第300話 披露宴始まる
一度控室に戻り、体勢を整える。
こんな時でも手芸部の皆は杏里に付きっきりで、俺は放置中。
ま、いいんだけどさ、泣いてなんかないよ?
鏡越しに見える杏里は髪を直し、化粧を直し、服を直し。
うん、いつみても杏里は可愛いね。
「できた、これで良いわね」
「ありがとうございます」
「姫川さん。お色直しでとれる時間は短いから、急いで戻ってきてね」
頷く杏里。
「では、二人共頑張ってきてね! 私達も時間を見て会場に行くから」
手芸部のゴーサインが出た。
どれ、行きますか。
「杏里、行こうか」
杏里と腕を組み、会場の入り口に向かう。
入り口には用意された『ウエルカムボード』と華道部が飾った大きな花が。
そして、美術部の作品が数点並んでおり、かなり豪華に見える。
用意されたテーブルの上にはダミーリングを手に持ったリングピローの熊さん。
つぶらな瞳が可愛い。君たちもお疲れ様でした。
ウエルカムボードに刺繍された『ハイスクール・ウェディング』の文字。
これも今回手芸部が作ってくれたけど、大変だったんじゃないかな……。
杏里と並んで会場に入ってくるゲストに会釈をする。
父さんに母さん、真奈や良君、それに高山と杉本も。
今回招待状を送ったみんなが来てくれている。
八百屋のオッチャンも肉屋のおばちゃんも綺麗に着飾っており、まるで本物の結婚式に参加しているような服装だ。
随分気合を入れてきてくれている。嬉しいよ、二人共。
「順調に進んでいますかな?」
瀬場須さんも、いつもとはちょっと違ったスーツを着ている。
「えぇ、順調ですよ」
「そうれはそれは。披露宴、楽しみにしておりますよ」
雄三さんと一緒に中に入っていく。
それから一般のゲストさんも大勢入っていき、時間になった。
「天童君、こっちは終わったよ」
遠藤が井上と一緒に俺達の目の前にやってきた。
手には受付台帳と箱を持っている。なんだその箱?
「ありがと、こっちも終わった。二人とも中に入って待っててくれ。そろそろ入場の時間だ」
「うん。荷物置いたら直ぐに中に入っているね」
井上はなぜかそわそわしている。
緊張しているのかな?
「それから、天童君。なんか結構ご祝儀を持ってくる方が多くて、一応箱には入れたけど……」
ん? ご祝儀?
そこまでリアルにしてくれるゲストもいたのか。
後でお礼を言っておかないとね……。
「分かった、あとで台帳と照らし合わせてお礼でも言っておくよ」
「司君、まさかお金とか入ってないよね……」
杏里が少し不安な表情をしている。
まさか、ね……。
「それはないだろ? 文化祭のイベントだよ? ま、後で確認するけどさ」
「じゃぁ、僕たちは荷物を控室に置いたら中で待機しているね。頑張ってね」
「おう、まかせろ」
振り返り、控室に向かって歩いて行く二人の後姿。
心なしか、いつもより二人の距離が近い。
いや、近いとかではなく、くっ付いている。
遠藤、後で色々と話を聞かせてもらうぜ!
「なんか、あの二人……」
杏里も二人の異変に気が付く。
流石ですね。ここでばらしてもいいけど、みんなの前で吐かせよう。
それまでは俺の胸にしまっておくぜ。
「杏里、そろそろ時間だ。準備は?」
「いつでも」
演劇部の部員が、足元に用意したアイテムから白い煙がもくもくと噴出した。
体育館の中で吹奏楽部の演奏が始まる。
――パパパパーン パパパパーン
杏里と腕を組み、扉の前に立つ
「二人とも準備はいい? 一度開けたらやり直しはできない。開けるよ?」
俺と杏里は互いに視線を交差させる。
「お願いします」
目の前の扉が開き、スポットライトが俺達をとらえる。
ま、まぶしい! 練習の時にも思ったけど、やっぱり眩しいです!
杏里と一歩一歩ゆっくりと歩き始める。
用意された道を真っ直ぐに歩き、体育館の奥にある、俺達が座る席に向かう。
沢山の拍手、フラッシュを浴び、俺と杏里は自分たちのポジションに着いた。
二人で一礼し、席に座る。
会場がゆっくりと明るくなっていき、その全貌が視界に入ってきた。
なにこれ? 人多すぎじゃ?
テーブル席は予定していた人数しか座っていないけど、その後方。
一般席は多くのゲストで埋まっている。
「それでは、これより天童司さん、姫川杏里さんの披露宴を開催いたします」
演劇部の部長が開会宣言を行う、司会役もしっかりと出来る部長はすごいな。
ゲストの皆から再び多くの拍手をもらい、俺達の披露宴が始まる。
「主賓挨拶。校長先生お願いします」
主賓挨拶は校長先生。
スピーチ台に向かってゆっくりと歩き、用意されたスタンドマイクの角度を調整。
「あーあー。司さん、杏里さんこの度はご結婚おめでとうございます。ご来場されている皆様もご存じのとおり、この二人は我が校の生徒であり――」
始まった。校長先生のありがたいお話。
横目で司会の方に視線を向けると、腕時計とにらめっこしている。
時間を計っているのか?
「――であるからにして、我が校はこうして生徒に思いやり気持ちをしっかりと根付かせ、生徒一人一人が――」
おかしい。
俺と杏里の紹介しているはずなのに、気が付いたら生徒指導方法の話に切り替わっている。
どこで切り替わった?
あ、司会が腕時計を指さし、何か部員に指示を出し始めた。
部員が各テーブルを回り、グラスに飲み物を注ぎ始める。
俺の隣に来て、ノンアルコールシャンパンを入れてくれた。
気泡が下から上に向かって綺麗に見える。
グラスを片手で持ち、杏里と一緒に席を立つ。
この後は乾杯のあいさつだ。
演劇部の一人が簡単なスピーチと一緒に乾杯をしてくれる。
しかし、部員の一人が校長先生に何か伝えに行った。
何を話しているんだ?
「ゴホンッ……。それでは、長くなりましたが二人の幸せを願い、乾杯したいと思います」
え? 乾杯のあいさつって演劇部の部員のはずじゃ?
まさか、乾杯のあいさつまで校長先生に?
おーい、シナリオと違うぞー。
視線を司会に向けると、めっちゃ謝られた。
恐らく時間が押し始めているから、無理矢理校長先生に挨拶させたんだな。
「乾杯!」
校長先生は上機嫌でグラスを天に向ける。
シナリオと違ったけど、しょうがない。
進行を遅らせる訳にはいかないからな。
一口シャンパンを飲む。
おぉぉぅ! うまーい。あまーい。
これはおいしい! 目を丸くして飲んでいると、隣の杏里もおいしそうに飲んでいる。
ですよね、なにこれ? こんなおいしいの出してくれるの?
料理研究部の皆さん! ありがとうございます!
「それでは、しばしの間お食事を楽しみながらご歓談下さい。なお、後方、一般席の皆様にもお料理、飲み物を準備しております。ビュッフェ形式となりますので、お好きな物をお取りください」
俺と杏里のテーブルにもおいしそうな料理が並んでいる。
腹減った! グーグーですよ! いただきます!
と、フォークに手をかけた途端、高山がビンを一本持ち俺のテーブル前に現れる。
「ついでやるよ。とりあえず、飲もうか!」
グラスに入ったジュースを飲み干し、新しく注いでもらう。
「「かんぱーーい!」」
良いテンションの高山に合わせ、グラスに入ったジュースを一気飲み。
それだけ話すと、次は遠藤が現れる。
「お、空だね。一杯つごう」
え? 三杯目なんですけど。
こうして、俺の目の前に人が変わり、ジュースの中身が変わり、食べることなく飲むだけ。
お腹タプンタプンなんですけど?
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