第373話 肉


 目が覚め、布団の中でもぞもぞする。

寒い、起きたくない、もう一度寝るか。

枕もとのスマホを手に取り、時間を確認する。


 七時半。起きてもいい時間だ。

体勢を変え、部屋の中を見渡す。


 すやすや寝ている良君。

きっちりと真上を見て、まったく動いた気配のない遠藤。

そして、布団を半分放り出し、腹を出している高山。

……寒くないのか?


 どうしよう。みんな寝ているし二度寝しちゃおうかな。

と思っていたら、隣から声が聞こえる。


『まだみんな起きてこないよね?』

『昨日もそれなりに遅かったし、まだ大丈夫じゃないかな?』

『だったら早くしようよ! 私布団たたむね!』

『じゃぁ、ボクが二階に持っていこうかな』


 杏里たちの声が聞こえる。

どうやら女子組はみんな起きているようだ。

布団のたたむ音に二階へ運ぶ音が聞こえ、何やらひそひそと話し声が聞こえてくる。

何の話をしているんだろ? ちょっと気になりこっそりと扉の隙間から覗いてみる。


 そこには四人の女子たちがパジャマから着替えている姿が見えてしまった。

おっふ、大変失礼いたしました。


 心の良心はすぐに扉を閉めろと言ってくるが、悪魔のささやきも同時に聞こえてきた。


『こんなちゃんすめったにないぜ! どうどうみてればいいのさ!』

『そんなことはダメよ! 司、覗きなんて絶対にダメ!』

『ふん、お前は司の良心だろ! もっと素直になれよ! ほら、あの姿素晴らしいじゃないか!』

『素晴らしいのはわかるわ。でもね、こっそり覗きなんて男らしくないじゃない!』

『だったら、堂々見ればいいんだよな! ほらよっ!』


 俺は心の良心に従い、扉を閉めようとノブに手をかけた。

が、膝カックンしてしまい、そのまま扉を開けてしまう。


──キィィィィィ


 お着換え中の四人。みんな上半身ほぼすっぽんぽん。

真奈にいたっては、パン一である。


── ざ、わーるどん! 時よ止まれ!


 有名な時間を数秒止めるセリフを心の中で叫んだ。そのせいなのか、本当に時間が止まった。

恐らくほんの一瞬、俺はダッシュで扉を閉める。


 よかった、何とか切り抜け──


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! な、なんで開けるのかなぁ!」


 真奈の大声が下宿に響き渡る。

時を止めるのは失敗したようだ。無念。


 数分経過し、扉の前で呆けていると再び扉が開いた。

目の前には杏里が立っている。その眼いと怖し。


「おはよう。よく眠れたのかな?」

「お、おはようございます。よく眠れました」

「もう一回、眠る?」

「いえ、目が覚めておりますので……」


 杏里に首根っこをつかまれ、俺は朝一でなぜか正座をさせられている。

確かにちょっとは悪いと思ったけどさ。


「司兄、最低」

「天童君、急に開けるのは良くないよね?」

「高山君だったらよくあると思うけど、さすがにね……」


 かなり責められています。


「ごめん、まさか着替えている最中だとは思わなくて……。本当にごめん」


 腕組した杏里が、まだ俺を睨んでいる。


「本当にごめん。今度から気を付けるよ」

「はぁ、しょうがない。今回だけ見逃してあげる。まったく……」


 あきれた口調で杏里からお許しがでた。ありがとうございます。


「はぁ、司兄は本当におっちょこちょいなんだから。昔っから変わらないね」

「悪かったな」

「アイス」

「は?」

「パーゲンダッツで許す」

「高いアイスじゃないか」

「私の肌はもっと高いんですけど? アイス一個で手を打つんだよ? 安いもんでしょ?」

「あ、だったら私もアイス欲しいです」

「じゃ、ボクも食べる」

「司君、ストロベリー追加ね」


 四個になった。


「わかったよ! アイスで許されるなら買ってくるよ!」

「やったね、司兄ありがとー。バニラね」


 真奈は俺の脇を軽くパンチして、そのまま台所に行ってしまった。


「さて、そろそろ準備を始めましょうか。私はモカでお願いします」


 杉本さんも真奈の後を追いかけ、台所に。


「ボクはチョコね。さーて、やりますか」


 井上さんも台所に?


「杏里、みんな何かするの?」

「朝ごはんみんなで作ろうかって。今日は窓の修理で業者の人が来るでしょ?」

「そっか、そういえば来るんだっけ」

「早めにご飯をたべて、解散しようかって話しててね」

「なるほどね。俺も手伝う?」

「大丈夫。みんな張り切ってるから。それより、アイスよろしくっ」


 杏里もエプロンを付けて台所に行ってしまった。

なんだかんだ言って、みんな仲いいんだよね。

と、その姿を横に見つつ俺は一人寒い早朝の朝コンビニまでダッシュするのであった。


 帰ってくると、味噌汁のいい匂いがしてくる。

魚の焼けるにおいも同時にしており、おなかがすいてきた。


「ただいま」

「おかえり。寒くなかった?」

「寒い。なんでこんな日にアイスなんだよ……」

「寒い日に食べるアイスもおいしんだよ。そろそろみんな起こしてきて、ご飯できたから」

「うーす」


 買ってきたアイスを冷凍庫に入れ、男子部屋の扉を開ける。

まだ寝ている三人、俺は寒い中アイスを買ってきたのに……。

なんだかイラっとして、全員の布団をひっぺがした。


「あっさですよぉぉぉぉぉ! 起きましょう!」


 遠藤は無言で目を開け、そのまま起き上がる。


「おはよう、いい朝だね」


 なんで朝一で、しかもそのさわやかな反応。どんな訓練詰んでいるんですか?


「さ、寒いです……。ふ、布団を……」


 良君っぽい反応。でも、縮こまっているその姿はなんだか動物みたいだ。

ちょっと可愛いかも。


「さ、さむぅぅぅぅぅ! な、なんで布団とるんだよ!」


 いやいや、高山は半分布団かぶってなかったよね?

何でいまさら寒いっていうんだよ!


「天童、布団! プリーズギブミー、ふとん!」

「いいから起きろ。朝ごはん作ってもらったんだ、顔あらって──」


 ん? 高山の額に何か書かれている。

寝るときは何もなかったぞ? 高山の額をじーっと見てみると、漢字が一文字書かれていることに気が付く。


『肉』


 肉だって! 高山の額に肉ですって! ぷぷぷっ、だ、誰だかいたのは!


「高山、顔洗えよ。鏡、良く見てな」

「顔位洗うよ。んー、いい匂いがするな、よし! 起きるか!」


 起き上がった高山は部屋を出ていき、洗面所に行ったようだ。


「さて、僕たちも起きようか。良君、ご飯食べていくだろ?」

「朝は、ちょっと……」


 まだ半分寝ぼけている良君、朝ごはん食べないのかな?


「まだ起きないの! ごはんソロソロできるよ! 良君、食べるよねっ!」


 勢いよく入ってきた真奈は良君の布団にダイブした。


「ぐぇっ、真奈ちゃん……」

「ほら、起きてよ。ご飯作ったんだよっ! 魚焼いて、卵焼き作ったの! 食べてよっ」

「真奈ちゃん作ったの?」

「そう! 早起きして作ったの!」


 マウントポジションの真奈は朝から大声で騒いでいる。

何でこんなテンション高いのかな……。


 真奈に手を引かれ、良君は起き上がり二人の顔が近づく。

ふらつく良君は少し勢いがあり、真奈の顔に超接近。


「あっ……」


 真奈が急に静かになり、頬を赤らませる。


「お、起きるよ……」

「ど、どくね……。ごめん、重かったよね」

「お、重くないよ! 全然重くない!」

「ご飯、準備しておくから」


 そう言い放ち、真奈は台所に戻っていく。


「顔、洗ってきますね」


 良君も部屋を出ていき、洗面所に行ってしまった。


「さて、遠藤も起きるだろ?」

「ん? 起きるけど、あの二人ってどうなんだい?」

「どうと、いいますと?」

「片想いって、訳じゃなさそうだね」

「さぁ、どうでしょうか。真奈の心は秋の空だからなー」

「良君はそんな彼女が好きなんだろうな」

「ま、温かく見守っていくさ」

「そうだな。優衣も起きているのかな?」

「起きてるよ。みんなと一緒に朝ごはん作ってた」

「じゃぁ僕も顔を洗ってこようかな」


 遠藤も洗面所に行ってしまう。

布団でもたたんでおくか。


 と、遠くから声が響いてきた。


「な、なんだこりゃぁぁぁぁ! なんで肉! 肉って、誰だ書いたのは!」


 高山もすっかり目が覚めたようだ。

朝食は焼き魚に卵焼き、味噌汁で和食ですね。

今から楽しみですよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る