第352話 二人だけの世界


 周りのライトが全て消え、あたりは真っ暗になる。

そして、少し離れた所に大きな木のシルエットが浮かび上がってきた。


「では、カウントダウンいきますねー」


 アナウンスが流れる。

それに合わせて周りの人たちも、カウントダウンの声を上げる。


「「さーん」」

「「にー」」

「「いーち」」


 次の瞬間、大きな木は光り輝き、沢山のイルミネーションが光り始めた。

色とりどりに飾られた木は、今年も輝いている。

そして、点灯に合わせ楽しい雰囲気のクリスマスソングが会場に流れ始めた。


 会場がざわつき始める。


「綺麗だな」

「うん。一緒に見に来て良かった。ありがとう」


 別にお礼なんていらないよ。

俺だって、杏里と一緒に見たかったのだから。


「もう少し近くに行こうか」

「うんっ」


 飲み終わったグラスをかたづけ、杏里と一緒にツリーを目指す。

人と人の間を潜り抜け、近くまでやってきた。


 見上げるくらい大きなツリーだ。

イルミネーションの光が、杏里を照らしている。


 目を輝かせ、ツリーを見上げる杏里。

俺はその横顔を見ながら、杏里のぬくもりを感じていた。


 つないだ手は温かく、寄り添う杏里の体も温かい。

二人で初めて過ごすクリスマスは、俺たちの記憶にずっと残るだろう。


「司君」

「ん?」


 多くの人がいる中、誰もがツリーを見上げている。

そんな中、杏里はそっと唇を俺の頬にくっつけた。


「な、なにしてるんだよ」


 思わず小声で言ってしまう。


「お礼、かな」


 杏里は頬を赤くしながら、俺に微笑みを向ける。


「誰かに見られたら、恥ずかしいじゃないか……」


 誰も見ていないよね?

みんなツリーを見上げているよね?


「ちょっとくらい見られてもいいよ。私の想いが伝わるならね」


 俺の心には杏里の想いがしっかりと伝わってきた。


「伝わったよ。杏里の想い、全部受け止めた」

「うん……。見に来て、良かったね」

「よし、じゃぁ点灯もしっかりと見たし、行きますか」

「うん。行きましょう」


 ツリーを見た後は、光が降り注ぐ並木通りを歩く。

この時期ならここしかないでしょう。道路と道路の間に作られた歩行者専用の道。

そこはずっと遠くまで左右に見上げるほど大きな木があり、並木通りになっている。


 その全てにイルミネーションがつけられ、観光名所にもなっているのだ。

そして、毎年一か所。ハートの形をしたライトがどこかつけられている。

毎回ランダム、毎日場所が変わるのだ。


「流石に人が多いね」

「まぁ、イブだからなー」


 並木通りは人でごった返し。

まぁ、予想はしていたけど混み過ぎじゃないか?


「どうしようか? あの人ごみの中に行く?」

「うーん、中央ではなく横の道にするか。真ん中よりは空いているだろ」


 杏里の視線の先は並木道ではなく歩道に向く。

それでも人は多いが、並木通りよりはましか。


「杏里はそれでもいいか?」

「私はいいよ。あそこに行ったらつぶされちゃいそうだし」


 手をつなぎ、交差点に差し掛かる。

信号が変わり、横断歩道を渡って歩き始めた。

見上げるときれいなイルミネーションが俺達を待っていた。


「やっぱりきれいだね」

「だなー。毎年これ全部取りつけてるんだぜ」

「そう考えるとすごいよね」


 たわいもない話をしながらゆっくりと歩く。


「終点よー。ありがとねー」


 少し先に三輪自転車が止まる。

たまに見かけるベロタクシーといわれるものだ。


 運転手はサンタの格好をした海外の方。

後部座席には二人乗ることができ、車道の外側をゆっくりと運転してくれる。

そして、この並木通りを大きく一周してくれるこの時期のサービスだ。


 杏里と視線が重なる。

お互い考えていることは同じようだ。


「すいません、乗れますか?」

「だいじょーぶよ! 乗って乗って」


 運転手さんに背中を押され、杏里とベロタクシーに乗り込んだ。

ブランケットを借り、二人で膝の上にかける。


「あったかいね」

「結構冷えてきたし、ブランケットはありがたいな」


 杏里がブランケットの中をもぞもぞしている。

と、俺の手を握ってきた。


「こうすればもっと温かくなるよ」


 俺の肩に体重をかけてくる杏里。

なんとなくいつもよりも積極的ですね。

今日はそんな日なんですか? そうなんですね?

一人でドキドキしながら、イルミネーションを見上げる。


「お客さーん、ハート見つけた?」


 そういえばまだ見つけてない。

今日はどこに設置されているのか。


「まだ見つけていないですが、自分で見つけますよ」


 都市伝説。

恋人同士でハートを見つけると永遠に結ばれる。

本当か嘘かはわからない。

でも、俺は杏里とハートのライトを見つけたい。


「ふふふ。通り過ぎたら教えるよー」


 ほぅ、では通り過ぎる前に見つけてやろうじゃないか!

いざ、勝負だ!


「杏里、ハートのライト一緒に探さないか?」

「もしかして永遠に結ばれるっていう、あのライト?」


 ですよね、もちろん知っていますよね。


「ん、まぁ、そうだね。そのハートのライトだよ」


 なんとなく恥ずかしい。


「もちろん。私も司君と一緒に見つけたいから。よーし、がんばろー」


 杏里も外を眺め、ハートのライトを探し始める。

光り輝くイルミネーションは、そんな君を照らす。


 たくさんの人がいる中、雑音や話声、車の音。

色々な音がするけど、杏里の声だけはしっかりと俺の耳に聞こえる。


「司君、ほらもっとよく見て」


 杏里が俺の手を引く。


「わかってるよ。見てる、ちゃんと見てるよ」


 ハートのライトも探す。

でも、俺は目の前にいる、杏里を一番見ていたい。


 懸命に外を見ている杏里。

その横顔を俺は杏里の真横でしばらく見つめていた。


「あった! 司君、あそこに!」


 突然杏里が振り返った。

と、思いきや。


 杏里の唇が俺の唇と重なる。

一瞬、ほんの一瞬だけ世界の時間が止まった。

この瞬間だけは、きっと俺と杏里の二人だけの世界になった。


―― ハートのライトを見つけて、愛を誓った二人は、永遠に結ばれる

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