第313話 許す心
――コンコン
ゆっくりと校長室の扉が開く。
「司……」
入ってきたのは父さん。
「杏里! 杏里はどこだ!」
それに雄三さん。
「杏里ちゃん!」
母さん、息子よりも杏里ですか?
父さんは俺の目の前にやってきて、鋭い目つきで俺を睨んでいる。
絶対に怒られる。ここは覚悟が必要だ。
「杏里さんは、無事なのか?」
「うん。大きな怪我はないよ。ただ、髪が……」
父さんの視線が杏里に移る。
「そうか、お前も怪我はないんだな」
いや、良く見てくださいよ。
結構いい感じのダメージ貰ってますよ?
「大丈夫。歩けるし、杏里と比べたらなんともないよ」
父さんに抱きしめられた。
父親に抱きしめられるなんて、今まで一度もなかった。
「頑張ったな。詳しくは聞いていないが、杏里さんを最後まで守ったと聞いた」
うん。俺は杏里を守ったよ。
そんな中、すぐ隣では雄三さんが杏里を抱きしめている。
「杏里、大丈夫なのか?」
「お父さん、そんなに心配しないで。怪我は無いよ。司君が守ってくれたから」
「そうか、でもその髪は……」
「杏里ちゃん! 切られたの! ひどい、こんなひどい事するなんて……」
母さんが泣いている。
母さん、杏里の事大好きだもんな。
そして、鋭い目つきで萩原を睨みつけている。
――ガララララ
一人の女性が部屋に入ってきた。
「真二……。あんた、何てことを!」
――パシィッッ
突然萩原に向かって走り出し、萩原に向かってビンタ。
部屋に響き渡る乾いた音、あれは結構痛そうだ。
「い、痛い……」
「痛いじゃない! あんた、この二人はもっと痛かったんだよっ! それを、あんたは……」
泣き崩れる母親。
萩原も泣きながら母親の方を見ている。
「お母様、とりあえず落ち着いてください」
慌てて先生が萩原の母親を落ち着かせている。
俺達は椅子に座り、今回の件について何が起きたのかを話した。
萩原が俺にした事、杏里を連れ去った事、そして、杏里の髪が短くなったこと。
萩原の母親は泣きながら俺達の話を聞いている。
「そんな事が……。司、今話したことは本当なのか?」
「こいつが杏里の髪を……」
「杏里ちゃん……。つらかっただろうに……」
母さんが杏里を抱きしめる。
「僕は間違っていない。全部、天童が悪いんだ。僕から姫川さんを奪ったから……」
まだそんな事を言うのか?
「おい、まだ分からないのか? 杏里はお前の事を好きじゃないんだ」
「分かっているさ、本当はもっと前から。ずっと前から知っている……。僕や他の男なんて姫川さんの目に留まる事は無い。それくらい、わかっているよ……」
「だったら何で……」
人形のような目つきだった萩原の目が、少しだけはっきりとしてきた。
「天童君、好きな人に振られたことはあるかい? 好きな人が目の前で他の男と仲良くしているのを見て、君は我慢できるのかい?」
もし、杏里が俺以外の男と仲良くしていたら……。
考えたくないな。
「むかつくな。嫌な気持ちにもなるだろうし、嫉妬する」
「だろ? 僕も同じだ。嫉妬していたんだよ」
「だからと言って、していい事と悪い事があるだろ?」
「自分の気持ちが抑えられなかったんだ。初めて、本気で好きになった人だったから」
萩原の目が少しだけ優しくなった気がした。
こいつ、杏里の事そんなに好きだったのか……。
「萩原さん、良く聞いて。私は初め司君の事好きじゃなかった。でも、一緒にいて、好きになったの。この人とずっと一緒にいたいって思えるようになった」
杏里が萩原に話しかける。
先生も父さんも、母さんもみんな杏里の話を真剣に聞いている。
「私の事を好きだという気持ち、その気持ちは嘘じゃない。でも、自分勝手に一人で考え込まないで。もっと相手の事も考えないと」
杏里が俺の手を取る。
「私は司君の事を考えている。司君も私の事を考えてくれる。あなたにも、あなたの事を考えてくれる人と、いつかきっと巡り合うことができる」
「そんな奇跡みたいなこと、起きる訳ないじゃないか」
「そんな事無い。この先、生きていけば多くの人と出会う。その出会いの中に、きっといるよ」
こんな大きな事件を起こした萩原に杏里は優しく声をかける。
「杏里、こんなやつどうなってもいいだろ?」
無言で雄三さんが頷く。
ですよね、今回は俺の味方になってくれている。
ありがとうございます。
「良くないよ。誰だって間違いはある、間違った道に進んでしまったら、友達や先生、家族がその道を直してあげないと。萩原さんは今回大きな間違いを起こした。それは間違いじゃない。でも、本音で話し合って、わかりあって、間違った道から正しい道に戻してあげるのも、私や司君、それに先生や家族の人なんじゃないかな?」
杏里甘いよ。甘すぎる。
でも、そんな甘い杏里の事が俺は好きになったのかもしれない。
世の中きれいごとばかりじゃない。
杏里はこいつを許せるのか?
俺を殴り、杏里を傷つけ、そして俺達の絆を消そうとした奴を。
「姫川さん……」
萩原が再び泣き始める。
名の涙は頬を伝い、テーブルには涙の痕がつきはじめた。
「司君、怪我大丈夫?」
「痛みは引いてきた。たいしたことじゃないな」
嘘です。それなりにまだ痛いです。
「私の髪はいつか元に戻ります。司君の怪我も治ります。でも、萩原さんの心に負った傷は、簡単に治りません」
「杏里ちゃん……」
「お父さん、私は大丈夫。心配しないで」
「だが、しかし……」
「司君のお義父さんにお義母さん、私のわがままを聞いてもらえないでしょうか?」
「それで、いいのかい?」
「杏里ちゃん、本当にいいの?」
無言で頷く杏里。
杏里、本当にいいのか? 杏里の目を見つめる。
その目を見ると、何だか全てを任せてもいいような気がした。
「分かったよ、杏里に任せる」
杏里は俺に微笑む。
杏里の笑顔を見たら、少しだけ癒された気がする。
「先生……」
「……ふぅ。当の本人たちがこれではな……。だが、姫川さんの意見もわからなくはない。萩原君の今後については明日の職員会議できめる。それでいいかね?」
「はい。ありがとうございます」
こんな状況でも杏里の顔は少し微笑んでいる。
だが、膝の上に乗せた手は少し震えていた。
杏里……。
「姫川さん、真二の事を……」
「お母様、萩原さんの事、信じてあげてください。きっと、やり直せます」
泣き崩れる母親。
その隣で萩原も下を向き、涙を流している。
本当にいいのか? 俺と杏里がされた事、許してもいいのか?
「杏里、本当にいいのか?」
「うん。痛かったし、悲しかった。でも、萩原さんも一人で悩んでいたと思う」
「姫川さん、天童君本当に申し訳ない。謝って済む問題じゃない事は良くわかっている」
「いいよ、私も司君もあなたの事を信じてみる。だから、もう一度自分を信じてみて」
俺にも杏里の甘さが移ってしまった。
何だかな……。
「ありがとう、姫川さん、天童君。たくさん反省して、同じ過ちを起こさないよ……」
結局萩原親子は俺達と先生、それに父さんたちに頭を下げ帰ろうとしている。
処分は明日の会議で決まるらしい。
もし、萩原が心を入れ替えるのであれば、きっと周りのサポートが必要になる。
その時に俺や杏里、学校のメンバーがきっと力になってくれるだろう。
もし、また何かあったらまた杏里の事を俺は守ってみせる。
席を立ち、萩原が帰る。
俺は納得できたのか?
杏里に対してしてきたことを、萩原を俺は許せるのか?
「萩原」
歩いていた足を止め、萩原は振り返る。
悪いな、萩原。俺は杏里ほど心が広くないんだよ。
「何?」
「歯を食いしばれ! これは、杏里の心の痛みだぁぁぁ!」
先生も両親も見ている中、俺は萩原を殴った。
「て、天童!」
浮島先生が駆け寄ってくる。
生徒指導の先生が俺を押さえつけ、動けなくなった。
「これで終わりにしてやる! 二度と杏里に手を出すなよ!」
倒れ込んでいる萩原。
一発だけやらせてもらった。
「うぐぅ……」
そんな萩原に対して、杏里が手を差し伸べている。
杏里、こんな時でもなんで杏里は……。
「萩原さん、ごめんね」
――パシィーン
再び室内に乾いた音が聞こえた。
杏里も一発、萩原の頬をひっぱたいた。
「これは、司君の分。しっかり反省してね」
「姫川さんまで……」
浮島先生のあきれた顔、俺の両親も雄三さんもポカーンとしている。
まさか、杏里が手を出すなんて夢にも思わなかった。
その後、萩原親子は帰っていく。
あーあ、俺だけならともかく、杏里まで……。
先生と親から色々と言われ、時間が流れていく。
そんな中、俺と杏里はお互いに視線を交わし、なぜか微笑んでしまった。
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