【第八話】 彼女の背負うモノ
僚太は朝、鳥のさえずりで目を覚ますのがその日の始まりの合図になりつつある。
ベッドから体を起こすとこの世界に来てから少しずつ慣れてきた僚太ではあるが家族の事を思い出していた、親は兎も角として妹達はどうしているのだろうかと考える。
「あいつら元気にしてるのかな......」
思わず口に出してしまい首を振ると視界に入る机には慣れ親しんだ制服とズボンが掛けてあった、村に寄った時に買ってもらった靴に視線を向けると僚太は少し恥ずかしくなる。
なんせ学校の上履を履いたまま転移なんかした奴ってたぶん自分ぐらいだろうからと。
「さてそろそろ着替えて仕事仕事!」
上着を脱いで執務服へと着替えながら窓の外を何気なしに覗くとローズが洗濯物を干しているのが見えた、タオルのような物を地面に落としてしまうと辺りを見渡して無かった事にしようとしている、それが少しばかり可笑しくて。
「あの人、本当に横着だな......」
「誰が横着なんだよ~?」
不意にレベッカが僚太の後ろから声をかけてきた事に驚く僚太は部屋の隅へと後ずさりしてしまうとレベッカの方を見る。
「うわッ__レベッカいきなり人の部屋になに入っきてるんだ⁉」
「人をバケモノみたいに言うな、それに敬称をつけろよ、まぁいいは昨日お前だろ毛布かけたの、アレはこぼした酒を拭いたやつだったんだからな」
文句を言いに来ただけだと思っていると最後はしっかり礼を言って出ていくレベッカ、変わってる人だが根はいい人なんだと認識する僚太であった。
____それから着替えを終えて部屋から廊下に出ると重たそうな本を数冊運ぶシャルロットと出くわす僚太は挨拶を交わしその本を持つのを手伝う事にした。
シャルロットは同じ方向に向かうついでだから、どうせなら書斎に来ないかと招いたのだがローズの事を思いだすと暫く考え始めると僚太は悩む。
「でもローズが怒ると思うんだよね、仕事しないさいって」
「大丈夫よ、屋敷の主がいいと言ってるのです、それに後でわたしから言っとくから......これからの事もあるし」
そして書斎に着いた二人は棚に本を戻し始めると、僚太は手にした本の表紙を読みながら口を開いた。
「そういえばさ、昨日レベッカさんに読み書きを教えて貰った後、部屋で本読んだとき知ったんだけど、シルビア・エリット・アルカナハートって人、まさかシャルロットの知りあいだったりするの?」
「わたしが憧れた人、先代の剣聖よ、わたしが幼かった頃に村が炎龍に襲われた事があったの」
シャルロットから幼い頃に憧れた人の話を聞かせてもらう。
住んでいた村が炎龍に襲われ、多くの村人が亡くなったそうでその中にシャルロットの両親も含まれていたらしい。
当時まだ幼かった彼女が炎龍の炎から逃げる術を知るはずもなく、その命を諦めたのだとシャルロットはうつむくと言葉を少しだけ濁した。
だが迫り狂う炎と絶望の前に立ちふさがるシルビアを見た時に彼女は決意したそうだ、自分もこの人の様に可憐で強くなりたいのだと。
炎龍を討伐した後、シルビアは村に暫くとどまり復興を手伝ったそうだ、そして月日が流れ村に一つの噂が広まった、それは剣聖シルビアが死んだのだという噂が。
「はじめは何かの嘘だと思ったわ、彼女を嫌う者は当時、少なからずいたから」
噂になった山には大勢の人間がいた、そして噂は真実へと変わる。
龍の亡骸に刺さるアルカディアが目当ての悪しき人々、誰一人として彼女の死を悲しむ者はそこには居なかったのだと、むしろ、あざ笑う者まで居たそうだ。
「アルカディアが彼女の手を離れたのが何よりの証拠」
「だから、わたしは彼女の死は意味があったのかと、こんな人達を救う意味......価値があったのかと思ったの」
大国の人間は後ろ盾が欲しかったのだろう、人々を集めて刺さる剣を引き抜ける者を探していたのだ、現に金貨を積まれて国の安泰を守る事を選んだ調律士すらも当時は居たのだから。
だがアルカディアはまるで自ら拒んでいるかのように龍の頭蓋から抜ける事はなかったそうだ。
諦め去る者が増える中、シャルロットは刺さるアルカディアに手を掛け抜いた、抜くことが叶った。
それはまるでアルカディアが彼女の願いをくみ取ったかのように。
「他の人がアルカディアを手にするのが私は嫌だっただけ......そんな子供じみた理由でわたしは夢を叶えてしまった、だから本当は世界の調律士だと名乗る権利なんてないのよ」
調律士とはこの世の平穏を願う者、国同士の戦争が始まるといち早く戦場に現れて解決する人達の事を指す。
戦争が収まらなければ双方の国を相手取り戦うのだとシャルロットは言った。
「さすがに一人じゃ幾ら強くても、数百......数千にもなる数を相手は無理だろ」
「呼び名で大抵は引き下がってくれるから、でも聖剣を持つ者は私一人だけではないから片方の国に腰を下ろす調律士がいた時の方が大変よ」
知り合いとまではいかないが東領にある国、カルレラでは劫火の力を宿す聖剣を持つ人物がいるとの事。
そして一つ、昔と違うのは今は魔王軍が相手であってよほどの事がなければ調律士はお互いに剣を交える事は無いという。
アルタイト国では一月に一度、城に調律士を集め会合を開いているそうでそこには五つの席が有るのだとか。
「元々はわたし含めて六人いたの、だけど力は人を変えるのね、一人は地に落ち魔王側についたわ」
「まだ推測に過ぎないのだけどね、人を助ける事を諦めたのかも、もしかしたらわたしが彼のようになっててもおかしくなかったわ」
「シャルロットは俺を助けてくれた......それは事実だから__だから」
たしかに事実だ、だがシャルロットがそうならなかったという確証があるはずはない。
もしかしたら彼女は僚太を救わなかったかもしれない、気まぐれか、もしそうなら本当の彼女の思いとは何なのか確かめずにいられない僚太は答えを求める。
「シャルロットは人を__」
「わたし自信はべつに救いたいとは思ってないわ」
そう言い放った彼女の青い瞳は僚太の目には暗く映る。
「じゃあなんで今も」
人の想いに押し潰されたのだろうか。
「魔王軍と戦ってるんだよ?」
ただ理由が知りたいだけの僚太は答えを静かに待つ、そしてすこしうつむくとシャルロットは静かに答えた。
「わたしは彼女の思いを引き継いだだけ、人を助けたいなんてみじんも思わない、わたしはあの時その場にいた大勢の人達に手をかけたの......だから彼女が叶えようとした願いを叶える事こそがわたしに与えられた罰よ」
「シャルロットは、シャルロットはそれでいいのかよ」
「わたしがアルカナハートの名字を語る理由はただそれだけよ__」
シャルロットはそう言って部屋を出ていくと僚太はただただ後ろ姿を見送る事しかできず、その場所で立ち尽くしていた。
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