第五章 それぞれの想いを胸に

第305話 記念品


 ステージに戻ってきた杏里。

会場内が明るくなり、静かな曲が流れる。


 最後のプログラム。新郎の挨拶でこのイベントは終わる。

ステージに戻ってきた杏里と中央に並び、マイクを受け取る。


「それでは、最後に新郎からの言葉。天童司さんお願いします」


 俺はスポットライトの光を浴び、懐から巻物を取り出す。

やっと来た俺の出番。さっきまで杏里が注目の的だったけど、今度は俺の番だ。

失敗はしない、最後にいいところを見せてやるぜハニー。


「本日はお忙しい中、ご出席いただきまして、ありがとうございます。多くの方にお祝いの言葉をいただき、本当に感謝いたします。今回の結婚式を行うと決まってから、短い時間の中、たくさんの方に応援をいただき、仲間と共に頑張ってきました。会場の準備、ドレスの作成、食事や余興。みんながいたからこそ、式を挙げることができました。また、ゲストの皆さんからも温かい言葉をいただき、僕達の心も温かくなりました。今日という日を忘れることなく、隣にいる杏里さんを生涯のパートマンとし――」


 パートマン? パートマンって何?

会場から少し笑い声が聞こえてきた。

ま、間違った!


「ゴホン……。隣にいる杏里さんを生涯のパートナーとし、幸せな家庭を築いて行きます。

お父さん、お母さん、まだ僕達は若輩者で世間知らずです。これからも、末永くご指導をよろしくお願いします。そして、ご来場いただきましたゲストの皆様、最後までお付き合いいただきまして本当にありがとうございました!」


 言い切ったけど、間違ったよ。

杏里と手を取り、みんなに向けて一礼をする。

会場からは多くの拍手をいただき、俺達の『ハイスクール・ウェディング』が終わろうとしていた。


「それでは、これを持ちまして司さん、杏里さんの披露宴を終了いたします。なお、ゲストの皆様はお帰りの際に入り口に準備されている、紙袋をお持ち帰りください。ささやかな記念品のプレゼントとなります。なお、本校生徒はこの後、後夜祭がありますので、準備出来次第、校庭に集合をお願いします」


 司会の方に視線を送るとやりきった感満載。

終わった、俺達はやりきった!


 俺と杏里はステージから入り口に移動し、来てくれたみんなを送り出す。

会場満席となった今回のイベントは大成功だろう。

いやー、評価点過去最高記録を出すんじゃないか?


 入り口に立ち、ゲストに挨拶をしながら声をかける。


「今日はありがとうございました」


 みんな『いい式だった』『披露宴も楽しかった』と声をかけてくれた。

雄三さんは何も言わず、俺と握手し杏里と抱き合ってそのまま瀬場須さんと帰っていく。

もしかして、寂しいのかな……。


「司兄! かっこよかったよ!」


 だろ? 俺、いけてただろ?


「当たり前だろ? 杏里の夫となる男だぜ? かっこよくなくちゃな!」


 真奈のストレートパンチが鳩尾に入る。


「ごふぅっ」


 ちょ、ノーモーションでの攻撃禁止!


「お、おまえ……」


 真奈はそのまま隣の杏里に抱き着く。


「杏里姉、最高だった! 私もいつかこんな式してみたい!」


「そうね、真奈ちゃんの式だったら私も是非参加させてね」


「もちろん! 約束だよ!」


「うん、約束する」


 二人で指切りをして、真奈は去っていく。

おい、なんで俺だけ……。


「司っ! 良い式だった! 二人共幸せにな!」


 オッチャンもやってくる。


「今日は来てくれてありがとう。準備の時から本当にお世話になりっぱなしで……」


「姫ちゃん、司と喧嘩したらいつでもおばちゃんの所においで」


 おばちゃん、いつもと違って綺麗な服装。

なんだ、結構美人さんなんですね。


「大丈夫ですよ。司君とは喧嘩なんてしませんからっ」


 俺の腕を取り、杏里が絡んでくる。


「二人共、良かったね……」


 少し瞼に涙を浮かべ、二人共帰って行った。

手には俺達の準備したお土産と、今回のイベントの元になった少子化対策の資料がどっさりと入っている。

帰ったらしっかりと隅から隅まで目を通してほしい。


 そして、最後に父さん母さんが俺達の前にやってきた。


「頑張ったな」


「うん、頑張った。疲れたよ」


「そんなもんだ。杏里さんも疲れただろ?」


「はいっ! 疲れました!」


 笑顔で答える杏里。


「今日は帰ったらゆっくり休むといい」


「そうします!」


 帰ったら休む。

結婚後の初めての夜。初夜。


 しょやっしょやっしょやっしょやっ!

頭の中でねじり鉢巻きの男たちが神輿を担いでいる。


 のぅぅう! そんな妄想しちゃダメ!

違うだろ! きっと疲れているんだ……。


「司君? どうしたの? 疲れた?」


「ん? あぁ、大丈夫」


 父さんと母さんも会場からいなくなり、入り口には俺と杏里だけになった。


「天童、これ俺達から」


 高山がジャケットを肩にかけ、俺に何か手渡してきた。


「これは?」


「野球のボール。みんなからのメッセージ入りだぜ?」


 手渡された野球のボールには高山達のメッセージ、それに各部の部長、先生からのメッセージが所せましと書かれている。

『おめでとう! 幸せにねっ 彩音』『ハッピーウエディング! 遠藤』『二人の愛は永遠に! 井上』『ヒューヒュー! 熱いぜ! 高山』


 みんなからのメッセージ。何だかうれしいな。


「なんでボールなんだ? 俺、野球とかしないよ?」


 俺は帰宅部。それに野球もしないし、なんでボールなんだ?


「青春時代と言えば野球! 野球と言えばこれだろ! 今度、キャッチボールしようぜ!」


 そんな大切な記念品でキャッチボールできるか!


「あ、ありがとう。キャッチボールの件については、また後日相談と言う事で……」


 笑顔でグランドに消えていく高山。

とりあえずボールはポケットにでも入れておこう。

帰ったらどこに飾ろうか……。

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