第316話 プレゼント


「二人とも起きて、着いたよ」


 気が付くと車は止まっており、窓の外には見慣れた家が。

もう着いたのか。


「杏里、着いたよ」


「んっ……」


 杏里を起こし、車を降りる。

荷物は父さん達が運んでくれ、俺と杏里は家に入った。


「お帰り! って、杏里姉その髪! どうしたの!」


 お出迎えしてくれた真奈がびっくりしている。

まぁ、そうですよね。


「司兄はいつも通りだね」


「おい、よく見ろ」


 そんなボケと突っ込みをしつつ、家着に着替えリビングで休む。

何だか一日に色々あってかなり疲れた。

母さんがお茶を準備し、みんなで静かな時間を過ごす。


「社長、そろそろ……」


「もうそんな時間か」


 家まで送ってくれた雄三さん。

それに、家で待ってくれていた瀬場須さん。


「車の準備をしてきますね」


 瀬場須さんは俺と杏里に微笑みを向け、玄関に向かっていく。

その意味は何だろうか。


 雄三さんが手術を受けてくれる事。

無事に俺と杏里が帰ってきたこと。

色々と想像してしまう。


「さっきも言ったがくれぐれも杏里の事を頼むぞ。帰国したら連絡する」


 みんなで雄三さんを玄関で見送る。

そして、雄三さんから一つの紙袋が杏里に手渡された。


「お父さん、これは?」


「大したものじゃない。二人の結婚祝いだ。後で開けてくれ」


 杏里の手に握られた紙袋。

ちょっと覗き見したけど、そんなに大きなものではない。

笹かまか、最中か、もしくは牛タン?

きっと食べ物だな。


「ありがとう、後で開けてみるね」


「龍一、二人の事頼んだぞ。あと、万が一私の身に何かあったら――」


「おいおい、そんな弱気な事を言うのか? 早く帰ってこいよ」


 父さんと雄三さんが互いに視線を交わす。

何だかんだ言って、この二人も仲が良いのかな……。


「海外のお土産とかいらないからね。買ってこなくていいからね、元気な姿で戻ってきてね」


 笑顔で送り出す母さん。

遠まわしにお土産ねだっていませんか?


「雄三さん、今日はありがとうございました」


「ふん、可愛い娘の為だ。司君の為じゃない。杏里の事、泣かすなよ」


「大丈夫です。任せてください」


 玄関を出ていく雄三さんの背中は、何となく寂しそうだ。

無事に、元気な姿を見せてくださいね!


「さて、そろそろ私達も帰ろうか。真奈ちゃんも帰らないといけないしね」


「えー、今日は泊まって行くー」


 駄々をこねる真奈。

さっきから杏里の腕をつかみ、離さない。


「明日学校でしょ? 真奈ちゃんのお母さんにも今日帰るって伝えてしまっているし」


「ぶー、しょうがない」


 真奈の帰り支度を手伝う。

荷物は少ないから、すぐに終わるな。


「司兄、杏里姉、私今回頑張ったよね?」


 急なお願いに答えてくれた真奈。

立派にベールガールという大役を果たしてくれた。


「そうだな、頑張ったな」


「でしょ! そのお礼って訳じゃないんだけどさ、今度遊びに連れていてくれないかなー」


 笑顔でおねだりしてくる。

遊びか、どこかいいところあったかな?


「真奈ちゃん、どこか行きたいところでもある? 水族館とか遊園地とか、動物園とか」


「いいの! やったー! 動物園がいい! 九木山動物園に行きたい!」


 九木山動物園か。

県内で一番大きな動物園で、山の上の方にある。

電車でもいけるし、いく事は困難ではないな。


「あ、だったらこないだ貰ったチケットが五枚あるの。一緒に行こうか?」


「行く! 一緒に行こう! ……あ、あのさ杉本さんって杏里姉の友達だよね?」


「そうだよ。私の親友だよ」


「だったら杉本さんも誘って、みんなで行こうよ」


「彩音か、そうだね。チケットもあるし、折角だからみんなで行こうか」


 真奈の瞳が輝く。

でも、何か違和感を感じるな。


「だ、だったらさリングボーイをした良君も誘えないかな? ほら、良君も頑張ったじゃん」


 チケットは五枚。

俺と杏里、真奈に杉本。一枚余りますね。


「良君か。彩音に聞いてみて、いけそうだったら誘ってみるよ」


「うん、是非お願いします!」


 笑顔で杏里に絡んでくる真奈。

もしかして、もしかするの?

ほうほう、これは兄貴分として見守ってあげないといけないですよね?


「真奈、おまえ今年受験だろ? いいのか?」


「いいの! 一日位気分転換しても大丈夫!」


「でも、勉強はしっかりしてね。また、課題出してあげてもいいんだけど……」


「だ、大丈夫! 一人でできますからー」


 帰り支度の中、真奈はご機嫌でバッグに荷物を詰め込む。

動物園が嬉しいのか、良君に会えるのが嬉しいのか。

さてはて、これからどうなりますかな?


――


「じゃ、二人とも元気でな」


「うん、父さん達も」


「杏里ちゃん、色々と無理しないようにね」


「はい。無理せず、それなりにですね」


「司兄、色々とやらかさないようにね。杏里姉も元気出してね!」


 三人が帰っていく。

長かったなー、異様に長い一日だった。

でも、俺の一日はまだ終わらない。


 自室に戻り、引き出しから一つの箱を取り出す。

リビングに戻り、杏里の目の前に膝をつき杏里の目を見つめる。


「どうしたの? 疲れちゃった?」


 やっと渡せる。

長かった。杏里はどんな反応を見せてくれるだろうか。


「あの、これ俺から杏里に。プレゼントって訳じゃないんだけど……」


 箱を受け取り、杏里は不思議そうな目で箱を開け始めた。


「何だろ? おいしい物かな?」


 杏里が期待している。

すまん、食べ物じゃないんだ。


 蓋を開き、杏里が中身を手に取る。

次第に杏里の瞼が大きく開く。


「これ、もしかして……」


「頑張ったんだけど、ここまでしかできなかった。使う事は出来ない、ただ、形だけ直してみたんだ」


 あの日砕け散った杏里のティーカップ。

破片を全部集めて、箱にしまっておいた。

杏里はきっと処分したと思っているだろう


 でも、俺には捨てることができなかった。

細かい破片、一つ一つ確認し、くっつけていった。

杏里に見つからないように、時間をかけゆっくりと。


 結局、形は戻ったけどつぎはぎだらけ。

もちろんこんな不格好なティーカップで紅茶が飲めるはずもない。

それでも、ペアのティーカップの一つ。

元に戻してやりたかった。


 杏里は無言で席を立ち、台所に行ってしまった。

あれ? 無反応? 何か言ってくれてもいいのに……。

戻ってきた杏里の手には、もう一つのティーカップ。


「元に、戻ったね。ありがとう……。すごく、嬉しいよ」


 杏里の瞼に少しだけ涙が見える。

でも、笑顔の杏里は喜んでくれている。


「ごめんな、不格好にしか戻せなくて」


「そんな事無いよ。もう、二度と揃う事が無いと思っていたから……」


 カップをテーブルに置き、杏里は俺を抱きしめてくれた。


「ありがとう。司君、本当にありがとう」


 その声は俺の心に響き、頑張って直して良かったと心底思った。

よかった、杏里に喜んでもらえて。

二人で寄り添い、テーブルの上に置かれたカップを見つめながら、しばし互いのぬくもりを感じていた。

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