第317話 長い髪の理由
無事に杏里へプレゼントも渡せた。
きっと喜んでくれていると思う。
「さて、風呂に入って寝るか。今日は疲れたな」
俺は風呂の準備をし、先に入る。
杏里は直したカップを手に取り、自分の部屋に戻っていった。
湯船につかり、天井を眺める。
しかし、杏里のドレス姿は綺麗だったな。
いつか、俺が大人になった時、もう一度見れるのかな。
そんな事を考えていた。
――コンコン
『司君』
「どうした?」
杏里が脱衣所にいる。
何だろ、石鹸もシャンプーも切れていないと思うんだけど。
『あのね、一緒に入ってもいいかな?』
……一緒に入る。
杏里と一緒にお風呂に入る。
前回と異なり、杏里の意識ははっきりとしている。
ここは男として、回答は一つしかないだろう。
「別にいいけど、どうしたんだ?」
『司君、怪我してるでしょ? 頭とか洗いにくいかなって』
そこまで重傷ではないので、普通に洗えます。
だけど、折角のお誘いだ。断る理由はあるだろうか。
否、あるはずがない!
「悪いな、ちょうど困っていたんだ」
しばらくすると杏里が中に入ってきた。
が、胸から下は大きなバスタオルで体を巻いている。
別に隠さなくてもいいんですよ?
「随分大きなバスタオルだな……」
ちょっとがっかりしたけど、がっかりしたけど!
「明るい所だと恥ずかしいから……。頭洗ってあげるから、こっちにどうぞ」
椅子を準備され、杏里の前に座る。
ちょっとだけドキドキしますね。
「痛かったらすぐに言ってね」
杏里の柔らかい手が俺の頭皮を刺激する。
あぁ、何ともまぁ。良いですね!
髪を乾かしてもらうのもいいけど、これも悪くない。
むしろ、ありですね。
「今日はありがとう。沢山助けてくれて」
「気にするな。杏里を守るのが俺の役目だ」
「でもね、司君が怪我をするところ見たくないよ。痛かったでしょ?」
確かに痛かった。
でも、杏里を守るためだったらこれくらい何ともない。
「それなりに。ま、そのうち治るだろ。それに、杏里を守った傷は男の勲章なんだ」
杏里の手が止まる。
「そんな、勲章いらないよ。好きな人が傷つくところなんて、出来れば見たくない」
「そっか、そうだよな……」
杏里が背中に寄りかかってくる。
腕を前に回し、俺を抱きしめてくれた。
「ごめんね、私のせいで」
「そんな事無い。杏里が悪いわけではないよ」
杏里の手を握る。
泡の付いた手は、温かいけど何だか変な感じがするな。
「ありがとう。今日さ、一緒に寝てもいいかな」
問題無。まったく問題無ですよ。
「もちろん」
俺から離れた杏里は、頭を洗い、ついでに背中も洗ってくれた。
なんか、こうして洗われると少し恥ずかしいな……。
頭と体に着いた泡を、シャワーで流す。
俺は一度湯船に入って、体を温める。
その間、杏里は自分の髪を洗い始めていた。
腰まであった長い髪が、今は肩くらいまでになっている。
「髪が短いと洗いやすいね」
精一杯の言葉だろう。
「長くても、短くても杏里が可愛い事に変わりはないよ。また、伸ばすのか?」
「ちょっと考え中。司君はどっちがいいと思う?」
さて、どっちがいいんだろうか。
今までずっと髪の長い杏里しか見た事が無く、髪が短くなった杏里を初めて見る。
正直なところ、甲乙つけがたし。なぜかって?
どっちも似合うし、可愛いからですよ。
「うーん、悩むな。これは非常に悩みますね」
「短くても変じゃないかな?」
「変じゃないよ。可愛いと何度も言っているだろ?」
「へへっ。そっか、司君が可愛いって言ってくれるなら、どっちでもいいかな」
ちくしょー、可愛いじゃないか!
今直ぐ抱きしめたいぜ!
そんな気持ちを抑え、先にあがる。
このままではきっと俺は戦闘態勢を取る事になるだろう。
戦闘を行うにはまだ早い。
「先にあがってるぞー」
「うん。私もすぐにあがるね」
脱衣所で着替え、先にリビングで待機する。
少し時間ができたので高山と遠藤にはメッセで一報入れておく。
『色々あって話すと長くなる。詳しくは学校で。おやすみ!』
直ぐに高山から返事が来た。
『かしこー。くれぐれも夜更かしするなよ。早く寝ろよ』
わかってるって。
早く寝ますよ!
『分かった。学校で詳しく聞かせてほしい。おやすみ』
遠藤からの返事も早かった。まぁ、こっちも詳しく聞きたいんですよ。
井上とどうなったの? 俺の事よりも遠藤の方がどうなったのか気になる。
学校で会ったら早速尋問しよう。
しばらくすると杏里が戻ってきた。
お馴染みの頭タオルは健在だ。
「ただいま」
「おかえり。牛乳飲むか?」
「うん、ありがとう」
二人で風呂上りの一杯。
なんだかこれもいつもと同じ日常なんだよね。
並んだコップも違和感が無くなり、すっかりと慣れてしまった。
「ふぅー」
「髪、乾かす?」
いつもと同じ様に杏里が髪を乾かしてくれる。
心も体も癒される。きっと杏里はヒーリングのスキルを持っているに違いない。
「はい、終わり」
「ありがと。杏里も乾かすか?」
「いいの? 大変じゃない?」
「大丈夫」
ドライヤーを片手に、杏里の髪を手グシでときながら熱風を当てる。
短くなった髪。長い時と比べると乾かす時間も短くなる。
何だか無性に心が痛くなってきた。
なんだ、この痛みは。
「短い方が、乾くの早いね。電気代も少し安くなるかな?」
そんな悲しそうな声で言うなよ。
「杏里はなんで長い髪だったんだ?」
杏里の質問に答えず、話題を変える。
「……お母さんも長かったの。私の記憶にいるお母さん。いつも笑顔で私を見てくれて。お母さんも髪が長かったの。だから伸ばしていたんだ」
「杏里のお母さんか……。また、伸ばしたいらいいんじゃないか?」
「うん。また、伸ばそうかな……」
杏里の声に力が無い。
やっぱりショックなんだろうな。
髪を乾かし、二人で並んで歯磨き。
鏡に映る杏里にやっぱり元気がない。
「よし、寝るぞ!」
杏里の手を取り、自室のベッドに向かう。
今日の俺はいつもと違う。
ねじり鉢巻きのふんどし一枚お祭り男達や神輿(みこし)はない。
しょっやしょっやしょっやしょっやと、叫んでいる男たちは脳内から消えている。
布団をめくり、杏里を誘う。
「ほら、こっちに」
少し照れながら杏里は布団に入ってきた。
布団に横になり、俺を見つめている。
そのまま杏里に覆いかぶさり、唇を塞いだ。
そして、抱きしめる。
「司君……」
杏里の目が潤んでいる。
「杏里、泣いていいんだぞ。我慢するなよ、杏里の事位俺が全部受け止めてやる」
「我慢しなくてもいいのかな……」
次第に杏里の瞼に涙が溢れてくる。
「当たり前だろ。お互いに助け合うって今日誓っただろ」
「泣いてもいいのかな……」
「ドーンとこい! 杏里の全てを俺が受け止める! さぁ、この胸の中に飛び込んで来い!」
杏里は俺を力いっぱい抱きしめ、泣いた。
それも大きな声で、泣き続けた。
そっと頭を撫で、俺も杏里を抱きしめる。
「……早く伸びるといいな」
杏里はしばらく泣き続け、そのまま俺の胸の中で寝てしまった。
頬には流れた涙の痕。
俺はその涙を指でぬぐい、頬を撫でる。
眠った杏里は天使の様な顔つき。
俺は杏里の事を受け止める事が出来たのだろうか。
杏里を胸に、俺も夢の世界へと旅立つ。
夢でも杏里と一緒になれますように……。
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