第342話 デートの準備はしっかりと


――ピピピピピピ


枕元でアラームの音が鳴り響く。

もう朝か……。


 アラームを止めようと徐々に脳が覚醒し始める。

不意に伝わってくる温かい感覚。横を見ると、天使の寝顔が目に入ってきた。


 寒い冬でも二人で眠るお布団は温かい。

身も心も、一緒にいるとそれだけで温かい気持ちになれる。


 そんな天使の寝顔を見つめながら、杏里の髪をかきあげ額にそっとキスをする。


「んっ……」


 天使の目覚めだ。

杏里の瞼が少しだけ開く。


「おはよ……。アラーム、止めないと……」


 杏里が俺におおいかぶさり、枕もとにあったアラームを止めた。

そして、そのまま俺の胸で再び目を閉じる杏里。

どうやら眠り姫は二度寝するようだ。


 このまま眠り姫を眺めていてもいいが、今日は大切なイベント日。

せっかく一年に一回しかない日なのだから、楽しまなければならない。


「杏里。二度寝しようとしているところ、申し訳ないんだけど、今日は朝から出かけるんだろ?」


 俺の胸で再び眠り姫の瞼がゆっくりと開き始める。

少し寝ぼけ顔で髪がぼさっとした姫もなんだか愛嬌があって可愛い。

手を伸ばし、杏里の頭をなでる。


「そうだ、今日は朝から出かけるんだった。温かったからつい……」

「それとも、昼までこうして二人で布団で寝るか? 俺はそれも悪くないと――」


 杏里が目を見開きベッドに立ち上がる。


「司君! 水族館! 今日は二人で水族館だよ!」


 寒い。一気に布団をはがされ、温かい布団が真冬になった。

杏里はそのままベッドから降り、カーデを羽織って部屋を出ていく。


「あ、杏里?」


 部屋の外から声が響いてくる。


「私出かける準備するから、朝ごはんの準備お願い!」


 ……。女の子の準備は大変だよね。わかるよ、確かにわかります。

でもさ、せっかく一緒に起きたんだから、もう少しまったりしてもいいんじゃないかな?


「わかった。準備できたら呼ぶぞー」

「ありがとう! イチゴジャム、多めにお願いっ」


 予め予定を組んでおり、今朝はパンの予定だ。そして、俺は朝からせっせと朝食の準備。

今日は待ちに待ったクリスマスイブ。

スケジュールはしっかりと組んだぬかりはないっ!

そして、杏里とたくさんの思い出を作るのだ!


 台所にパンの焼けるこうばしい匂いと、スープのいい香りが漂ってくる。

朝食は軽め、ランチはしっかりめに食べるかな。


「ご飯できたよー」

「いま行くー」


 二階から声が響いてくる。

さて、麗しの姫はどんな服で降りてくるのだろうか。

先に席へ座って待つことにした。


「……で、なんでまだパジャマなの?」


 俺はパンをかじりながら、いまだにパジャマのままの杏里に向かって話しかける。


「えっと、昨日の夜決めたんだけど、朝起きたら、こっちもいいかなって……。あ、でもすぐに決まるよ?」

「起きてから三十分は経過してるけど?」

「まだ三十分だよ。大丈夫、予定の時間には間に合うから」


 杏里もパンをかじりながらニコニコ笑顔で俺に話しかけてくる。

なんだかんだ言って、今日が楽しみなんだ。

杏里も俺も。


「食べ終わったら食器はそのままでいいからさ、出かける準備してていいよ」

「そう? ありがと。では、遠慮なくそうさせてもらうねっ。ご馳走様!」


 杏里は席を立ち、部屋から出ていく。

食べ終わった食器を手に持ち、俺も席を立つ。


 と、杏里が扉の隙間からひょっこりと顔を向けているのが目に入った。


「どうした? 何か忘れ物?」

「そういうところ、好きだよ。今日は楽しもうねっ」


 小走りで足音が離れていくのが聞こえる。

少し、顔が赤かったから、照れているのだろうか。

そんなこと言われた俺だって照れますよ!


 なんだか朝からお互いにテンションが高いのかもしれない。

こういう時だからこそ、怪我とかには注意しないとね。

さて、俺も準備しようかな。


 昨日準備していた服を着て、バッグに手荷物を詰め込む。

男の準備は早い。着替えに十分かからないからね。

そして、洗面所で少し髪を整え、歯も磨いておく。

ま、こんなもんでいいか。


――コンコン


「んー」

『入ってもいいかな?』

「いいよー」


 洗面所に来た杏里は白の大きめのニットにブランのロングスカート。

見ているだけで暖かそうな服装だ。


「どうかな?」

「ん、いいんじゃないか。かわいいよ」

「へへっ。でしょ? ねぇ、司君はどんな髪型が似合うと思う?」


 髪型? んー、杏里はどんな髪型でも似合うと思うんですよ。

長かったころはよく一つにまとめていたけど、今はそこまで長くないしね。


「杏里はそんな髪型でも似合うよ。そのままでも、俺は十分可愛いと思うけど?」

「司君は乙女心がわかってないねっ」


 そんなたわいもない話をしながら、一緒に洗面所で杏里の髪型について話し合う。

本当にたわいもない話。俺は杏里の髪を触りながら、鏡越しに杏里の瞳を見つめる。

ふと、杏里と目が合った。


「私はさ、いつでも司君の前ではかわいい彼女でいたいの」


 杏里の手が俺の手に重なる。


「杏里はいつだってかわいいよ。寝ているときによだれを垂らしていてもさ」

「そ、そんなことない!」


 杏里が少しだけ目を吊り上げて、両手で俺の頬を引っ張る。


「ごめんごめん、でも本当だよ。杏里はいつだって……」

「ありがとう。私も司君の事……」


 俺はそのまま杏里を後ろから抱きしめる。

この温かい感触、温かいぬくもり。


「そろそろ出発の時間だけど、どうする?」


 俺は少し時間が押しても、このまま少しだけいてもいいかなって。

杏里はどうかな?


「よし、早く行こう! 今日の髪型はこれに決まり!」


 ささっと髪をまとめ、あらかじめ準備していたネックレスやイヤリングを身に着け始めた。

杏里は振り返り、俺を見つめてくる。


「はい、司君の彼女が出来上がりました。行く?」


 目の前に俺の女神が降臨した。

いつだってそうだ、杏里はいつでも俺のそばにいてくれる。

この先何があっても、きっと俺達ならずっと一緒に。


「よし、行こうか。杏里の彼氏は、だいぶ前に出来上がっているからな」


 二人でコートを羽織り、いざ出陣。

二人で過ごすイブの日に、一緒に水族館。

高山、サンキュな。感謝してるぜ!


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