第378話 自然と出た言葉

 庭の掃除もぼちぼちっと終わりが見え、家のほうの掃除もほぼ終わったようだ。

杏里が作ったお昼をありがたくいただき、俺たちは買い出しへ。

先に玄関で待っていた杏里は真顔で口を開く。


「司君、問題なく準備はできた?」

「ん? ただの買い物だろ?」


 いつも買い物に行っているが特に準備するものはなかった。


「そう……、大丈夫なのね。それでは買い出しに行きましょうか。真奈ちゃん、装備は大丈夫?」

「いえっさー、すべて装備しております! いざ戦場へ!」


 杏里に向かって敬礼をした真奈。

二人とも何を考えているのか、いまいちよくわからない……。

買い物してただ帰ってくるだけだろ? 何をそんなに張り切っているんだ?



 と、思っていたのが数時間前。

俺の両手はすでにふさがり前がよく見えなくなってきている。


「あ、杏里さん? まだ買うのかしら?」


 俺の両手はすでに大量の袋を持っており、さらに両手で箱も持たされている。

そして俺の後ろをゆっくりと歩いてくる真奈の手にも大量の袋が。

しかーも、真奈はリュックを背負っており、それもパンパンになっている。


「あ、杏里姉ぇ……。そろそろ持てない。限界であります」

「んー、もう少しで終わるから頑張って。残りは司君に持ってもらうから」

「い、いえっさー。これもお正月を迎えるため、私は力の限り頑張ります。司兄、あとはたのんだ……。がくっ」


 おーまいがっ! さすがにこれ以上は持てません。

さっきから両腕がプルプルしている。


 俺は真剣な表情で杏里を見つめる。俺の心はきっと杏里に伝わるはず。

俺は信じているぞ。俺の腕もとうに限界を超えている!

額に嫌な汗を流しつつも、さわやかな表情で杏里に訴えかける。


「杏里、俺はもう限界だ。一度帰ろう」


 杏里は優しいまなざしで俺を見つめてくる。そう、俺たちは心でつながっているのだ。


「ダメ。あと少しで終わるからさ。あとちょっとだけだし」


 俺の心は伝わっていなかった。

みそに醤油、みりんに砂糖、さらに塩まで一気に買う必要があるのか?

俺は小一時間杏里を問い詰めたい。


 ふらふらになりながら商店街を歩く。結構買ったしあとは何を買うのかしら?


「杏里ちゃん! 待ってたよ、ほら注文もらっていた牛肉とあれとこれ」

「ありがとうございます。助かります、あとコロッケも三つもらえますか?」

「あいよ。ふふーん、相変わらず仲がいいね」


 肉屋のおばちゃんが杏里をからかっている。


「そうですね、とても仲がいいですよ」


 杏里の微笑み返し。そんな言葉を聞くと俺も幸せな気分になる。


「今年も一年ありがとね、来年もよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いしいます」


 そして、肉屋が終わったと思ったら八百屋に果物屋、魚屋を回って帰路に就く。


「たくさん買い物しちゃったね。重くない?」


 重いですよ。追加で野菜と果物、魚にコロッケ?

真奈にも追加で少しだけ持ってもらったが、さっきから一言も言葉を発していない。

大丈夫か?


「重い。なぜこんなに一気に買い込むのだ?」

「安いし、年末だからかな。これからたくさん料理して、年越し蕎麦も作って。家族で年越し……」


 そんなことを話している杏里の表情はとても柔らかい。

なんだろ、普段一緒にいることが多い杏里だけど、こんな表情もするんだ。


「そっか。じゃぁもうひと踏ん張り頑張りますか! 真奈、生きてるか!」


 視線を真奈に向けると肩で息をしているようだ。

そして視線が明後日の方向を向いている。


「司兄、少しだけ休もう。ほら、そこに公園あるじゃん。ちょっとだけ、すこーしだけ休も」


 上目づかいでかわいくお願いしてくる真奈。

そんなことしなくても俺だって休みたいさ。


「んじゃ、そこの公園でちょっと休むか」


 公園に入りベンチ荷物を下ろして、背伸びをする。

あの重さから解放された。多分少しだけ強くなったかもしれない。

真奈も解放されたようで少しだけ戦闘力が上がっている(かもしれない)。


「疲れた! 重い! でも、おせちとお蕎麦のために頑張る! あんこ餅もきな粉餅も楽しみだぁぁぁ」


 真奈は叫びながらブランコに向かって走りだ。うん、まだまだ若いね。


「はい、お疲れ様」

「サンキュ」


 俺の隣に杏里が座り、杏里から缶コーヒーを受けとる。


「なんだか懐かしい……。ここに来るの久しぶりだね」

「だな」


 杏里に想いを伝えた公園。

あの時のことを思い出すとなんだか恥ずかしい。


「ありがと……」


 杏里は一言だけ俺の耳元で囁き、そっと頭を俺の肩に寄せた。

寒い季節に冷たい風、透き通るような真っ青な空を見上げ、俺はふと考える。


「杏里の隣にずっといたいです。これから先ずっと……」


 自然と思っていたことが言葉に出ていた。

視線を杏里に向けると、俺のほうを見て微笑んでいる。微笑む杏里はやっぱり天使だ。


「私も司君の隣にいるよ。ずっとね」


 肩を寄せ合い、ほんの少しだけ気持ちと手を重ねる。



「あーーーー! さっき買ったコロッケ食べたい! 食べてもいいよねっ!」


 いい雰囲気がぶち壊しじゃい。


「まだ温かいから三人で食べようか」


 ほくほくコロッケを口に入れ、三人で微笑む。

ま、これはこれで悪くないな。


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