第366話 窓落下パリーン事件
「お、終わったぁぁぁ!」
思わず声が出てしまった。夏に起こった悪夢がほんの少しだけよみがえる。
あの悪夢が再び起きないように今回はほんの少しだけ余裕をもって終わらせることができた。
「お疲れ様でした! みんなありがとう。今回は先輩にたよならなくても普通に発送できるよっ」
満面の笑みで封筒に原稿を入れる杉本さん。
そして俺の目の前で瀕死の高山が今にも天に行きそうな感じで天井を見上げている。安心しろ、今日はゆっくり眠りにつくことができるぞ。
「て、天童……。お、終わりか? 終わったのか?」
「あぁ、終わった」
うっすらと涙を浮かべる高山。お前はよく頑張ったよ。
「お疲れ様。やっと終わったね、思ったよりも大変な作業なんだね」
頬に墨を着けた遠藤。
「長かった! んー、腰が痛いし手首も痛い!」
背伸びをしている井上さん。そして……。
「良君は毎回手伝ってるの?」
「ははっ、そうだね。夏休みと冬休みは毎回かな……」
遠い目で空を見つめる良君。そうだね、毎回だときついよね。むしろ今までよく頑張ったよ。
「みんなお疲れ様。彩音、原稿今日発送するの?」
「うん。準備もできたし今から出してくるよ」
「あ、だったら俺も行くぜ! 外の空気を吸いたい!」
杉本さんにくっついて高山も一緒に行く気だ。
「二人とも気を付けてなー。あ、ついでになんかオヤツも買ってきて」
「おっけ、適当に買ってくるわ。行こうぜ彩音」
「うん。じゃ、ちょっと行ってくるね」
おやつの買い出しもお願いしたし、少し二人の時間も必要だよね? ここ数日間二人っきりに時間なんて全くなかったし。
ん? そういえば俺も杏里と二人っきりになる時間が……。
「天童君ちょっと僕も外の空気を吸ってくるよ」
「あ、私も行く」
「二人とも? じゃぁ、帰ってくるまでにお茶の準備でもしているね」
遠藤と井上さんも外か……。確かにずっとこの狭い部屋でカリカリしていたもんな。俺も外の空気を思いっきり吸いたいぜ!
「だったら俺も手伝うよ」
「ありがとう。でも、司君も疲れてない? 少し休んでいてもいいんだよ?」
その心使いが大変ありがたい。優しい心を持っている杏里さん、そんなところが好きです。でもね……。
「いんや、大丈夫。杏里だって疲れているだろ? 真奈と良君の勉強を見て、こっちも手伝って」
「ん-、まぁ少しは疲れたかな」
「だったら一緒にしようぜ。それに、杏里と一緒にいる方が俺にとっては……」
──ばぁぁぁぁん!
「あっつ! あーーー、暑い! 冬なのにこの暑さ!」
真奈が窓を開け外の空気を部屋に入れる。
「さむっ! おい真奈! 何してんだよ! 寒いだろ、早く閉めろよ!」
俺は慌ててフルオープンの窓を力いっぱい閉める。
──ガキィィンン!
「「へ?」」
窓が取れた。窓ってとれるもんなんですか?
──パリーーーン
そして、外れた窓が地面に落ちていき、割れる音もしっかりを耳に入ってきました。
「つ、司兄が!」
「俺? 俺か!?」
真奈と視線を交差させ、内心慌てる。今までこんな事件は起きたことがない。
「司君……。窓、どうしよう」
杏里もこっちを見ながら動揺している。隣にいる良君も無言で困った顔だ。
「しゅ、修理だ。こんな時は台所の引き出しに連絡先があったはず!」
高山たちが出かけている間に起きた事件。『窓落下パリーン事件』はこうして起きてしまった。
「ちょっと台所に行ってくる。えっと、真奈と良君は適当に休んでて!」
「えっと、司兄ごめんね」
「気にすんな。結構年季の入った建物だし、しょうがない」
「うん……」
初めは怒っていた真奈は肩を落とし、しょんぼりしている。俺は真奈の頭をポンポンとたたいて、顔をのぞき込む。
「ほら、良君が一人で退屈しているだろ。下のコタツにでも入って、二人でゲームでもしてろ。しばらく休憩だ」
「わかった、ありがとう。良君、行こう」
「う、うん……。あの天童さん、僕にできること何かありますか?」
「あるよ」
「何をすれば?」
俺はこっそりと良君の耳にささやく。
「真奈を慰めてやってくれ。多分結構へこんでいると思うから」
少しだけ頬を赤くした良君はちょっとカワイイ。
「わ、わかりました。がんばります」
「おう。じゃ、二人とも遊んでろー」
二人を部屋から追い出し、杏里と二人っきりになった。こんな形で二人っきりになるなんて……。
「はぁ、なんでこんな真冬に窓が」
「でも、きれいに落ちたね」
「あぁ。きれいに落ちて、割れた」
杏里と並んで窓から下をのぞき込む。地面には見事に砕けた窓。そして俺の隣には杏里。
自然と杏里を視線が合い、微笑みあう。
「ふふふっ、ごめん。笑っちゃいけないんだけど、窓が落ちたときの司君の顔が……」
「いやー、本気であせっちゃったよ。まさか窓が落ちるなんてさ」
外の冷たい風が部屋の中に入ってくる。世間は真冬、雪も少し残っている。
でも、俺の隣には杏里がいて、ここだけはいつでも温かい。
「寒いね」
「あぁ、寒いな。もう少しくっついてもいいか?」
無言で腕を組んでくる杏里。こんな事件が起きたけど、それでも俺はきっと今を楽しんでいる。
「早く修理の電話しないと」
「そうだな、少しでも早い方がいいな」
そう思いながら、ほんの少しだけ二人っきりの時間を過ごす。ほんの少しだけ……。
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