第322話 動物園に向けて


 お弁当よーし。

お着替えよーし。

時間、まだ間に合います。


「杏里! 準備できたよ!」


「ちょっと待って!」


 洗面所から杏里の声が響く。

女の子の準備は時間がかかるのは当然。

まだかなーと思いつつ、洗面所に向かう。


「終わった?」


「……もう少し。ごめん、先に待ち合わせ場所に行ってて」


「いいよ、一緒に行こう。まだ時間あるから大丈夫だよ」


「そうじゃないの、私達って毎日一緒に家を出るでしょ?」


 当たり前ですね。一緒に住んでいるんだし。


「そうだけど?」


「たまには別々の時間に出て、待ち合わせもいいかなって」


 それはそれで悪くない。

何となくデートっぽいですね!


「杏里はそれでいいの?」


「うん、もう少し時間かかるから」


「分かった。荷物は俺が持って行ってもいいのかな?」


「お願いします」


「じゃぁ、先にいってるよ」


「直ぐに行くからっ」


 玄関に行き、お弁当やレジャーシートの入ったバッグを持つ。

今からお弁当が楽しみだ。少し多めに作ったら、後でおかず交換とかしよっと。

あー、超楽しみ!


 靴を履き、玄関を出ようとした時、杏里に呼び止められた。


「司君……」


 振り返ると、唇に柔らかい感触が。


「また、後でね」


 小走りで去っていく杏里。

ちくしょう、可愛いじゃないか!


 心躍り、歩く足も軽く、背中に羽を生やしながら駅に向かう。

今日はみんなで動物園。

真奈も杉本姉弟もやってくる。

みんなでお出かけは初めてかな?


 セブンビーチの時はバイトだったし、純粋な遊びは初めてかも。

待ち合わせ場所に着くと、まだ誰も来ていない。

少し早かったかな?


 駅前のいつものベンチで一人待つ。

バッグを横に置き、スマホで時間つぶし。

しばらくすると俺の目の前に影ができた。


 お? 誰か来たかな?

ふと視線を上げると見慣れた顔。


「お待たせっ!」


「……高山、何しているの?」


「いやー、間に合ってよかったぜ!」


 いやいや、今日は誘ってないよね?

どうしてここにいるんでしょうか?


「えっと、どこか行くのか?」


「どこって。動物園に決まってるだろ! おかしなこと言うなー!」


 ……はて、何がどうなっているのかしら?


「お待たせっ! お弁当沢山作って来たよ!」


「遅れました! 天童さん、高山さんもおはようございます!」


 杉本姉弟もやってきた。

二人の顔には高山がいる事に対して疑問は出ないのか?


「おはよ! いい天気になって良かったね」


「ほんと、いい天気で良かったぜ!」


 だから、高山さん? 自然に混ざっていますよ?

あなた、今日お留守番でしょ? チケットナイヨ?


「高山、あのさ……」


「おはよう! あー、疲れた! やっと着いたよ」


 真奈も到着。

真奈は実家から来たから多分始発で来たんだよね。

もしかしたら、前泊してもらった方が良かったかな?


「おはよう、間に合ってよかったな」


「始発はつらい! あ、良君おはよう……」


 何モジモジしてるの?

しかも今日の服装、可愛いじゃないですか?

なに頑張ってきてるの? そう言う事でいいんですね?


「真奈ちゃん、今日も可愛いね」


 頬を赤くする真奈。

ほうほう、良君いいこと言いますね。

『可愛い服』ではなく『可愛い』。

そんなに真奈の事褒めたら、天狗になりますよ!


「そう、かな……。あれ? 杏里姉は?」


「あー、そろそろ来るかな? それより、高山」


「何でしょうか?」


「なんでここにいるの?」


「だから、動物園にいくんだろ?」


「高山の分のチケットないよ?」


「自腹で行く」


 そう来ましたか。

まぁ、そんなに高くないし、払おうと思えば普通に行けるか。

あ、だったらあの二人も誘えばよかったかな?


「自腹切ったのか?」


「当たり前だろ! なんで俺だけのけ者なんだよ! 昨日さっさと帰って今日の準備したし! チケットも買ったし!」


「割と本気で行きたいんだな……」


「彩音と動物園デート! 絶対に俺も行く!」


 熱い男高山。

その情熱は素晴らしい。こいつ、大人になっても変わらない気がするな。

ちょっと離れた所ではテレテレもじもじしている真奈と良君。

目の前で杉本と高山も二人の世界に入っていく。


 あれ? 俺だけ一人なの?


「ごめん、お待たせ」


 俺の天使が降臨した。

昨日の服装に、バッグ、それにリングを付けた杏里。

俺のマイハニーがやっと来てくれた。


「杏里、今日も可愛いね」


「ありがとう。あれ? 高山さんもいるの?」


「あー、その話はもうした。自腹で着いてくるって」


「そうなんだ。チケット代みんなで割り勘する?」


「しなくていい! これは俺の我儘だ! だが、彩音のお弁当はいただくぜ!」


「うん、みんなで食べようね。私も沢山作って来たからさ」


 握ったのは俺だけどね。


「真奈ちゃん、良君そろそろ行こうか?」


「杏里姉、今日も可愛いね。いいなぁー、何でも似合う人は」


「そんな事無いよ、真奈ちゃんも可愛いよ」


「えへ、そう言われると照れますね!」


「でも、一番可愛いのは彩音だな!」


 何やら始まる可愛い子選手権。

俺の中ではぶっちぎりで杏里の優勝だ。

だが、俺はできる男。ここで高山に反論はしない。


 誰だって、彼女が一番可愛くて当然。


「よし、揃ったし行きますか!」


「「はーい」」


 ここまで揃うと何だか引率している先生みたいだな。

はーい、みんなはぐれないように手を繋ぎましょうねー。

とか、言ったらいいのかな?


「司君」


「ん?」


「司君は、誰が一番可愛いと思う?」


 耳打ちしてくる杏里。

なぜそんな事聞いてくるの?

そっと杏里の耳元でささやく。


「聞かなくても答えは知ってるだろ?」


 微笑む杏里は俺の腕に絡んでくる。

そして、手はしっかりと恋人つなぎ。

杏里の温もりをしっかりと感じる。


 どうだ、見たか高山!

これが俺の杏里のパワーだ!


 視線を二人に向けると既に腕を組んでおり、恋人つなぎ。

高山が何か勝ち誇った顔をしているのがむかつく。


「天童、お互い熱いのぅ」


「そうじゃのう。今日は良い日になりそうじゃ」


 そんな俺達に触発されたのか、真奈と良君も自然と距離が近い。

おおぉおぉぉおう! 近い! その距離数センチ!

良君、いけ! 手を繋いでしまえ!


 最後尾を歩く二人を視界の端っこに、見なかったことにする。

どうなの? 告ったの? 付き合ってるの?

それともまだなの? ねぇ、どうなんですか!


 動物園に着く前から熱いです!

今日、何かある。俺はそんな確信を持った。

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