第311話 愛する人を守った男


「天童! 姫! ここにいるのか!」


 遠くで誰かが叫んでいる。


「つ、司君が! 司君が!」


 杏里も叫んでいる。

大丈夫、俺は何ともない。

杏里、良かったな助けが来たぞ。


 大勢の足音が聞こえてきた。

さっきまで薄暗かった教会も少し明るくなったようだ。


「誰だ! ここは神聖なる場所! 勝手に入って来るな!」


「お前か? お前が姫と天童を! 天童、大丈夫か! おい、天童!」


「彼かい? 残念だったね、彼はたった今眠りについたよ。しばらく起き上がる事は無いだろう」


「冗談だろ? おい、天童! 起きろ!」


――カランカランッ


 床に落ちた棒きれが目に入る。

落ちた棒は勢いでこっちに向かって転がってくる。


「取り押さえろ!」


 大勢の足音が聞こえ、萩原は捕らえられた。

最後まで萩原は笑っており、その声が俺の耳に入ってくる。


「姫、天童大丈夫か? 姫、その髪は……」


「髪なんてどうでもいいの! 司君が、私をかばって……」


「天童……。姫を守ったんだな」


 あぁ、守った。最後に守ったよ。

会長、来てくれてありがとう。

声が出ないけど、杏里の事頼みますよ。


「早く、早く先生を!」


「あ、んり……」


「天童、大丈夫か! 今すぐ先生を呼んで来る! それまで待ってろ!」


 会長の足音が次第に小さくなる。

俺は小さな声で杏里の名前を呼んだ。

ここには俺と杏里の二人だけ。


「司君! 私はここにいるよ!」


 俺の頭の後ろには柔らかい感触が。

杏里の膝枕。あぁ、気持ちがいいな……。


「杏里、君を守れて、良かった。怪我、無いか?」


「私は大丈夫。早く、救急車をっ」


「いらない。それよりも、その顔をもっと見せてくれ。もっと、そばに……」


「うん」


 俺の顔に杏里の涙が落ちてくる。

そんなに泣くなよ。男が女の子を泣かせちゃいけないんだぜ?


「髪、短くなったな」


「髪はまた伸びるよ」


「短い髪の杏里も可愛いな。ちゃんと切りそろえないと、折角の可愛さが半減だぞ?」


「うん。一緒に行こう。髪を切りに。司君にも見てもらいたい」


「あぁ、行こう」


 杏里が俺の手を握ってくる。

柔らかい手、この手を俺は守る事が出来た。


「指輪……」


 俺の指にあったリングは萩原に切られた。

その残骸が床で静かに光っている。


「萩原に……。でもな、杏里――」


 俺は懐からリングピローを取り出す。

そして、揃いの熊を杏里に手渡す。


「これは?」


「ピンクの熊が持っているのは杏里のダミーリング。この水色の熊が持ったリングは杏里と一緒に買いに行ったリング」


「え?」


「ここに来る前に交換したんだ、ダミーのリングと。案の定あいつは見事に騙されて、ダミーリングを切ってくれた」


「じゃぁ、このリングは……」


「あぁ、杏里とのペアリング。しっかりとリングを守ったよ」


「司君……」


 杏里が抱き着いてくる。

杏里は温かい。そのお胸の感触が何ともまぁ……。


「杏里……」


 しかし、あの勢いで突かれたのにもかかわらず胸があんまり痛くない。

おかしいな、不思議に思いながら直接胸の辺りを触ってみる。

胸ポケットから出てきたのは捜索隊メンバーの熊さん達。


「司君、熊の顔が思いっきりへこんでいるよ。しかも私の方のダミーリングが曲がっている」


 ま、まさか切っ先がリングで止まり、熊の顔がクッションになったのか?

そんな奇跡みたいな事って起きるの?


「きっと、杏里が俺の事守ってくれたんだよ」


「痛くないの?」


「思ったより痛くない。と言うか、胸には傷一つついていないよ。少し呼吸が乱れただけだ」


「良かった。司君に大きな怪我がなくて、本当に良かった……」


 また泣き出した杏里。

俺は杏里の頭に手を置き、撫でる。

そして、肩を抱きよせ優しくキスをした。


「ありがとう、俺は大丈夫。そうだ、リングをもう一度つけてくれるかな?」


「うん」


 杏里は熊からリングを取り、俺の左手薬指に付けてくれた。


「ほーら、元に戻った!」


 杏里の左手を取り、並べてみるリング。

そこには同じデザインのリングがふたつ。

笑顔になる杏里。その笑顔を俺は守れた。


「証明書は燃えちゃったね」


 ふふーん。杏里さん、この俺を誰だと思いますか?


「杏里、これなーんだ」


 俺はジャケットの袖から一枚の紙を取り出す。

受け取った杏里は折りたたまれた紙を広げ、目を丸くする。


「これって、まさか……」


「せぇーかぁーい! 世界で一つの結婚証明書! 俺と杏里のサイン入りです! 見事正解した杏里さんには、特別賞! この結婚証明書をプレゼント!」


「な、なんで! でも、さっき目の前で……」


「これはね、奇術部で教わったマジックでただの紙と入れ替えたんだ」


 俺はあの時折りたたんだ紙を、予め仕込んでいた紙と入れ替えた。

そして、燃えたのはただの紙だ。


「それじゃぁ……」


「あぁ、リングも証明書も無事! ただ、杏里の髪だけが……」


「髪は伸ばせる。それよりも司君の怪我が……」


「怪我も治る! 心配するな!」


 俺は全力で笑顔を杏里に贈る。


「うん」


 杏里も精一杯の笑顔を俺にくれた。


「そうだ。杏里、一つだけお願いがあるんだ」


「何?」


「俺と一緒に踊って貰えないか? 後夜祭で杏里と踊りたいんだよ」


「喜んで」


 俺は転がってきた棒を杖変わりにし、杏里とに支えられながら立ち上がった。

そして、教会の扉を開けると、遠くに炎が見える。その周りを多くの生徒が踊っている。


「こんな格好だけどいいかな?」


「いいよ。私もこんな髪だけどいいかな?」


「杏里はどんな格好でも世界で一番だよ」


 杏里の手を取り、薄暗い中燃え上がる炎をめざし歩いて行く。

リングも証明書も守れた。

そして、俺は杏里を守る事が出来た。


 父さん、俺は愛する女を守れる男になったのか?


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