第354話 残った足跡と思い出


 電車に乗り、商店街に着く頃には薄っすらと雪が積もり始めていた。


「うー、寒い……」


 息が白く、少し風も出てきた。


「結構冷えてきたね」

「だな。買い物してささっと帰ろうか」


 杏里の手を取り、八百屋に向かって歩き始めた。


「おぅ、司! 今帰りか!」


 寒くてもオッチャンは元気だ。

俺たちの姿が見えるとすぐに声をかけてくれた。


「今帰り。注文していた物、お願いできますか?」


 おっちゃんは奥から袋を取り出し、手渡してきた。


「いいところ詰めておいたおいたぜ! ほら、姫ちゃん見てごらん」


 袋を開けたオッチャンはそのまま俺達に見せてきた。

中には大きく、真っ赤なイチゴの山。

と、同時に杏里の瞳が輝き始めた。


「うわぁ……」

「こんなに? なんか多くないですか?」

「いいんだよ! 姫ちゃんがケーキ作るんだろ? だったら良いところをタップリと使わないとなっ!」


 杏里が一つ、イチゴを手に取る。


「一個だけ、味見してもいいかな?」


 杏里が俺に訴えかける。

いやいや、そんな上目使いで見つめないで下さいよ。


「一個だけな」

「ありがとう! いただきます」


 杏里が小さな口で、イチゴの半分をパクっとほおばる。


「甘い……。おいしいですね」

「だろ! これでケーキ作ったら絶対にうまいからな!」


 杏里は半分になったイチゴを俺に差し出してきた。


「司君も味見。半分だけど、どう?」


 杏里の手にあるイチゴを俺もいただく。

甘い。ここまで甘いイチゴは久しぶりだ。


「甘いな……」

「でしょ? ケーキ楽しみだねっ」


 その後、肉屋のおばちゃんのところで肉をゲットしたり、粉や生クリームも購入。

クリスマス色に染まる商店街を後にし、俺たちは家に向かって歩き始めた。


 降り続ける雪が次第にその粒を大きくし、公園に差し掛かる頃には地面が白くなり始めていた。お互いに買い物したものを手に持ち、空いた手はつないでいる。


「公園もすっかり白くなったな」


 いつもの公園に通りかかり、中を覗いて見る。


「この公園にも色々と思い出があるね……」


 杏里が俺の手をぎゅっと握ってきた。

まだ、杏里と付き合っていなかった頃。

杏里が下宿に来た頃を思い出す。


――


『杏里。いつからか、俺の中に杏里がいる。ずっと杏里と一緒にいたい。俺と一緒にいてくれるか?』

『……大好き。そのセリフが本気だったら今ここでキスして……』


 あの日、俺は杏里に想いを伝えた。


『大きい方が勝ちですか? それとも時間で勝負ですか?』

『勝負するのか?』

『線香花火はバトルですよ?』

『時間だな』

『では、勝負!』


 夏祭りの日、杏里と線香花火をした。


『杏里の事が世界で一番好きです。俺と結婚してもらえますか?』

『私も司君が好き……。喜んでお受けいたします』


 俺はここで、俺は杏里にプロポーズした。


――


 色々なことがあって、今の俺と杏里がいる。

きっと、何か一つでも違ったら今の俺たちはここにいない。


 なんだかずっと、ずっと昔の事だと錯覚してしまう。

でも、杏里と一緒に暮らすようになってからまだ一年もたっていないんだよな。


 ふと、杏里の顔を覗いて見た。

杏里の視線はブランコを眺めている。


 あの日、ブランコからジャンプした杏里を受け止め、抱きしめた。

そう、あの日から杏里はずっと俺と一緒にいる。

きっと、この先もずっと……。


「杏里」

「どうしたの?」


 杏里の視線が俺の視線と重なる。


「俺さ、今幸せだよ。杏里と一緒にいることができて。すごく幸せだ」

「ありがと……。私も幸せだよ。きっと、お互いにそう思っているんだね」


 こんな時でも杏里は俺に微笑んでくれる。

そう、いつだって杏里は俺のそばにいて、微笑んでくれるんだ。

俺はこの笑顔を失いたくない。

ずっと、見続けていたいんだ。


「よし、とびっきりのクリスマスケーキを作ろう! イチゴたっぷりで、あまーいでっかいケーキを!」

「うんっ!」


 杏里は俺の腕に絡みつきながら、とびっきりの笑顔を見せてくれた。

俺にできること。そんなに多くないけど、杏里のためだったら……。


 雪が降り続ける中、俺と杏里は家に帰る。

道には俺たちの足跡が残り、そしてやがて雪に埋もれ、消えていく。


 でも、そこには確かに俺たちの足跡があり、残っていた。

俺たちの思い出はこんな簡単には消えない。

これからもっと、思い出をたくさん作っていこう。


 いつか大人になったとき、今日この日の事もきっと思い出すのだから。


「司君、買ったイチゴ全部使っちゃう?」

「もちろん! イチゴだらケーキにしてやる!」


 ちょっと食いしん坊で、甘えん坊。

でも頑張り屋で、少し寂しがり屋。


 俺はまだまだ杏里の事を知らない。

これからもっと杏里の事を俺は知っていくだろう。


 そして、今よりももっと君の事を好きになる。


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