第372話 不安な気持ち


 どこくらいの時間がたったのか。

ふと目が覚めると、腕の中から杏里の寝息が聞こえる。


 窓の外はまだ暗く、時間にして数分か数十分くらいか寝てしまったのだろう。

このまま朝まで二人でいたい気持ちもあるが、みんなの手前それは良くない。


 眠り姫をそっとお姫様抱っこし、部屋を後にする。

ゆっくりと音をたてないように階段を降り、リビングにもどる。

みんな寝てるよね?


「んっ、司君?」

「しっ」


 リビングに入ったとき杏里が目を覚ましてしまった。

俺は杏里の耳元でささやく。


「ごめん。起こしちゃった」

「大丈夫、重くない?」

「平気、布団についたから降ろすね」


 ゆっくりと杏里を布団に戻し、かぶっていた毛布を杏里にかけなおす。


「二人で抜け出したのがみんなに見つかったら、何を言われるか……」

「ふふっ。そうかもね。見つかったらきっと朝ごはん抜きになるかもね」


 多分朝食作るの俺なんだけどね。


「おおやすみ。また明日な」

「うん。おやすみ」


 目を閉じる杏里。みんな寝てるし、いまこの空間は俺達だけ。

俺はゆっくりと杏里の顔に近づき──。


「んっ……。杏里、姉……」


 真奈の声が後ろから聞こえる。

まずい。よりによって一番おしゃべりで一番容赦ないやつが起動しようとしている。

さっきまでスリープしていたのに、なぜ今起動するんだ! ど、どうしよう!


「司君、こっち」


 杏里は自分の布団を開け、手招いている。

ここに入れと? あざーっす。


 真奈の死角になるように、杏里の布団に潜り込む。

幸い今は冬。布団の枚数も多いし羽毛布団が俺を守ってくれる。

動いちゃダメ、声を出してもダメ、息を殺さないと……。


 杏里の布団に潜り込み、体をぴったりとくっつけている。

抱きしめたい。自分の欲望が出てきてしまう。

俺はもっと君を感じていたい……。いいよね? うん、いいよ。

脳内杏里が笑顔でオッケーを出してくれた。


 俺はそっと杏里を後ろから抱きしめる。


「ひゃっ」

「杏里、姉……。どうしたの?」

「な、何でもないよ」


 杏里の温もりを感じ、目を閉じる。

きっと俺って幸せなんだろうな。


 好きな人と一緒にいて、仲間がいて、家族がいて。

帰る家があって、一緒にご飯を食べることができて。


「杏里姉はさ、司兄の事好き?」


 女子トークの続きですか?


「うん。好きだよ」

「本当に結婚するの?」


 結婚。俺は杏里と結婚してもいいかと思っている。

でも、結婚したら今の生活と何か変わるのか?


「……わからない。あ、勘違いしないでね。司君の事は好き、きっとずっと好きだと思う」

「じゃぁなんで?」


 ほんの少し沈黙の時間が流れる。


「司君が私と結婚してくれるかなって。今は一緒にいて一番近いのが私だから、司君も私の事を大切にしてくれる。でも、私よりももっと大切な人ができたら、離れていってしまうのかなって」

「大切な人? 司兄はいつでも、どこでも杏里姉の事が一番だよ?」

「そうかもね。でも、不安じゃないって言ったら嘘になるかな。私から離れていってしまうのが怖い。司君の事は信じてる、でもやっぱり怖いのかな」

「大丈夫だよ。司兄はバカだもん。いつまでたっても、ずっと杏里姉一筋だよ。長年司兄を見てきた私が言うんだから大丈夫」

「ふふっ、そうかもね」


 俺の手に杏里の手が重なる。

布団の中、俺は杏里の温かさを感じ、背中から君の鼓動を聞く。

とても心地よく安心する音。


「今度は本物の結婚式に呼んでね。杏里姉のドレス姿、また見たいからさ」

「そうだね。その時はみーんな呼んで、盛り上がりたいね」


 いつかきっと、杏里と式を挙げる。

俺は二度目の花嫁姿を見るんだ。

歯を食いしばり、杏里の手を強く握りしめる。

俺は君を幸せにする!


「ちょっとトイレ」


 真奈がリビングを出ていく。

チャンス! このチャンスを見逃すな、布団から出て部屋に戻るんだ!

名残惜しい、このまま朝までここにいたい。だが、それはまずい。

流れる涙をぬぐい、俺はゆっくりと布団から出る。


「あっ、待って──」


 布団から出るとなぜか杉本さんと井上さんが俺を見ている。

え? なんで?


「一緒に寝てたんだ……」

「杏里どうして……」


 二人の反応が少しだけ怖い。


「えっと、色々とあってね……」

「ま、いいよ。あ、いい事思いついた」


 井上さんがスマホを手に取り立ち上がる。

な、何をするんですか?


 杉本さんもスマホを持ち、トイレから戻った真奈もスマホを持っている。

そして、俺が自分の布団に戻るタイミングで女子全員がこっそりと男子部屋に侵入。


「寝てるね」

「高山君……」

「良君、口がムニムニしている。夢の中で何か食べてるのかな?」


 男三人、こっそりと女子に写真を撮られている。

みんなすまん。これも良き思い出になるさ。


「じゃ、俺は寝るね」


 自分のベッドに寝転がり、布団をかぶろうとする。

すると杏里がベッドに入ってきてスマホのカメラを起動させる。


「せっかくなので、記念に一枚」


 インカメラに映った俺と杏里。

そして、後ろの方では布団で寝散る男子三人と、ブイサインで微笑む女子三人が同時に映っていた。

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