第353話 記念写真


 二人の空間、少しずつ時間が流れ、次第に周りの雑音が耳に入ってくる。

ゆっくりと重なった唇が離れ、お互いに視線を交わす。

イルミネーションの光が、杏里の瞳に映り輝いている。


 いつもより大きく見える瞳、そしてどこか遠くを見ているような表情。

そんな杏里の顔を俺はずっと見つめていた。


「そんなに見つめられると……」

「ごめん。きれいだったから……」


 自分の気持ちを素直に伝える。

杏里は何も言わず、俺に寄り添いそのまま二人でベロタクシーに乗り続けた。

何も言わなくても、お互いの気持ちを感じとる。

ふとしたことが、幸せだと感じる。


「はーと、みつけたー?」


 運転手さんが声をかけてきた。


「はい、さっき見つけましたよ」

「そう、それはよかったねー。二人は幸せになれるよー」


 ちょうど折り返し地点。

そのコーナーの真ん中でベロタクシーは止まった。

ん? 何かあったのかな?


「ここで写真撮るよー。サービスね」


 ベロバイクを下ろされ、イルミネーションをバックに杏里と並ぶ。


「もっとくっついてー、画面にはいらないよー」

「こ、こうですか?」


 杏里と肩をくっつけているが、もっと寄り添えと。

なかなか難しい事を言ってくる。


「こうですか?」


 杏里が俺の腕に絡まってきて、べったり状態。


「いいねー、これならばっちりよ。はーい、撮るよー」


 運転手さんにスマホを手渡し、何枚か写真を撮ってもらった。

そして、再びベロタクシーに乗り込み、反対側の車道を進み始める。


「綺麗に撮ってもらえたね」


 杏里の手に握られたスマホ。

その画面には俺と杏里が並んで映っている。

光り輝くイルミネーションをバックに、杏里も輝いていた。


「いい記念になったな」

「うん。一緒に写真撮れてよかった」


 杏里が微笑み、俺も微笑む。

今この場所にいる恋人たちはみんな俺たちと同じ気持ちなのだろうか。

もし、そうなのであればみんな幸せを感じているに違いない。


「終点だよー。お疲れさまでしたねー」


 ぐるっと一周し、元の場所に戻ってきた。


「ありがとうございました」


 運転手さんに軽く挨拶をして、俺たちはベロタクシーを後にする。


「思ったよりもゆっくり見ることができたね」

「そうだな、あの人ごみを歩くよりも楽しかったかもな」


 ハートも見つけることができたし、写真も撮ることができた。

もし、来年も来ることがあれば、また乗ってみよう。

すっかりと日も落ち、夜に差し掛かる。


「そろそろ帰ろうか。それにお腹もすいてこないか?」

「そうだね。そろそろ帰って夕飯とケーキを作ろう」


 アーケードを駅に向かって歩き始める。

途中おなじみのクレープ屋さんの前に差し掛かり、杏里はいつもと同じように熱い視線を送っている。


「えっと、今日はケーキ食べるんだよな?」


 杏里は俺の腕をつかみ、微笑む。


「クレープとケーキは別腹だよ。一番小さいやつでいいからさ……」

「大丈夫か?」

「大丈夫。司君も一緒にたべよ?」


 そう言われると、断れない男。


「じゃ、食べながら帰りますか」

「そうしましょうー」


 グイグイ腕を引っ張り、いつもと同じようにクレープをゲットする。

杏里はイチゴ、俺はマロンのクレープ。


「うーん、ここに来るといつも買っちゃうね」

「まー、おいしいし、夕飯まで少し時間もあるから小腹にはちょうどいいかな」


 腕を絡ませ、クレープ片手に帰路につく。

まだまだ多くの人が行き交うアーケード。

皆どこに向かって歩き、何を目指しているのか。


 ただ一つ言えるのは、俺は杏里と一緒にこの先もずっと一緒に歩いていきたい。

そんな気持ちを胸に抱く。


「はい、一口どう?」

「じゃ、こっちも」


 お互いのクレープを一口交換。

なんだか毎回しているような気がする。


「やっぱり、どっちもおいしいね」

「あぁ、おいしいものはシェアだな」


 ちらつく雪の中、俺たちは少し急ぎ足で駅に向かう。

こんな時期だからこそなのか、ギターを片手に歌っている人もちらほらいる。


「あ、この歌……」


 聞こえてきたのはアコースティックギターの音色。

そして、きれいな声でクリスマスソングを歌う女性の声だ。


「少し聞いていこうか?」

「せっかくだし、ちょっとだけね」


 歌声の聞こえる方に歩いていき、歌っている女性を見てみた。

そこには俺達と同じくらいの女の子が一人で歌っている姿が目に入ってきた。

そして、一人の男性がその子の事をずっと見ている。


「杏里も上手いけど、あの子も上手いな」

「聞いていて、心が温かくなるよ。きっと歌うのが好きなんだね」


 クリスマス。

アーケードに響く歌と、ギターの音色を聞きながら俺たちはその場を後にする。


 きっとあの子は歌うのが好きなんだと思う。

だから歌っている。

俺は何が好きで、何をしたいんだろう。

将来、俺はどうなっているんだろうか。


 アーケードの屋根がなくなり、大粒の雪が視界に入ってきた。

外はすっかり雪になっている。


「うわぁ、本格的に降り始めたね」

「だな。積もる前に帰ろう」


 まだ先の未来。でも、そう遠くない未来。

きっと未来でも、俺のそばには杏里がいて、高山も杉本もいる。


 未来は自分の手でつかみ取る。

杏里の為に、俺はもっと一人前の男になりたい。

だから、俺は今よりももっと頑張らないといけない。


「杏里。俺、この先もずっと杏里と一緒にいたい。だから、俺はもっといい男になるよ」


 クレープ片手にまじめな顔で杏里に語ってみた。


「ありがとう。そう言ってくれるのはすごく嬉しいよ。でも、そういう話は、ほっぺのクリームが無い時に話すといいかもね」


 そういうと杏里は俺の頬についたクリームを指で取り、自分の口に運んでしまった。

ここぞという時に決められない男。残念な奴だ。


「ごめん……」

「司君もまだまだ子供だね」


 言い返せないけど、こんなやり取りもいいと思ってしまう自分がいる。

素の自分が出せる。そんな杏里と巡り会えたのは、きっと奇跡なんだと思う。

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