第314話 母親の温もり


「司、帰ろう」


 父さんが声をかけてきた。


「うん。今日はもう疲れたよ」


「そうだな、早く帰ろう。雄三が車で送ってくれる」


「ふんっ、高級車なんだ。汚すなよ」


 先生たちと別れ、雄三さんの運転する車に乗った。

運転は雄三さん。助手席に父さん。

後ろに俺と杏里、それに母さんが乗っている。


 何だか体が痒い、早く帰って風呂に入りたい。

そして、ベッドにダイブしたい。


「帰る前に寄って行ってほしい所があるの」


 母さんが雄三さんに話しかける。


「どこへ行くんだ?」


「愛梨(あいり)の所。場所、知ってるわよね?」


 愛梨? 誰だその人。

聞いた事無いぞ?


「あいつの所に行くのか?」


「そうよ。早く二人を見てもらわないと。電話では連絡済よ」


「わかった。なるべく急ごう」


「じゃ、よろしくっ」


 そんな話を聞きながら、俺は外の景色を見ている。

流れていく街灯、街の灯り、行き交う人々。

みんなどこに向かって歩いているのだろうか。


 ふと、肩が重くなる。

杏里が俺に寄りかかってきた。

杏里の手は俺の手と重なり、その温かさが伝わってきた。


 窓ガラスに杏里の顔が映る。

少し寂しそうな表情の杏里。


 俺は重なった杏里の手を握り、微笑む。

ガラス越しの杏里も微笑んでくれた。


 杏里が隣にいる。

間違いなく、杏里が俺の隣に。


 しばらくして車が止まった。

ここはどこだろう?


「杏里ちゃん、司。着いたよ」


 車を降り、母さんと杏里の後に着いて行く。

住宅街にある一軒の家。

おしゃれな家だと思ったら一階は病院になっていた。


「あいりー! 来たよ!」


 ドアを開けると大きな声で叫ぶ母さん。


「待ってたよ。この子が杏里ちゃん? 大きくなったね」


「でしょ? で、こっちが司」


「ほうほう。こっちもいい男になって」


 誰だ?


「えっと、どちら様で?」


「初めましてじゃないけど、こうして話すのは初めてかな?」


「以前お会いしたことが?」


「二人が小さいときにね。そうだね、元ボーカルと言ったらわかりやすいかな?」


 元ボーカル。

ま、まさか、この人は……。


「三人とも、自己紹介はまた後で。それよりも電話で話した通り、おじさんいる?」


「いるよ。今呼んで来るから先に待合室に行ってて」


 母さんに連れられ、待合室に来た。

個人病院のようで、外見と同じく中も結構おしゃれだ。


「お待たせ、さて、どっちを先に診ればいいかな?」


 白衣を着た中年の男性。

俺は即答する。


「杏里を先にお願いします」


「司君の方が沢山怪我しているよ」


「いいんです、杏里が先で。先生、お願いします」


「はいはい、仲が良いね。仲が良い事は、とてもいいことだよ」


 扉の向こうに消えていく二人。

待合室で母さんと二人っきりになってしまった。

父さんと雄三さんは何か二人で話しこんでいる。


「司、大丈夫なの? 本当に大したことないの?」


「……うん、大丈夫」


 母さんに抱きしめられた。


「嘘。頑張ったね、あんなことになるなんて。司、あんた偉いよ。でも、危険な事はしないでほしい。司に何かあったら、母さんは悲しいよ」


 泣きそうな目で見てくる母さん。


「うん、ごめん。気を付けるよ」


「本当に気を付けてね。本当に良かった……」


 母さんに抱きしめられ、その温もりを感じる。

杏里と同じような温もり。


 愛されているってこんな感じなんだな、きっと。

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