第307話 捜索開始


 杏里がさらわれた。

震える足を手で押さえながら、俺は立ち上がろうとする。

……くっそ、うまく立てない。あの野郎……。


「天童、何してるんだ?」


 後ろから声をかけられる。

振り返ると、さっきグランドに向かった会長が目の前にいた。


「かい、ちょう……。どうしてここに?」


 会長は俺の脇を抱え、立たせてくれた。


「いや、天童に貸したイヤフォンを回収し忘れてな。姫と喧嘩でもしたのか?」


 助かった。


「あ、杏里が男に、さらわれた……」


 会長の目つきが変わる。

さっきまでほんわかした目だったのに、鬼のような目つきに変わった。


「どこだ? どこに行った?」


「すいません。そこまでは……」


 会長が無線機を操作し、ゆっくりと話し始めた。


「コール。コードエックス、姫が拉致された。一班正門、二班裏門」


 会長は静かに指示を出し始めた。


『一班了解、すぐに配置につく』


『二班了解』


 会長は大きく呼吸をし、肩を上下させている。

怒りを抑えているのだろう。


「三班、校舎内を一階から最上階まで。全ての教室を捜索しろ」


『三班了解。捜索済みの教室には赤紙を張り付ける』


「四班、屋上から一階へ」


『四班了解。同じく赤紙にて対応する』


「五班、グランド、校舎裏、中庭を全て捜索しろ」


『五班了解』


「六班、学校周辺を捜索。その後五班と合流」


『六班了解』


「いいか、草の根を分けても探し出せ! そして、見つけ次第拘束しろ! いいなっ!」


 会長は立ち上がり、俺の腕をつかむ。


「天童、何をしている? 姫を守るのがお前の任務だろ。寝ている暇はないぞ?」


 俺は何とか立ち上がり、テーブルに手を付ける。

歩くのもやっとだ。


「会長、杏里を、杏里をお願いします。俺も後から追いかけますから先に行って下さい」


「あぁ、分かった。必ず探し出す。さらった奴の特徴は?」


 特徴、そんなのあまり覚えていない。

どこにでもいそうな、普通の奴だった。


「さっき、会場に残っていた生徒。名前は分からない……」


 会長が懐からタブレットを取り出す。

数回タップし、とある場所で手が止まった。


「……萩原(はぎわら)。そいつの名前は萩原だ」


「なんで、会長が……」


「ファンクラブ最後の会員、そして姫に振られた最後の男だ。屋上で告白し、丁寧に断られたと記録されている」


 ……いた。屋上で杏里が振った男は俺も覚えている。

そいつの顔、あんな顔だったのか? 全く覚えていない。


「天童、俺は一度屋上に行く」


 会長はものすごい早さで俺の目の前から消えていった。

俺も、俺も急がないと。


 テーブルに手をかけ体制を整える。

目の前にはダミーのリングを付けたリングピローの熊が。

水色とピンクの熊のつぶらな瞳が俺を見つめている。


 お前たちも探しに行きたいのか?

俺はリングピローを胸ポケットに入れ、ゆっくりと歩き始めた。

どこに行けば、会長は屋上に行った。

あいつはどこに向かった?


 考えろ、時間が無い。

考えるんだ……。


――


「姫川さんと結ばれるのは、お前じゃない、この僕だ。さぁ、姫川さん、もう一度式を挙げに行こう。挙式のやり直しだ」



「おっと、こいつはもういらないよな。せっかくだ、僕が神に返しておくよ」


――


 『挙式のやり直しだ』『僕が神に返しておくよ』。

この二つの言葉の意味するところ。


 教会に行った?

淡い期待を胸に俺は体育館から、教会をめざし足を引きづりながら歩き始める。


 遠く、グランドでは大きな炎が数か所見える。

空は紅から紺へ綺麗なクラデーションがかかっている。

日が落ちる。暗くなったら探しにくくなる、急がないと。


 教会の入り口手前、階段を一段一段上がっていく。

視界に入った扉。ほんの少しだけ開いている。


 そして、扉の真下に輝くティアラが落ちている。

いた。杏里はここにいる!

扉を勢いよく開き、薄暗い中をうかがう。


「杏里! 杏里いるのか!」


 祭壇の手前に人影が見えた。


「司君!」


 杏里の声が聞こえる。


「なんだ、もう来たのか。思ったより早かったね」


 祭壇の前に立っている二人の影。

その影がすぐに杏里と萩原(はぎわら)と言う事がわかった。


「萩原! お前、自分が何をしているのか分かっているのか!」


「おや? 僕の名前を知っているのかい? それは光栄だね」


 杏里の腕を握ったまま萩原は俺に向かって話しかけてきた。


「そんな事はどうでもいい、杏里を離せ!」


「それは無理なお願いだな。僕たちは今から神の名のもとに、結ばれるんだ。そうだ、天童君、君が見届け人になってくれよ」


「ふざけるな! そんな事認められるか!」


 なぜか余裕顔の萩原。

隣にいる杏里は怯えている。


「天童、こっちにこい。おっと、余計な事はするなよ? 愛する姫川さんの顔に一生モノの傷をつけたくないだろ?」


 手に持ったはさみが見える。

そんなものどこから……。


「分かった。杏里を傷つけるなよ」


「司君来ないで! 私は大丈夫、先生を呼んできて!」


「杏里、心配するな。すぐに助けるよ。だからそこで待っててくれ」


 内心ドキドキしている。

このまま殴り合いになったら絶対に勝てない。

あいつを食い止めて、杏里を逃がす。それしかない。


 一歩一歩ゆっくりと萩原に向かって歩き、目の前まで来る。

杏里は泣きそうな目で俺を見てくる。


「天童、お前は幸せか? 姫川さんと式を挙げ、みんなに祝福され、幸せか?」


「あぁ、幸せだ。世界で一番幸せだな」


「そうか、だったら振られた奴の痛みとかは分からないだろうな。なぁ、天童。いったい何人姫川さんに振られたと思う?」


「知らん」


「そうか、まぁ、そうだよな。興味が無いだろう。だったら! 振られた奴の痛みを知るがいいっ!」


 萩原の拳が俺の頬をとらえる。

スローモーションで拳の動きが見えたが、俺に避ける事は出来なかった。


「ぐふぅっ……」


 口の中が切れる。この野郎……。


「良い面(つら)だな。今のは一人目の痛みだ。ほら、こっちに来いよ」


 再び萩原の拳が唸りを上げ、今後は俺の脇腹に入った。


「うぐぅ……」


 い、痛いじゃないか!

こいつ、本気で殴りやがったな。


「今ので二人目」


 鳩尾に蹴りが飛んできた。


「三人目!」


 良いように俺はサンドバッグ状態だ。

しばらく萩原の拳や蹴りを受け止め、俺は床に倒れ込む。

い、痛いじゃないか……。思いっきりやりやがって……。

口の中には血の味が、蹴られた腹部も結構痛い。


「やめて! もうやめてよ! 死んじゃうよ! 何でもするから、もうやめて!」


 杏里、そんなこと言うなよ。

何でもとか、女の子が言っちゃだめだよ?


「何でも? いいだろう、その言葉信じるよ。っと、その前に……」


 微笑みながら倒れた俺を足で転がされ、仰向けにされた。

やけに天井が高く感じる。


 くっそ、絶対に何とかしてやる。


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