第374話 一人になる怖さ
「んー、おいしいね」
「でしょでしょ! これね、砂糖入れたの! 甘くておいしいでしょ!」
真奈が良君に卵焼きをアピールしている。
「魚もちゃんと火が通っているね」
「でしょでしょ! 中火でしっかりと焼いたの!」
魚はグリルで焼くんだし、誰でも同じでしょうに……。
そんななか楽しい朝食タイムなのに、一人不機嫌さんがいる。
「肉って、なんで肉なんだよ……」
高山は若干ご立腹だ。
「犯人はこの中にいる!」
「だな、この七人の中にいるな」
「しかも! 犯人は女子、これは口紅に間違いない!」
「うんうん、そうだね」
「さすが高山、名推理!」
高山の話を軽く聞き流し、朝ごはんをいただく。
あ、このお新香おいしいかも。
「杏里、このお新香って?」
「白菜あったから作ってみたの。浅漬けだけど、どうかな?」
「いい塩加減で、おいしいよ」
「よかった。これからも、色々と作れるようにならないとね」
「杏里、いいお嫁さんになるね」
杉本さんのツッコミが突き刺さる。
「そ、そんなことないよっ。私もお新香好きだし……」
朝食が楽しい。こんな大人数で準備も大変なのに。
でも、食べ終わったら解散なんだよな。
それはそれでちょっと寂しいかも。
「犯人は──」
高山は味噌汁を飲みながら推理を続けている。
「彩音! 君だ!」
ふーん、そうなんだ。
「どうして私が犯人だと? 口紅は女子のみんなが持っているよ?」
「そうそう、薄いピンクはみんな持っている」
「ふふん、ピンクと言っても微妙に違うんだ! これは、俺が彩音にプレゼントしたものに間違いない! 一緒に買いに行ったんだ、間違えるはずがない!」
「そうなんだ、杉本さんと化粧品買いに行ったことあるの?」
「ある! 彩音にはこのメーカーのこの色が一番似合っていた! 俺が間違えるはずがない!」
「お、覚えていてくれたんだ。確かに、その額に書かれた口紅は私の……」
どや顔で高山は味噌汁を飲み干す。
「うまい! うまい! うまい! この味噌汁は彩音が作った味噌汁!」
「そ、それも当たっている……。高山君、何でそんなにわかっちゃうの?」
「知りたい?」
「教えてくれるの?」
立ち上がり、高山は杉本さんの方に視線を向ける。
「俺は彩音の事が好きなんです! だから、可能な限り記憶する! たとえ公式を覚えることができなくてもな!」
それはなんか違うぞ? でも、朝っぱらから大声で『好きなんです!』とか良く言えるな。
杉本さんもすっかり照れているじゃないですか。あ、箸から卵焼き落ちた。
と、井上さんがすました顔で高山に視線を送っている。
「ふっ、迷探偵高山君の推理は外れだ。肉と書いたのはボクさ。彩音の口紅を借りてね! 証拠がこれよっ!」
スマホの画面を覗くと寝ている高山の額に字を書いている井上さんが映っていた。
これは、多分今朝かな? 薄っすらと明るい。
「な、なんだってぇぇぇ!」
「確かに口紅は彩音の物に間違いがない、でも彩音はそんないたずらをしない!」
「そ、そんな……。俺が間違っていたのか……」
高山の指がスマホに触れた。
その瞬間次の写真に切り替わってしまった。
映し出されたのは寝ている高山にチューしている杉本さんの写真。
え? そんなことしていたんですか!
「わぁぁぁぁ! 優衣! なんでそんな写真を!」
杉本さんは井上さんから慌ててスマホを奪い取り、スリープモードにしてしまった。
その間わずか一秒。早いっす。
「何? 何の写真?」
「高山、見えてなかったのか?」
「画面が反射してよく見えなかったんだよ! 何の写真なんだよ! 天童、見たんだろ? 教えてくれよ!」
「ミテナイ。俺も見えなかった」
朝から騒がしいが楽しい。
朝食も終わり、後片付けも終わってしまった。
各々が帰り支度をして、あっという間にお昼前。
解散の時が来てしまう。
荷物を玄関に集め、少しだけおやつタイム。
これからしばらくみんなには会わないだろう。
「結構楽しかったな」
「だな、またみんなで泊り会しようぜ」
「そうだね、夏合宿とかもいいかも。みんなで筋トレとかさ」
「来年は受験なので、勉強会してほしいですね」
男子メンバーはそれぞれの想いを話している。
「いつでも泊りに来てね。楽しかったよ」
「私はまだしばらくいるけど、高校に受かったらここに住むから」
「真奈ちゃん、ここに住むの?」
「高校に受かったらね。それに、司兄と杏里姉だけだと、色々と心配だからさ」
「そっか、拓海も普段見せない仕草とか見れたし、楽しかったなー」
「優衣、あの写真後で消してよ……」
「彩音に送っておくよ。ふふっ」
「まったく……。でも、みんなのおかげで今年も無事に乗り越えることができたよ。ありがとう」
お茶を飲みながら女子メンバーも名残惜しいように話をしている。
「彩音っ、そろそろ帰ろうぜ。荷物も多いし」
「そうだね、良も荷物よろしくね」
「僕も結構勉強道具があるから……」
「男はトレーニング! 僕も途中まで手伝うよ」
「拓海も帰るんだったら、私も途中までご一緒しようかな」
玄関でみんなを見送る。
あんなに大人数だったのが一気にいなくなる。
ちょっと寂しい。普段学校でもよく会うし、いつでも会えるのになんだろうこの気持ちは。
「じゃ、長い間お世話になりました!」
「次は夏に泊まりに来るね」
「夏って、もしかして……」
「その予定。その時はよろしくみんなっ」
杉本さんの笑顔が怖い。俺達なんでアシスタントしているんだろ?
ま、それはそれで楽しいけどね。
「真奈ちゃん、またね」
「良君も勉強頑張ってね。先に高校行って待ってるから!」
二人も名残惜しそうだ。でも、きっと二人の願いは叶うよ。
その為に、俺も杏里もみんなも協力してくれる。
「みんな気を付けてね」
「おう! またな!」
玄関を出ていくみんなを見送る。
少しだけ心に空白ができてしまった感じだ。
玄関の扉が閉じ、少しだけ沈黙の時間が訪れた。
寒い玄関、誰の声もしない空間。こんなに静かだっけ?
「お茶、入れなおそうか」
「真奈は紅茶がいい! 甘いの!」
みんながいなくなっても、杏里と真奈がいる。
俺の隣には二人がいてくれた。
「クッキーでも出そうか」
「そうだね、確かまだ缶に入って──」
「ごめん、食べちゃった……」
「勝手に食べるなよ! ま、まさかとは思うけど箱にはいったチョコは?」
「おいしかったけど?」
「おぉぉ! 俺のとっておきのチョコがぁ!」
「ご、ごめん。私も食べちゃった」
「杏里まで! ぐぬぬぬ……」
「そんなに怒らないで。ほら、アイス半分あげるから」
「それは俺が買ってきたアイスだろ!」
「半分残してあげたじゃん! 私優しいでしょ!」
みんな帰ってもまだまだうちは騒がしいようだ。
でも……。
もし、みんないなくなって、真奈もいなくなって、杏里もいなくなったら……。
俺はここに一人になるのか。今では考えられないけど、一人って寂しくないか?
一人になるのが、怖い。寂しい、一人は嫌だ。
初めて思ったかもしれない。一人になる怖さ。
「司君? 何か顔怖いよ? どうしたの?」
「なんでもない。あー、業者の人何時に来るんだろうなー」
「お昼頃って言ってたかな」
「じゃ、それまではおやつタイムだな!」
いつまで杏里と一緒にいる事ができるんだろ?
少しだけ、心がチクっと痛くなった。
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