第377話 年末は大忙し

──ウィーーーーーン

──ダダダダダダダッ

──ダンッダンッダンッ


 夢から覚め俺は異音とともに覚醒する。夢、だったのか?

何の夢見ていたんだっけ?


「杏里姉、こっち掃除した?」

「そこは終わったよ、次はこっち」

「了解っ! ところでそろそろ起こしたほうがいい? まだ寝てるよね?」

「そうだね、起こしてきてもらっていいかな?」

「あいあいさー」


──ダダダダダダダッ


 な、なんか足音が近づいてくる。

寝起きの俺はまだ起き上がっていない。なんとなく嫌な予感がする。


──バタンッ!


 俺の部屋の扉が勢いよく開き仁王立ちの何かがうっすらと見えた。


「おはよう! さぁ、掃除の時間ですよ! とうっ!」


 黒のシルエットは俺に向かってダイブしてきた。


「うぐぁぁ……」

「あれ? まだ寝てるのかな? それそれそれーー」


 俺の上にまたがっている黒き悪魔はその手で俺のほほをアウトサイドに引っ張っている。


「おふぁよぅ」

「おっはー。起きたかな? ほら杏里姉も朝から大忙しなんだよ。いつまで寝てるのだ!」


 うっすらと視界に入ってきたのはエプロンを身に着けた真奈。

そして──


「そらそらそらー! まだ起きないのか! これはどうだ!」


 無理やり俺の布団の中に入ってきた。


「ちょ、おま、なにをっ」

「あ、あったかい……。これはこれでなかなか……、と言うとでも思ったか! そりゃぁ!」


 勢いよく宙に舞う俺の布団。布団の中にあった暖かいぬくもりは一瞬にして消え去った。


「さ、寒っ! 布団とるな! 起きるから布団を返せ!」

「残念! 布団は干します。ほら、早く起きて顔洗ってご飯食べて働きな! 四十秒で終わらせるんだよ!」


 俺の布団が真奈によってはぎとられ、そして持っていかれてしまった。

四十秒ってなんだよ……。俺はゆっくりと立ち上がり洗面所に向かう。


「おはよ、起きた?」

「おはよ。あれは何なんだ?」

「真奈ちゃん? 朝から一緒に大掃除。今日はお蕎麦も作らないといけないし、おせちも準備しないとね」


 今日は年末、そうか今年もいよいよ終わるのか。

今年はいろいろなことがあったな……。杏里と一緒に住むことになったり、花火見に行ったり海に行ったり。

文化祭も楽しかったし……。


 と、そんなことを考えていると俺の服を杏里が脱がし始めた。


「あの、何をしているのでしょうか?」

「洗濯。全部脱いで、まわしちゃうから」

「……」


 真冬に洗面所でパンイチにされて着替える。

ここ最近杏里は母さんみたいな時がある。勢いがあるというか、なんというか……。

着替えが終わり台所で朝ごはん、二人はすでに食べ終わっているらしい。


「おかわりもあるから適当に食べててね。私は二階の掃除してくるから」

「おぅわかった。真奈は?」

「庭の掃除してもらってるよ。終わったらおやつにするからって話してる」


 あの真奈が庭掃除ね……。えらいなー。


──バタンッ


 台所の扉が勢いよく開く。


「寒い! 寒い! 寒い! なんで冬なの!」


 冬は寒い。当たり前のことだ。


「掃除終わったのか?」

「とりあえずは。杏里姉ぇ寒いよ。私はもうだめ……。続きは司兄に……」

「ありがと、寒かったね今ホットミルク入れてあげる。ちょっと待っててね」

「はやくはやくー。おやつもセットでお願いします」


 この下宿にも世話になった、昔はたくさんの人がいてそこにはそれぞれの生活があった。

でも今は俺たちしかいない。それでも俺はいいと思っている。

きっと俺たちはこの先も──


「はぁ~あったまる。では司兄、庭掃除の続きをお願いします。私はこたつで休憩します」

「俺が? 庭の?」


 二人の視線が俺に突き刺さる。


「任せろ。隅から隅まで掃除してくるぜ」


 防寒対策をしっかりとして庭に出る。さ、寒い……。なんで冬なんだ!

真奈のやつ半分も終わってないじゃないか!

まぁさっきまで寝ていた俺が言うのもおかしいけど。


 庭掃除をしてから数十分。体はすっかりと冷えてしまった。

が、まだ終わらない。


「庭って結構広いんだな。そういえば縁側で杏里と夜空眺めたこともあったなー」

「そうだね、なんだかずっと昔のように思っちゃう」


 俺の隣に杏里が立っていた。


「どうした?」

「んー、ちゃんと掃除しているか監視に来ました」

「やってるやってる。ほら、そろそろ終わるだろ」


 杏里の手が俺の手を握る。


「すっかり冷えちゃったね。手が冷たい」

「杏里の手はあったかいな」

「でしょ。司君の手を少しだけ温めてあげるよ」


 両手で俺の手を握りしめる。

このままずっとこうしていたい。

たとえ真冬でも杏里の隣だったら温かい気持ちになれる。


「杏里ありがとな」

「ん?」

「俺、杏里と一緒にいることが幸せだよ」

「急にどうしたの?」

「なんとなくそう思っただけ。どれ、掃除の続きでもしようかな」

「頑張ってね。掃除終わったら買い出しに行こう。買うものたくさんあるからさ」

「かしこまり。真奈も道連れだな」


 一年が終わる。来年もきっと良い一年になると思う。

俺はそう確信していた。


──ボフッ


 突然俺たちに何かが落ちてきた。


「ごめん! 司兄の布団落とした! 地面じゃなくてよかった!」

「落とすな!」

「手を握り合っている司兄が悪い! はやく掃除して!」

「……」

「じゃ、またとでね」


 振り返り家の中に戻ってく杏里の後ろ姿を見ながら、俺は再び庭掃除をするのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る