第367話 第一回 五橋下宿会議始まる


「確かここにあったはず……」


 台所の引き出しに入れてある、マル秘ノート。

母さんが残していったマル秘ノートには、建物の修理先とか、問い合わせ先が記録されていたはず。


「司君、そのノートってどんなノート?」

「普通のノート。確か、茶箪笥の引き出しに入っていたはずなんだが……」


 杏里と二人で引き出しをひっくり返し探す。

未開封の割りばしにまだ使えそうなプラスチックのスプーン。

それに、何に使うかわからない紙ナフキン。母さんは何でも取っておく方だからなー、引き出しの中はごちゃごちゃだ。


「あっ、もしかしてこれかな?」


 杏里が見つけた一冊のノート。古い、年季を感じる茶色いノート。


「そうそう、それそれ!」


 杏里から手渡され、ノートを開く。


「確かこのノートの後ろの方に修理の連絡先があったはず……」


 ノートをペラペラめくり、建物の修理ができそうな連絡先を探す。

水回り、屋根、外装、電気回りなどなど。流石お母様、しっかりとわかりやすく書かれている。


「お、あった。多分この『内装が破損した時』って書いてあるからここだな」


 書かれていた連絡先は携帯番号。しかも年中無休、二十四時間受付対応、即日修理可能と書かれている。

これはありがたい業者さんだ。地元の人なのかな?


「修理代ってかかるのかな?」

「まぁ、タダではないだろう。一回連絡して修理費どれくらいかかるか確認して、そのあと父さんに連絡してみるか……」


 俺は書かれていた携帯番号をスマホに入力し、コールする。


──プルルルルル


『姫川だ』


 ほわい? 姫川? え? 姫川? この声、どこかで聞いたことがあるような……。


「ま、間違えました! すいません!」


 あわてて電話を切る。ば、番号間違ったのか?


「どうしたの?」


 杏里が少し不安そうな表情で俺を見ている。


「な、何でもないっす。ば、番号を間違ったみたいで……。今度は間違わないように」


 俺はノートを見ながらもう一度番号をスマホに入力し再度コール。


『姫川だ。なんだ?』


 多分、雄三さんですよね? なんで杏里のお父さんが……。


「えっと、天童です……」

『だから、何の用だと聞いている。明日日本を立つんだ。用事があるなら早くしてほしいんだが?』


 俺はさっき起きてしまった窓落下事件を話す。


「──とい言うわけで、窓がなくなってしまい、修理先を調べたらこの番号が……」

『で、私の携帯にかけたということか……。っち、龍一の奴本当に残していったのか……』


 残していった? 何を?


「どういうことですか?」

『昔の話だ。俺が社長になったらボロ下宿の修理は全部タダでいつでも見てやると言ったことがあってな』

「タダでいつでも……」

『あぁ、まさか本当にそうするとは思わなかったがな。まぁ、いい。修理は手配する』

「あ、ありがとうございます!」

『もう年末だ。今日は無理だから明日にでも担当の者から連絡させる。……あと、杏里は元気か?』

「はい、元気ですよ。かわりますか?」


 無言になっている雄三さん。多分杏里の声が聴きたいんだろうなと、推測。


「杏里、雄三さんが声聞きたいって」

「お父さん? なんでお父さんが? もしもし、かわりました」


 たまに連絡しているみたいだけど、きっと雄三さんももっと杏里と一緒にいたいんじゃないかな。

なんとなくそんな気がする。

少しの時間、杏里は雄三さんと電話ではなし、そのまま俺にかわることなく電話を切る。


「えっと、お父さんが司君によろしくって」

「わかった。よろしくされます」


 とりあえず、修理は進みそうだ。だが、問題は直るまでどうするかだ。

皆が来るから、もともとその部屋にあった荷物は他の部屋に移動している。

もちろん、他の部屋は現時点で寝ることができない。掃除もしてないし、荷物でごちゃごちゃだ。


 誰かが廊下で寝る羽目になる。


「うぉぉぉぉぉ! まがれぇぇぇぇ!」

「負けない! ここで必殺のアタック!」


 画面に映っているカートゲーム。どうやら真奈と良君はゲームにお熱らしい。

隣のリビングから二人の勇ましい声が台所まで響いてくる。


「うぁぁ! りょ、良君ずるい! そこでそれ使う!」

「ふふん。真奈ちゃん、勝負はいつでも本気なんですよ! ほら、もうすぐゴールです! 僕の勝ちですね!」

「ま、また負けたぁ! なんで? も、もう一回!」

「何度やっても僕の勝ちですよ」

「今度は負けないんだからっ!」


 なんだかんだで仲良くやってるみたいだね。よきよき。


「あの二人、仲良くなったね」

「だな。真奈は受験だけど、たまには息抜きも必要だろ」

「良君も結構勉強頑張っているんだよ。きっと、真奈ちゃんと同じ高校に行きたいんだろうね」


 きっと、真奈も高校に合格し、そのあと良君も入ってくるだろう。そんな予感がした。

俺達が三年になったとき、二年に真奈、一年に良君。楽しい高校生活になりそうだ。


「「ただいまー」」


 高山と杉本さんの声が聞こえる。どうやら長い散歩を終わらせ、生還したようだ。

そして──


「全員集まったね。それでは今日の司会進行は私、遠藤が務めさせていただきます」


 リビングに全員が集まり、みな真剣な表情でコタツに入っている。

流石に全員でコタツに入ると狭い。隣にいる杏里と肩がくっついている。


「司兄、ちょっと狭い。もう少し、そっちにいってよ」


 俺の右肩には杏里が。その反対側の左肩はすでに真奈がぶつかっている。


「いや、こっちも狭いんだよ」

「もう少し司兄がいってくれないと、良君に……」


 真奈の隣には良君。すでに肩どころではなく全身がぴったりとくっついていた。


「諦めろ。そもそもこの人数全員でコタツに入るのが間違っている」

「じゃぁ、司兄がでればいいじゃん」

「だが断る! コタツから出たら寒いじゃないか!」


 高山と杉本さんも二人並んでぬくぬく中。ほほえましいですな。

二人ともやり切った感が出ていて、今にも天に召されそうな……。


 こうして第一回五橋下宿の会議が始まったのであった。

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