第376話 こたつにみかんは最高


「そうそう、それでねその時に司君ったら──」

「へー、そうなんだ! それでそれで──」


 目の前で女子二人はずっと話している。

映画の話をしていたかと思えば突然服の話になったり、気が付くと話題が変わっている。

どうしてそんな急に話題を変えるの? かれこれ話し続けること数時間。

俺の飲んでいるコーヒーはすでに五杯目、さすがにお腹がたぽたぽになってきた。

おかわり自由だとはいえきつい。


「そ、そろそろ帰らないか?」


 いろいろと限界だ。はじめは何とか話についていったが、もう無理。

俺はしばらくの間、あー、へー、うーん、そうなんだー、を繰り返す相槌マシーンになっていた。

どうして女子はこんなに話が長いのだろうか。


「もうこんな時間。そろそろ下見終わったかな?」

「あれだけ人数いたら絶対に終わっているよ。夕飯の食材を買ってから帰ろう! 帰ったらこたつから出たくないし」

「そうだな、帰りに買い物してから帰るか」

「司兄、おやつもよろしくっ!」

「はいはい、おやつは三百円までな」

「えーっ! せめて五百円!」


 そんな話をしながら買い物して自宅に帰る。


──ガラララ


「ただいま戻りました」


 玄関の扉を開けると思ったより静かだ。静かというよりも物音一つしない。

シーンと静まり返った家は誰の気配も感じることができなかった。


「帰っちゃったのかな?」


 杏里が玄関に入りコートを脱ぎ始めた。

俺は靴を脱ぎ、台所に向かって歩き始め扉を開ける。


「お帰りなさいませ。お待ちしておりました、コーヒーでもいかがですか?」

「……いえ、大丈夫です特にコーヒーは」


 下見が終わったと思われる瀬場須さんは一人静かにお茶を飲んでした。

しかしこの人の気配全くしなかったんですが……。

台所のテーブルを囲み目の前にある紙を三人で見つめる。


「あの、これって……」

「修繕する場所とスケジュールです。年明け三日から行いますので」

「年明け三日からってすぐじゃないですか。急ぐんですか?」

「早いほうがいいと思いますよ。給湯器も年季が入っていますし、床下も……」


 テーブルに置かれた用紙をのぞき込む。

リビング、台所の床、洗面所、階段、各部屋の設備、給湯器にガスコンロ。

玄関や浴室まで下宿のいたるところに修繕必要と書かれている。

むしろ修繕しないところはないのではと思うくらいにだ。


「司兄、この際ドーンと直してもらおう。年明け早々にリフォームしてもらえるんだよ!」

「あのなぁ、こんなに修理したらお金もかかるし、時間もかかるだろ?」

「その点はご心配なく。費用は社長が、工期も三日で終わりますので」

「三日? この内容を三日で終わるんですか?」

「はい。三日から六日まで皆様にはこちらに……」


 手渡された封筒。少しだけ厚みがある、もしかしてお金?

少しだけ心が躍る。


 封筒を開け、ゆっくりと中身を確認。

何かのチケットが入っていた。


『姫川ホテル宿泊券』


「……瀬場須さんこれは?」

「姫川グループで運営しているホテルです。こちらに三日ほどご宿泊を。その間に修繕を行ておきますので」

「あ、杏里姉! ホテルだって! しかもあの有名な姫川ホテル! スキー場が隣にあって温泉もある! 行こう!」


 いやいや、あなたは受験生でしょ?


「もし行かなかったらどうなるのでしょう?」

「二十四時間ずっと彼らと一緒にいることに──」


 ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! 

頭の中で彼らの声が響き渡る。エコー付きで。


「行きます。杏里も真奈もいいかな?」


 さっき我が家に突入してきた彼らと三日間、しかも二十四時間共に過ごす?

だったら杏里と真奈とホテルに行ったほうがいい! ホテルでも受験対策はできるはず。


「私はいいけど、真奈ちゃんは大丈夫?」

「モチのロンロン。少しだけ息抜きもするけど勉強もするよ!」


 と言っている真奈の眼は『スキー』『温泉』の文字が浮かび上がっている。

でもしょうがないか……。


「わかりました。年末年始はこのままここで過ごして三日からホテルに行きますね」

「お手数おかけして申し訳ありません。社長からすべて直して来いと指示をもらっておりましたので。工期も最短でと……」

「ごめんなさい、お父さんが無理なことを言ってしまって」

「いえいえ、大丈夫ですよ。お気になさらずに」


 そのあと、簡単な修繕についての内容や工期についていろいろと話を進めた。

思ったよりも老朽化が進んでいること、普段は目に見えないところも危険なところが多数あったそうだ。


「それでは三日の日に」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 瀬場須さんは軽く頭を下げ帰っていった。


「さて、これからどうするかな」

「とりあえずこたつに入ってみかんでも食べよう。杏里姉も一個食べる?」

「そうだね。お茶でも入れようか?」

「うんうん、温かいお茶にみかん。そしてこたつは最高だね」


 俺の話をスルーして二人はこたつのある部屋に向かって歩き始めた。


「俺もこたつに入る。なんだか冷えた」

「少し寒くなってきたからね、これで少しはあったまるかな?」


 杏里の手が俺の手を包み込む。


「うん、あったかい」


 微笑む杏里はやっぱり天使だ。


「──へぶしっ」


 突然俺のほほに何かがぶつかって床に落ちた。


「あーごめん。司兄にみかん投げたのに受け取ってもらえなかったー」

「あのなぁ、突然投げたらとれるはずないだろ!」

「ふーん。さ、こたつこたつ」

「司君も一緒にみかん食べようか。むいてあげる?」

「大丈夫です。杏里も寒くなってきてないか? 早くこたつに入ろう」


 こうして三人でこたつに入り体を温める。

やっぱり冬はこたつが最高ですね。

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