第318話 祭りの後に


 頬に温かい感触が伝わってくる。

優しく撫でてくれる温かい手。


「んっ……」


「おはよ。良く眠れた?」


 目を開けると杏里の顔が目に入ってきた。

俺の腕の中に杏里がいる。

そっか、昨日はあのまま眠ってしまったのか。


「おかげさまで。杏里は?」


「司君のおかげでいい夢が見れたよ」


「それは良かったな。どんな夢だ?」


 笑顔の杏里が答える。


「お母さんと、司君と、それにお父さんも。もちろん司君のお父さんもお母さんもいるの。みんなでこの下宿にいて、ただご飯を食べるだけの夢」


 そう言えば俺の両親含め、みんなこの下宿に住んでいたんだよな。

きっと、杏里が思い描いた想いが夢になったんだろう。


「それは良かったな」


 杏里の肩を抱き寄せ、その温もりを感じる。

色々あったけど、楽しい文化祭だった。


「もう起きる?」


 杏里の子猫のような目が可愛い。

俺の手をくすぐる髪が、短くなった髪が俺の頬に当たる。


「もう少しこのままでいいかな?」


「うん、いいよ……」


 二人でお布団に包まり、少しだけ肌を寄せ合う。

この先俺達がどんな人生を歩んでいくのか。


 俺の隣にはいつでも杏里にいてほしい。

それが俺の願いでもある。


 しばらくし、いつも起きる時間となってしまった。

今日は文化祭の後片付けが待っている。

それに昨夜の報告会も放課後控えているので、今日も一日忙しくなりそうだ。


 朝一緒に支度をし、いつもより少し早めに学校に向かう。

いつもの公園を横目に商店街に入った。


「おう、司! 昨日は良い式だったな」


 オッチャンも元気そうだ。

しばらく杏里の方に視線を向け、すぐに俺に視線を戻した。

そして、まじまじと俺の顔を見てくる。

杏里の髪と俺の顔。突っ込む所はいくらでもある。


「昨日は来てくれてありがとう。また、改めてお礼に来るよ」


「二人とも何かあったんだろ? 詳しくは聞かないが、いつでも頼ってこいよ。なんせこの商店街の皆がお前たちを応援してるんだからな!」


「うん。ありがとう」


 気を使って何も聞いてこないのだろう。

でも、みんなが俺達の事を祝ってくれた。

きっと、オッチャンもおばちゃんも、この先俺達が大人になってもずっと見守ってくれるんだろうな。

そんな事を考えたら、少しだけ胸が温かくなった。


 学校に付き、教室に入る。

みんなの視線が集まる。


 俺にではなく杏里にだ。

昨日まで長かった髪が一夜にして短くなる。

そんな事が起きれば注目を集めるだろう。


「杏里、おはよ。その……」


「彩音。おはよう、どう? 疲れていない?」


「うん、私は大丈夫なんだけど……」


 杉本の視線が左右に揺れる。

杏里に対してどう話していいのか分からないようだ。


「天童! 昨日の事詳しく話せよ! それにその髪とお前の顔面。なんだそれ!」


 いい感じでドストレートに聞いてくる高山。

真っ直ぐというか、気にしていないと言うか。


「詳しくは放課後に話すよ。どちらにしても今日の放課後は報告会だろ?」


「気になるけど、それでもいいか。大丈夫なのか?」


「大丈夫。杏里も俺も」


「そっか、それならいいんだけど」


「おはよう、みんな」


 今日の主役、遠藤様の登場だ。

廊下には井上の後姿が見えた。

なんだ? 入ってこないのか。


「おはよう。遠藤、今日の放課後絶対に残れよ?」


「わかっている。報告会があるんだし、帰らないよ?」


 よし、遠藤確保!

遠藤も俺と杏里を交互に見ている。

目が左右に揺れまくっている。

そんなジロジロ見なくてもいいんですけど?


「井上さんも参加でいいんだよな」


「もちろん。彼女もサポートを良くしてくれたしね」


 よし。これで二人を尋問できるぜ。

思わず頬がつり上がってしまう。


「天童、その顔でにやけると結構怖いんだけど……」


 高山のツッコミ。

どうもありがとうございます。


――ガラララララ


「ホームルームを始めますよ」


 浮島先生もやってきて、いつもと同じように学校が始まる。

今日は文化祭の片付けとホームルームしかない。

しかし、今日の先生はいつもにもまして笑顔が多い。

それに、なんでかそわそわしているな。


 ホームルームが終わり、後片付けタイムに入る。

杏里と杉本は体育館で飾りの撤去。

遠藤と井上は機材の運びだし。

高山と俺は柔道場を元に戻す。

つか、戻るのこれ? ステンドグラスとか十字架とか。

それに鐘とか、そもそもこの鐘どっから持ってきたんですか?


「いやー、作るのは楽しいけど、元に戻すのはなんだかさみしいなー」


 その気持ち分かります。

祭りの後って寂しいよね。


 解体されていく教会。

俺と杏里が歩いたバージンロード。

二人で鳴らした鐘が下ろされていく。


「そうだな、ちょっと寂しいな」


 高山が俺の肩に手を乗せ、からんできた。


「今回は予行練習。いつか、本物の結婚式挙げるんだろ? その時はまた俺を呼んでくれよ。友人代表でしっかりと決めてやるからさっ」


 笑顔で俺の肩を抱く高山。


「その言葉そっくり返すよ。高山は杉本さんと式、挙げるんだろ?」

 

 高山の動きが止まる。

そして、真剣な目で俺に訴えてくる。


「当たり前だろ。大人になって、お互いの準備ができたらプロポーズするぜ! そこで、一つ頼みがあるんだが……」


「なんだよ」


「プロポーズのセリフ考えてくれ! 俺には無理だ! 天童と同じで良いから教えてくれよ!」


 んな事自分で考えろ!

何で俺がしなければならない?

お前の愛情はそんなものなのか!


「断る。自分で考えろ。愛を言葉にするんだな」


「愛を言葉に……。ひと言しか出てこないけど?」


「それはどんなセリフだ?」


「えっと、『愛してる。俺と結婚して』だな」


 ふと、背中に視線を感じる。


「高山さん、司君と……。そんな、嘘でしょ?」


 杏里さん。なんでここにいるんですか?

そして、なんでこのタイミングで?


「違う、杏里違うぞ!」


「司君、本当は高山さんの事が……」


「ないない! 俺は杏里だけだ、いやマジっす。杏里お願いだから変な誤解しないで!」


 笑顔で俺を見てくる杏里。


「冗談だよ、冗談。そんなに焦らなくてもいいよ」


「……おい」


「ごめん、ちょっと聞いていたら面白そうで」


「姫川さん、今の話……」


「分かってる。彩音には内緒にしておくよ。その時が来るまでいいセリフ考えていておいてね。でも、今のセリフでも十分だったよ?」


 だよな。たった一言でも伝わる想いはある。

この先、高山と杉本が共に過ごし、どのように想いを通じ合わせていくのか。

今でも十分な気がするけど、きっともっと想いは通じ合うと信じている。


「そっか? 今のでも十分か?」


「うーん、私はそう思ったけど。彩音に直接聞いてみたら?」


「こればっかりは本人に聞けないな」


 下ろされていく鐘を見ながら俺は未来を見る。

いつか大人になった時、また今のメンバーがそろう事を。


「司君。ちょっといいかな?」


「ん?」


「手芸部に来てほしいの」


「どうしたんだ?」


「ドレスとか、装飾品とか細かいものも含め、どうするか。ちょっと決めかねちゃって」


「そっか、わかった。一緒に行こうか」


 杏里の手を取り、手芸部に向かう。

その手は柔らかく、温かい。

高山をその場に残し、俺達はその場を去った。


 色々と確認したら持ち込んだ物も多かった。

ただ、手芸部の力作でもあるドレスや装飾品。


 母さんのドレスは持ち帰ることにし、お色直し用で作ってもらったドレスはそのまま寄贈。

しかし、よくこんなドレスが作れたもんだな。

感心してしまう。


 そんなこんなで、あっという間に全てが元通り。

いつもの体育館に柔道場に戻った。

教会のきょの字もない。


 撤去した道具はそのまま演劇部の倉庫に入った。

教会から高校に寄付と言う事になっており、そのまま演劇部で使ってもらう事にする。

落ち着いたら黒金さんにもお礼を言いに行かないとな。


 そして放課後。

各部の代表と俺達六人が会議室に集まる。

今回の『ハイスクール・ウエディング』の最終報告会の始まりだ。

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