【第六話】 自称魔術師



二人が屋敷の入り口まで来ると重そうな両扉が内側から開けられた、いつもの仏頂面を覗かせローズが不機嫌そうに口を開く。



「シャルロット様、レベッカがまたしでかしました」

「ワインはちゃんとしまってあったはずじゃ」

「レベッカさんってのは誰、 執事か何か?」

「ん~、ローズあれ何だったかしら、まじゅつ」

「自称魔術師で少々変わってる人です、お酒を飲まれてるので今は声をかけない方が宜しいかと」



 シャルロットは、そうね、なら書斎に用があるからと行ってしまいローズと二人きりになる。

 ローズがこちらへと拳を握り親指で合図して、僚太がついて行くと浴室に案内された、お前臭いから入れとのことだ。

 数日ぶりの風呂、しかも大浴場、気分が上がるのは間違いない、だが浴室の外から聞こえた声で気分は戻る。



「いつまで入ってるのですか、あなたは客人ではないのですから」



 ローズの催促する声がでかくなり始めたので浴室から出ると、手渡されたのは紺色の少し色あせていて、広げると執事が着てそうな服だ、サイズは丁度いいと言って差し支えない。

 ローズは僚太をまじまじと見て、顔以外は似合うと褒めた、いや、こき下ろした。

 それから憎まれ口を叩かれながら脱衣所を出て、各部屋を案内されると使っていない部屋が多々有るのが分かる。

 シーツが掛けられて無いベット、小棚の上の花の活けられてない花瓶、部屋の中身は有るの生活に使われてない部屋、つまり、前は誰かが使っていたのか。

 きっとシャルロットの事だから、何時その人達が戻ってきてもいいと家財は捨てずに残してあるのだろう。

 今は忌み嫌う人々が多い彼女だが、元々は彼女を慕う者の方が多かったのだと思うとすこし寂しくなる僚太であった。



「ローズさん......やっぱ俺はシャルロットに悲しい思いをさせたくないわ」

「私はそう願うだけです、ですがきっとあなたも__」



 青い扉の前で立ち止まりローズは黙ると、首を横に振り、次の部屋へ行こうと合図する。

 そうこうしているうちに、その青い扉が勢い良く開かれる、視線を戻すといつの間にかローズは姿を消していた。

 そして僚太はレベッカと呼ばれる人物の存在を思い出した。

 印象は酔っ払いの魔術師、どんなおっさんが出てくるのかと身構えるが。



「ローズさん何時の間にか逃げたし、いったいどれだけ酒癖わるい人なんだよ」



 しかし、いつもの鋭い感は珍しく外れる、中から出てきた人物は大人シャルロットやローズに負けづ劣らずの綺麗な顔立ちの女性だ、斜め前に流す赤黒い髪で隠れる反対の緑の瞳は僚太を見つめる。



「だれだぁお前は.....」

「今日から働かせてもらいます僚太って言います、よろ......あ」



 そんな下着姿の彼女はローズと同レベルと思われる体つきで、レベッカの上半身の特定の場所を凝視する僚太に気付いた。

 レベッカは黙って中指と親指を使い打ち鳴らすと、軽く広げた片手の平の手の上でボウリング玉ほどの大きさの火の玉を生成する、そしてレベッカが投げる体制に入るので慌てて止めるように口を開く僚太だが。



「たしかに見た俺が悪いですよ、だけどそんな恰好のあんたも同罪だろ!!」

「おいおい、お前いい度胸だよ、恐らくおまえよりアタシは年上だぞ、敬えよ」

「無理だ、そんな恰好の人なんか敬えるか!! なんでシャルロットの周りの女の人はこんな奴だらけなんだよ」

「あいつは関係ねぇー、おまえマジで燃やす」



 本当にやり兼ねないと思った僚太は、すかさず人生初の土下座をしてその場をやり過ごそうとするのだが、下手したらローズより質たちが悪いんじゃないかと思う事を言う。



「ん、土下座でどうしようと言うんだそれじゃ酒のつまみにもならりゃしないよ、そうだ酒もってこい、燃やされたくなかったら一階の厨房の小棚の右の__」

「レベッカ、失礼ッ」




 そんな悪だくみはレベッカの背後に現れたローズが、後頭部に手刀の一撃を加えたことで止められた。

 床に転げるレベッカを飛び越えてローズに駆け寄ろうとしたところ僚太は着地地点を間違え、文字どおり胸に飛び込んでしまう。

 右手が掴んだソレは、布の上からでも思ってたより柔らかいと思う僚太、当のローズは何も言わない、だが、しばしの沈黙の後で彼女が静かに口を開いた。



「随分と立派な腕をしているのですね、これは高く売れるかもしれません、ネ、僚太くん?」

「あの、いろいろすいません、放してください」



 物凄い怪力で僚太の腕をつかむと、片手で自分の腰の後ろに手をまわし鉈を取り出すローズ、目にもとまらぬ速さで向けられた鉈の刃は僚太の腕の寸前で止められた。



「東の地方で暮らす獣人族は人間の腕が好物だと聞きますね、アラ?、丁度こんな所にいい腕が!!」


「わざとらしい芝居やめてください、すいませんすいませんすいません__」



 そして気を失いかける僚太は、熊の手が高級食材として扱われる事を急に思い出した、これが走馬灯なのかと思ったところでため息が混じる声が聞こえ。



「ローズ......いいかげんにしなさい、悪戯が過ぎるわよ」



 ローズの背後からシャルロットの声がした。

 するとローズは舌をだすと腕を放した、だが僚太に向けられたその真紅の瞳は決して冗談だとは語ってなどいなかった。

 僚太がシャルロットを見て目が合うと、ふくれっ面になり文句を言った、その天使のような顔は恐ろしい二人とは違い、実に可愛いと言わざるを得ない。



「む~、聞いてるの? 僚太もいけないんだからね!!」

「幼シャルロットさんグッジョブ!!」

「こうですか、ぬ~~」

「あんたは真似しなくていいから!!」

「さてと、ふざけるのはこのぐらいにして、これをどうしましょうか......邪魔ですし部屋に戻しますか」



 ローズはレベッカの足を掴むと無造作に部屋に投げ入れ部屋のドアを閉める、すると今度はシャルロットをおもむろに抱えて歩き出す、シャルロットはもちろん不満顔で抗議するのだが。



「ちょっとやめなさいって子供じゃないのよ!! む~」

「そろそろお昼にしましょうか、ね、シャルロット様」



 僚太は呆気にとられ、去っていくローズの背中を見つめていた。



「あなたはそこで何してるんですか、お昼と言いましたよ私は」

「あぁはいはい、行きます行きます」

「ところであなた、前から思っていましたが返事は一回でいいですので」

「はい、ところでレベッカさんはいいの」

「別にほっといても死なないので大丈夫ですよ」




 ローズと僚太が会話しているとき、一方のシャルロットはじたばたとしていた。

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