第312話 後夜祭の後に


 教会を出て階段を下る。

キャンプファイヤーの方に向かい、二人で歩き出す。


 おぼつかない足取り、杏里と手を繋ぎゆっくりと歩いて行く。

すっかり日が落ちてしまい、空には星が輝き始めていた。


「大変な事になちゃったね」


 披露宴までは良かったのに、まったくとんでもない事に巻き込まれてしまった。

それでも、杏里が無事で本当に良かった。


 すっかり暗くなったグランド。

その周りを多くの生徒が手を繋ぎ踊っている。

俺と杏里もその輪の中に入り踊り始めた。


「お、主役の登場だな」


「遅かったね、もう終わっちゃうよ」


 隣にいた仲の良さそうな男女に声をかけられた。

きっと、この二人も付き合っているのだろう。


 俺と杏里は互いに手を取り、踊る。

そして、あっという間に音楽が止まってしまった。


「終わっちゃったね」


「終わったな」


 グランドにいた生徒はやがて体育館に向かって歩き出す。

この後、最後に体育館で総評の話を聞いて、文化祭の幕が降りる。

俺と杏里の長かった、たった一日の文化祭が終わりを告げようとしている。


「天童、遅い! 何してるんだっ! って、なんだその顔!」


 高山がいい感じに突っ込んでくれた。


「杏里……。その髪、何があったの?」


 高山夫妻。

きっとみんなと一緒に踊っていたのだろう。

少し離れた所に遠藤と井上の姿も見える。

あいつらもうまくやったようだな。


「まぁ、色々とあってね。後で話すよ」


 そう話すと、不意に声をかけられた。


「天童君……」


 現れたのは熊さん。

牧師様の格好からスーツに着替えている。

その胸には白いバラが刺さっていた。


 隣には会長もいる。

会長が熊さんを呼んできてくれたのか。


「熊さん……」


「まったく、教会に行ったけど二人ともいないじゃないか。勝手に移動しないでほしいもんだ」


 俺は熊さんに近づき、頭を下げた。


「ごめん、なさい。どうしても俺……」


「しかし、こっぴどくやられたね。とりあえず二人共保健室に行こうか」


 熊さんと一緒に保健室に向かって歩き始める。


「高山君と杉本さんはこのまま体育館に。天童君たちの代わりにスピーチをお願いするよ」


「お、俺が!」


「この二人にはちょっと話があってね。申し訳ないけどよろしく頼むよ」


 目を丸くした高山にスピーチをお願いし、俺と杏里は熊さんと一緒に保健室に向かう。


 こんな状態じゃ出れなくて当たり前か。

淡々と話す熊さんは何となくいつもと違う。

少し怖さを感じた。


「分かりました。天童、あとで詳しく聞かせろよ」


「あぁ、高山には隠し事はできないしな」


 そして高山と杉本は体育館に向かって歩き出した。

保健室に着き、熊さんが手当てをしてくれる。


「痛いっ!」


「我慢しなさい。ほら、こっちもだ」


 消毒液を付けた脱脂綿。

俺の顔に激痛が走る。


「先生、もっと優しくして……」


 服を脱がされ、上半身裸になる。


「胸には傷が無いな。良かったな運が良くて」


 杏里が守ってくれた。

殴られたり蹴られたのは確かに痛いけど、杏里の方がもっと痛いはずだ。

杏里はその長かった髪が犠牲になった。


「とりあえずこれでいいね」


 ベッドに横になり、静かにしている杏里。

外傷は少なく、擦り傷程度で済んだ。


「みんなは? 他の生徒たちはもう帰ったんですか?」


「この時間ならもう帰っただろう。ただ、今回の事は大変な事だ」


「そうですか……。あいつは? 萩原はどうなったんですか?」


「彼は今、校長先生と話している。二人にも話が聞きたい、二人共動けるかい?」


 俺は無言で頷き、ベッドから降りてきた杏里も俺の隣に立ち、頷く。

一度更衣室で制服に着替え、熊さんと一緒に校長室に向かう。

きっと今から色々と話をされるのだろう。

俺と杏里はどうなるんだ?


――コンコン


『はい』


「二人を連れてきました」


 中に入ると萩原と浮島先生、それに生徒指導の先生がいる。

萩原は口に布をあて、テーブルをずっと見つめている。


「二人共、すまないね」


 校長が俺達に頭を下げてきた。


「今回の件に着いては、私達の管理不足だった。二人とも危険な目に遭わせて、本当にすまない」


 全くだ。こんなに先生がいるのに、こんな事になって。


「校長先生、それで俺達は?」


「さっき君たちのご両親に連絡した。今こっちに向かっている」


 父さんと、母さんが今向かっている。

俺はその話を聞くと、少しだけ落ち着く事が出来た。

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