第375話 俺は幸せ者


 おやつをいただきながら、杏里のいれてくれた紅茶を飲む。

なごむ空気に俺は心を癒される。

ずっとこんな時間を過ごせていけたらいいのに。


──ピンポーン


 お、やっと来たか。


「ちょっと行ってくる」

「うん、わかった」

「いってらー」


 杏里と真奈を残し俺は玄関に向かった。

壊れてしまった窓を直すため、やっと業者が来てくれたのだ。

しかし、昨日の今日で来てくれるとは。流石雄三さん、ありがたやありがたや。


「おまたせしま──」


 玄関を開けるとどこかで見たことのある顔が。

他人の空似か?


「お待たせしました。早速拝見させていただいても?」

「えっと、瀬場須さん?」

「はい、さようで。お久しぶりですね、皆様お変わりなく?」

「えぇ、まぁ、それなりに……。瀬場須さんがなぜここに?」


 とりあえずスリッパを用意して入ってもらった。

外はまだ寒い。


「昨日社長から連絡をいただきまして、早急に対応してほしいと」

「そうですか。すいません、年末の忙しい時に」

「いえいえ、私よりも社長の方が多忙ですよ」


 瀬場須さんとたわいもない話をしながら二階の部屋を案内する。


「これはこれは……。きれいにとれてますな」

「はい。何が起きたのかわかりませんが、すぱーんと取れてしまってですね……」

「ふむ……。少し時間がかかるかもしれませんね。かなり古いものなので、メーカーに問い合わせてみないと。もし、同じものがなければ代替品を準備しますね」

「時間がかかりそうなんですか?」

「今から発注しても届くのは年明けですかね。それに社長から壊れそうなところを調べて、すべて直してほしいと依頼もありましたので……」

「全部?」

「はい。社長から聞いていませんか? 玄関や台所、お風呂場など隅から隅まで全て修理すると伺ってきましたが」

「はぁ……」


 聞いていない。全く聞いていない。もしかして杏里は知っていたのか?

後で聞いてみるか。


「わかりました。では年明けに修理をお願いします」

「はい。お任せください。では、今日は調べるだけなので、皆さんお出かけになってもよろしいですよ」

「え? 家にいたらまずいですか?」

「いえ、皆様が良ければ自宅でも構いませんが、この下宿に二十人来ますけど、大丈夫ですか?」


 二十人。二十人? え? 何ですかその人数? え? いったいどういう事?


「に、二十人も来るんですか?」

「はい、すでに外で待機しております。では、そろそろ──」

「わ、わかりました! ちょっとみんなで出かけてきます!」

「では、終わりましたらご連絡いたしますね」


 この下宿に二十人。いまだかつてない人数が押し寄せる。

そんな慌ただしい中、ゆっくりできるはずもない。

だったら、杏里と真奈とちょっと出かけている方がまだましだ。


 俺は瀬場須さんを残し、二人の所に向かう。


「杏里、かくかくしかじかで」

「そうなんだ……。真奈ちゃんどうする? どこか行きたいところでもある?」

「んー、寒いから外行きたくない。コタツの中で待ってる」

「おいおい、これから業者さんが来るんだぞ? 絶対に邪魔になるって」

「邪魔でもいい。コタツから出たくない。どうしてこんな寒い日に外に行かなくちゃいけないの!」

「司君、どうする?」

「しょうがないな。真奈を置いて俺達だけでも出かけるか?」

「私はそれでもいいけど……」


 杏里の頬が少しだけ赤くなり、俺に熱い視線を送ってくる。

そういえば最近忙しくて杏里と二人っきりになってない。


 真奈には悪いけど、ここは杏里と二人っきりでデートするチャンス!

真奈ありがとう! ナイスアシスト! 帰りにオヤツ買ってきてやるからな!


「よし、杏里行こうか。たまには二人でさ」

「そ、そう……。真奈ちゃん、何かあったら電話ちょうだいね」

「わかったー。行ってらっしゃーい」


 真奈をコタツに残し、杏里と玄関に向かう。


「「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!」」


 タンクトップの男性二十人。俺たちの前を通り過ぎホールから分散していく。


「台所点検入ります!」

「廊下点検入ります!」

「洗濯機置き場点検入ります!」

「洗面所点検入ります!」


 それぞれバインダーをもって何かを書き始めた。

そして寒かったホールが少しだけ温かくなった気がする。これが人の温もりなのか……。


「リビング点検入ります! ん? コタツが邪魔です! 廊下に撤去します!」

「「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!」」


 あ、コタツには真奈がいるはず──。


「いやぁぁぁぁぁ! コタツがぁぁ!」

「お嬢さん危ないですよ。さぁ、こちらに」


 何んかイケメンヴォイスが聞こえてきた。

そして、ポイっとホールに放り出された真奈の姿がみえた。


「ま、真奈?」

「さ、寒い……。なんで、どうして? 私のコタツっ!」


 真奈は名残惜しそうにコタツの方を見つめている。

ま、あきらめるしかないな。


「真奈ちゃん、一緒にお出かけでもする?」

「うぅぅ……、この調子だとどこにいても追い出されそう。しょうがないから二人に付き合ってあげる!」


 くそー! なんで! せっかく杏里と二人になれそうだったのに!

三人で玄関を出て、とりあえず駅の方に向かって歩きはじめた。

真奈と杏里は腕を組んで俺の先を歩いている。

こうしてみると、なんだか本当の姉妹みたいでなんだか微笑ましい。


「ごめんね、せっかく二人っきりにさせてあげられると思ったのに」

「そんな気を使わないで。司君も私と同じように思ってるからさ」

「そうだぞ、せっかくなんだしみんなで出かけよう」


 杏里と二人っきりもいいけれど、こうして三人で出かけるのも悪くない。


「司兄、私アイスパフェ食べたい。おいしいお店知らない?」

「アイスパフェ? それはさすがに寒いだろ……」

「だったらおすすめの喫茶店があるよ。そこに行ってみようか?」

「さすが杏里姉! 司兄とは違うねっ。早く行こう、どっち?」


 杏里の腕を絡ませ、どんどん先に歩いていく真奈。

この後受験が控えているけれど、今は今。少しだけ休憩してもバチは当たらないはず。


 駅前の喫茶店につき、二人はパフェを食べ始める。

この寒い中、なんでアイスパフェなんか食べるんだよ。


 俺は温かいココアを飲みながら二人を見ている。


「司君も食べたいの? 一口いる?」


 杏里は長いスプーンの先に一口サイズのパフェを乗せて、俺に向けてくる。

うーん……。味見位ならいいか。


「ありがと」

「いえいえ」


 うん、甘い。思ったよりもおいしい。


「杏里姉も司兄もナチュラルーにしてくれますね。あー、お熱いこと」


 杏里と視線を交差させ、ちょっとだけ照れる。


「真奈、これが愛の力だ」


 ふざけていってみた。


「そうそう、全然恥ずかしくないからね。もう一口食べる?」

 

 杏里も俺にのってきて、二人で真奈をからかい始めた。


「二人とも、もういい。ごめん、私が悪かったよ」


 きっと真奈もいつかこんなことする日が来るさ。

きっと、それはずっと先の未来じゃなく、近い未来で。


「ふふっ。さて、今夜の晩御飯は何にしようか。二人とも何かリクエストはあるかな?」

「私ハンバーグがいい!」

「おこちゃまだな。カレーでいいだろ、カレーで」

「じゃぁハンバーグカレーにしようか」

「やったー! 杏里姉大好きっ」


 俺も杏里の事好きだよ。と、心の中で思う。

ふと杏里に視線を向けると、俺に優しい眼差しを向けてくれた。

そっか、言葉にしなくても俺の想いは伝わっているんだ。

俺は幸せ者だな……。

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