい、そんな精霊に寄り付かれるのが皆目見当もつかない僚太であるが。
一つ気になる事を思い出した、元いた世界では確かに良く抽選クジやたまたま応募したチケットが頻繁に当たったりしていた、ただそれが関係があるかは知らない。
「それって例えば自分がこうしたいって思った時とか助けてくれるのか」
「いえ、金精霊は気まぐれの精霊ですので......どうでしょうね、いい子にしていればもしかしたら」
「良い子にしてればそって__サンタみたいだな」
「は? なんですかソレは......」
____日が真上になる頃になるとシャルロットの稽古が始まる、鉄の打ち合う耳障りな音を響かせて剣が弾き飛ぶと地面に勢い良く刺さる、肩で息を切らせた僚太は膝を着いた。
「ちょ、ちょっとたんま、すこし、休憩させてくれ」
「んー体力ないな、僚太は帰宅部所属なんじゃなかったの」
「お__覚えてなくていいからさ」
なんて律儀な人なのだろうと思った僚太はすぐに嘘をついた事を激しく後悔して心の中でシャルロットに謝る。
ならせめて最後まで嘘をつき通すのが筋かと考えると立ち上がり剣を構えなおす。
「ああそうだ、オーケーオーケー、本気出すわマジで!!」
「そうこなくっちゃ、さぁかかってきなさいな」
そう言うと再び剣を交えようとしたその時、離れたところで眺めていたローズはシャルロットに声を掛けると珍しく笑みを浮かべる。
シャルロットは側に置いてあった模擬剣をローズに渡そうとするのだがそれを断って腰の鉈をとりだすと、僚太にとっての地獄が始まった。
「まず初めにあなたが身に着ける能力は切っ先から目を反らさない事ですよ」
「無理だって始めたばかりだぞ、それでなんでローズは本物の武器使うんだよッ」
「残念ながら模擬戦には死を覚悟する練習にはなりません、それに無理なら死ぬまでです、もちろん加減は致しますので安心しなさい」
「矛盾と理不尽がいろいろ混ざってるし稽古どこいったんだ、泣けるぜ」
「それでは失礼いたします__」
ローズは言い終わらないうちに僚太の視界から姿を消す、目で追えない状況の中で視線が落ちてしまう、どうすればいいと悩むがその僅かな疑問は自然と答えを導き出した。
視線の先には確かに揺れる草の葉がある、本体は無理でも状況や地形が教えてくれるのだと理解した僚太ではあるがやはり経験してなければ行動に移す事など容易ではなく。
「あぶばッ__」
意味の分からない言葉が発せられる、僚太の頬から血が滴りじんわりと痛み出すと彼は頬を拭う。
そして模擬のはずなのに、まさに命のやり取りを体験をしているのだと自覚する僚太はゲームや漫画の主人公がこんな目に合ってたのかと思う、すると何故か謝りたくなるがそれよりも怒りに似た感情をぶちまける。
「つーか、本気で当ててくるやつがあるかー!!」
「大丈夫よローズは治癒術士でもあるから、森の民の特権よ」
「あんな殺気だったヒーラーって聞いた事ねぇから__」
シャルロットの謎の助言を受けるがもうなにがなんだか、打ち合いから一方的な打ち込まれにシフトチェンジされた僚太は、そのあともなんとか間一髪な状況を逃れながらいるとローズが足を急に止めて煽りだす。
「もうギブアップですか、ヘタレですか、ヘタレですか?」
「二回も言うなよ、こっちはシャルロットとローズをたてつづけに相手してるんだぞ、すこしは勘弁してくれよ」
暫く黙って聞いていたシャルロットが口を開くと会話に割って入るが、それは別に僚太を助けるつもりの発言ではないらしく。
「どうせならせっかくだしローズ、わたしとたまにはやってみる?」
「エッ.....いえ、あの少々用事が、思い出しましたです」
一瞬曇った表情を見過ごさなかった僚太が腕を大きく広げ通せんぼすると何時もと違い少し様子がおかしくなるローズは困惑しはじめた。
「いかせね~よっ」
「あの、私は用事が__」
「同じこと聞いたわ!! ローズの姉さんどうして逃げようとするんスカ?」
「あなたは、彼女が戦う姿を見た事あるのでしょうに......」
僚太は転移して間もない頃、確かにシャルロットの戦闘を目の当たりにしていた。
大男を打ち負かして数えきれないナイフをはじく姿を鮮明に思い出した、今のその容姿でシャルロットは良くやったと思うと彼は再び感心する。
だが僚太からしてみればローズも負けづ劣らずなのだからそこまで何に怯えてるのだろうかと思っているとローズにとっての地獄が始まった。
「さぁローズ、はじめるわよ」
「うっ......分かりました、どうぞ」
互いに向き合う二人に大きく声をかける僚太は瞬きした瞬間にローズの鼻先で止められる剣先を目の当たりにする。
ローズが手を抜いたのか、いや、その手には鉈がしっかりと握りしめられていて彼女の額には汗がにじみだす。
ローズはシャルロットの速さに付いていけてはいないようで、僚太は再びその光景を目の当たりするとやるせない気持ちになる。
「シャルロット、おれの時はどんだけ加減してたんだよ」
これが剣聖の速さなのかと心に刻み込む、あの大勢の亡者を相手に虐殺していたローズが一方的な受け身になっていると驚愕する。
だが今のシャルロットは剣を抜いていないのだ、本当の彼女はいったいどれだけの強さなのかは想像もつかない。
「ストーップ、そこまでだ」
「えっ__急になによー!!」
ものすごい速さで動き回るシャルロットは僚太に声を掛けられて止まろうとした足が地面をえぐったのかとかと思うと次の瞬間、派手に転倒したシャルロットは僚太の足元から見上げていて彼と目があうが。
「僚太、急に止まれるわけないでしょ!?」
「シャルロットはスポーツカーか何かなのか」
「スぽーツかー? 何かしらその聞きなれない言葉は」
「つまり、どんだけ速度だしてるんだよって事をつたえたいんだよ」
上体のバネを使い起用に跳び起き上がるシャルロットは何食わぬ顔で着ている白いドレスを叩き始めてついた土を落とす。
それを見ていた彼はそういえば彼女は剣を抜いた時に着ていた物はどうなるのか質問をなげかける。
「そういえば、シャルロットはいま剣抜いたらそのドレスどうなるんだ」
とは言っても普段着が変わらなかったのだからそんなに大して気になったわけではないのだが言葉のキャッチボールをしたいのだ、そう思っているとシャルロットはちゃんと答えてた。
「この服は戦闘用にローズが作ってくてたものよ、それをレベッカが術式を練りこんでくれたのよ」
「んー、じゃあ大きくなっても破れたりしないんだ」
「元々は剣を抜く機会が少なかったからあまり気にしてなかったんだけどね」
ちなみに私服はお気に入り以外ただの服なので一応は気を付けるようにしているようだ、そして胸当てだけで鎧を着ない理由もついでに聞くと理由を話してくれた。
「だってアレ重いし動きにくいし、それに大抵は当たらないから大丈夫よ」
「あぁ要は守りは捨てたってやつか、ロマンだな」
「え__そもそも剣があれば弾けるじゃない、別にふつうでしょ?」
「とりあえずシャルロットは全世界の騎士に謝ったほうがいいな」
実にシャルロットらしい答えを聞いていた僚太を尻目に地面に刺さっている鉈をなんとか引き抜くローズはいつもの表情に戻っていた。
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