第323話 ご祝儀袋の行方


 動物園に向かう地下鉄の中、周りには家族連れの人が多くみられる。

終点は動物園、みんな同じところに向かっているんだろうなと思う。


「なぁ、天童。結局ご祝儀ってどうなったの?」


 文化祭で行われた披露宴。

その時に集まったご祝儀がそれなりにあった。

商店街のみんなや店長、オーナーも持参してくれた。

先生にも相談したが、売り上げとして会計に乗せる訳にもいかず、結局俺と杏里が時間をかけてみんなの所に挨拶がてら返しに行った。


――


 文化祭が終わった数日後。

夕方のテレビで俺達の文化祭が放映された。

たった五分の特集だけど、俺はしっかりと録画した。


「本日は高校で結婚式が行われると聞き、私はやってきました!」


 レポーターの人がマイクを持ち画面に映っている。

背景は俺達の通っている高校。

間違いなくあの日の映像だ。


 初めにレポーターの人が簡単に学校の説明をして、すぐに教会のシーンになった。

俺は杏里とソファーに座り、テレビ画面を見ている。

重なった手が温かい。


 画面に映る杏里のドレス姿。

そして、入場シーンから誓いの言葉と指輪交換。

しっかりと誓いのキスシーンまで放映されてしまった。


「これは流石に恥ずかしいな……」


「だね。絶対に知り合いとか見てるよね」


「見てるだろうな」


 お互いに目を合わせ、にやける。

これを見た高山はそんな反応をしているのだろうか。

そして、ブーケトスのシーンに切り替わった。


「では、私も参加してきます。二人の幸せを分けてもらい、出来れば今年こそ結婚したいと思います! では、行ってきます!」


 目が真剣だった。

よっぽどブーケが欲しかったのだろう。


 放物線を描いた白いブーケ。

よく見ると、女性陣がみんな手を伸ばして我先にとブーケを取りに行っているのがわかる。


 あ、かき氷屋のばーちゃんや肉屋のおばちゃんもその手をしっかりと伸ばしている。

つか、ブーケってみんな欲しいんですね。


 スローモーションになり、流れてくる音楽。

有名な映画で使われているシーンの有名な曲。


 カメラはブーケを手にした女性陣を撮影しており、その笑顔を収めていた。

杉本も井上も真奈もみんな笑顔だった。


「やりました! 手に入れました! 私も近々結婚できます!」


 肩で息をしているレポーターさん。

少し髪が乱れている。

そして、その後ろの方に雄三さんの姿も写っており、杏里と話しているのがわかった。

杏里のブーケ、天国に届いているかな……。


 披露宴のシーンも写っており、入刀、ファーストバイト、ダンス、そして、杏里の歌。

杏里、井上、杉本。みんな綺麗なドレスで映画のワンシーンかと思う位だ。

どれも短いシーンだったけど、しっかりと映っている。


 だが、ほとんど俺は写っていない。杏里のおまけだ。

画面から切れる事もしばしば。

別にいいよ、可愛い杏里が写っていればさ。


 そして、杏里が画面いっぱいに写り、レポーターの人が杏里にマイクを向けた。

披露宴の最後のシーンだ。


「姫川さん、結婚式を実際にしてみて、いかがでしたか?」


 杏里は満面の笑みを浮かべている。


「大好きな人と、式を挙げることができて、すごく幸せです」


 そして、場面が切り替わりレポーターの人が教会の前で一人立っているシーンに切り替わる。


「ハイスクール・ウェディングと題した今回のイベント。正直、私も結婚式を挙げたいと思いました。今回のイベントは実際の結婚式場からのサポートもあり、より本当の式に近いと聞いています。いかがでしたか? 皆さんも式を挙げたいと思いませんか?」


 終わった。短い時間だったけど杏里の魅力は十分に伝わった。

ふぅ、満足!


 杏里はどうなんだろうか?


「杏里?」


「司君、これってみんな見てるんだよね?」


「見てるな、きっと」


「私、しばらく学校休む。恥ずかしい……」 


「なんでだ? 学校の皆は生で見てるだろ?」


「あんな放映されたら、外歩けない! 恥ずかしくて死んじゃう!」


 俺の膝に顔をのせ、悶えている杏里。

こんな杏里も可愛い。


 そして放映された翌日、俺達はやっと時間を作る事が出来た。

頂いてしまったご祝儀をみんなに返しに行く。


「おっちゃん、これ……」


「おう、どうした辛気臭い顔して! 早速夫婦喧嘩か! やめとけ喧嘩なんて。素直に司が謝っちまえばいいんだよ!」


 内容ともかく、俺が悪いわけでもなく、とりあえず俺が謝れと?

と言いますか、杏里と喧嘩してないし!


「実は、ご祝儀の件なんですが……」


「ん? 足りなかったのか?」


「いえ、そういう訳ではなく、学校のイベントでさすがにご祝儀までいただくのは……」


「あぁ、昨日放映されていたな。しっかりと録画したよ。いやー、姫ちゃんのドレス姿、綺麗だったな!」


「そうですよね。杏里、綺麗でしたよね。って、あれ文化祭の発表ですよ。帰りに渡した紙袋に色々と資料入っていませんでしたか?」


「あー、あれか。しっかり読ませてもらったが、早く結婚して子供作ろうって事だろ?」


 ……間違ってはいないけど、なんかオッチャンが話すと変な感じがするな。

隣の杏里に視線を向けたらすでに顔が赤くなっている。

そんな杏里も可愛いね……。


「あの、司君とはまだ入籍とかしていないので……」


「入籍ってこれからなんだろ? 式が先か入籍が先かの違いだよな?」


 あ、説明しにくくなってきた。

俺とオッチャンの間に何か大きな溝を感じる。

だんだん不安になってきた。


「えっと……」


 俺は文化祭の発表が決まった事、イベントとして文化祭で発表する事。

そして、式場の人にも協力してもらい、挙式と披露宴をした事を話した。


「じゃぁ、司たちはまだ……」


 ごめん、俺と杏里はまだ本当の意味で夫婦じゃないんだよ。

いつか夫婦になる予定だけどさ! 俺はね。


「そうか。それは良かった! また、二人の結婚式が見られるって事だな!」


「え?」


「だってそうだろ? 今回のは学校のイベント。いつか、二人が本当に結婚する時が来る。そしたら、また姫ちゃんのドレス姿が見られるってもんだ」


「そうだけど……」


 っと、すでに杏里と結婚する気満々みたいじゃないか、俺。


「だったら一度ご祝儀は返してもらう。いつか、また式を挙げる時に呼んでくれな。店、閉めてでも絶対にいくからよっ」


 親指を立てて満面の笑顔になるオッチャン。

勘違いさせてしまって、怒られると思ったのに。


「はいっ! いつか、司君と本当に式を挙げる日が来たら、また招待状出しますね」


「おうよ。いいか、司に姫ちゃん。俺達はみんな二人を応援しているんだ。ここの商店街のみんなを親戚だと思ってくれ。何でも相談してくれよな」


「ありがとう。オッチャンいい人だね」


「当たり前よ! 八百屋に悪い人はいねーよ!」


 こうして、俺と杏里は学校帰りに名簿とご祝儀袋を持ち、みんなの所を回った。

みんな怒るかと思ったけど、オッチャンと同じようにまた呼んでほしいと言われる。

何だか涙が出そう。みんな、いい人じゃないですか!


 そして、バイトの日。


「入籍しない?」


「はい、実は……」


 杏里と一緒に店長にも同じ話をする。

店長は真面目な顔で俺達を見てくる。


「そうか、何だかそれも寂しいな。二人共、いつか入籍することを考えているのか?」


 無言になってしまった。

俺の返事は決まっているけど、杏里はどうなんだろう。

俺だけ盛り上がっているのはかっこ悪い。


 杏里の顔を見る。

杏里の返事も決まっているようだ。

俺と杏里は声をそろえて店長に返事をする。


「「はい。もちろん」」


 笑顔になる店長。

店長にもいい人が見つかるといいですね。


「ま、そうなるよね。その時が来るまで、このご祝儀袋は大切にしまっておくよ」


 店長はバッグにご祝儀袋を入れ、微笑む。


――


 結局、雄三さん以外の皆に返し、温かい言葉を貰った。


「みんなに返したよ。半日かかったけどね」


「半日も? 大変だったな」


「でも、みんなに温かい言葉を貰って、ちょっと嬉しかったかな」


「そっか、良かったな!」


 隣で杉本と話している杏里。

その笑顔は輝き、いつでも俺を照らしてくれる。


 いつか、また杏里と式を挙げる日が来るまで、俺は杏里と共に過ごす。

その手を握り、ずっと一緒に、いつまでも……。


『終点、動物園前、動物園前』


 地下鉄が止まる。


「着いた! 早く降りよう!」


 真奈と良君が先に行ってしまう。

どれ、俺も行きますか。


 杏里が俺の手を握り、微笑む。


「行こうか」


「おう」


 繋いだ手は温かい。 

高山達の後を追い、杏里と歩く。


 今日は楽しみにしていた動物園。

思いっきり楽しもうな!

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