第301話 初めての共同作業


 何人目だろうか。

お馴染みのメンバーは自分の席に戻り、食事を楽しんでいる。

しかし、俺の前にはグラスとビンを持ったゲストが並んでいる。


 これを全てを飲まなければいけないのか……。

もし、俺が大人だったら全て酒であるわけで、披露宴は恐ろしい所だ。

机の下にバケツが用意されているのは、ここに飲み物を入れろと言う事か。

だが、そんなもったいない事が出来る訳もなく、俺はひたすら飲みまくっている。


 助けを求めようと杏里に視線を移したが、女性陣と仲良く写真を撮っていた。

杏里、ヘルプー! 新郎がそろそろギブアップですよー。


 杏里が俺の視線に気が付いてくれた。

流石はマイハニー! ありがとう!


「なんだ、司君も私と乾杯したいの?」


 満面の笑顔で、自分のグラスを俺に差し出してきた。

違うよ、杏里。違うんだ……。


「世界で一番幸せな花嫁に、乾杯」


 笑顔で杏里にグラスを差し出した。

響き渡るグラスの甲高い音。そして、俺のお腹からも悲鳴が。

父さん、母さん俺頑張ってるよ……。


「二人共こっち向いてー」


 エースが俺達に声をかけてきた。

杏里と並んで仲良く写真。あとでデーターを貰おう。


「それでは、これよりケーキカットを行います」


 暗くなる会場内。

入り口がスポットライトで明るくなる。

そしてスモークと共に現れたウエディングケーキ。


 五段ケーキはゆっくりと俺達の隣まで移動し始めた。

なにこれ? まさかとは思うけど本物じゃないよね?

一部分だけが本物で、後は作り物みたいな感じなんだよね?


「このウエディングケーキは全て料理研究部にて作成。下から上まで全て本物です」


 まじですかー。聞いていた話と違いますよね?

そこまでがんばっちゃったんだ。


「司君……」


 いや、全部は食べないよ?

一部分だけだよ?


「あの、イチゴ大きいね」


 杏里の瞳が輝く。

あぁ、そうだよね。杏里はショートケーキ大好きだもんな。


 隣までやってきた五段ウエディングケーキ。

そして、手渡された大きなナイフ。

ナイフ? 刀? 剣? 演劇部の皆さん、これって武器ですよね?


「ケーキ入刀!」


 俺が思った疑問には誰も回答せず、さくっと工程が進んでいく。


「これが二人の初めての共同作業です」


 って、よく言うけどさ。

一緒に食事の準備して、ご飯食べて、歯を磨いて、一緒に寝る。

この式の準備だって二人で、みんなでやってきた。

この『初めての共同作業』って何をさすんだろう。


 杏里の手を握り、二人で長いナイフを握る。

目の前にはエースの姿もあり、カメラは俺達をしっかりと捕えている。


「いくよ」


「うん」


 ゆっくりとケーキにナイフが入る。

全てが本物のケーキ。杏里の大好きなイチゴがたっぷりのケーキ。

イチゴはハートの形にカットされており、ここにも料理研究部の熱意が伝わってくる。


 入刀が終わると、ケーキの一部分を小さなプレートに盛られる。

俺はフォークでイチゴと少しのケーキを杏里の口に運ぶ。


「司君は私の気持ちがわかっているね」


「当たり前だろ?」


 杏里は笑顔で一口をほおばる。

少しだけ口元にクリームがついてしまった。

俺はクリームを指でとり、自分の口に運ぶ。

おぅ、いい味してますね!


「つ、次は私だね」


 少し照れながら杏里はフォークに刺さった大きな塊を俺の口に突っ込んできた。

ちょ、大きすぎます!


「沢山食べてねっ」


 そんな笑顔で言われたら、頑張るしかないじゃないですか!

ガッツでケーキを食べ、飲み込む。

うん、おいしい。


 会場から沢山の拍手とフラッシュを浴びる。


「ありがとうございました。いやー、少し暑くなってきましたね!」


 会場は確かに多くの人で熱気がこもってきた。

暑くなって当然ですね。


「お二人共、末永くお幸せに! それでは、こちらのケーキは今から順次カットいたしますので、ゲストの皆様も二人の幸せを少し貰っていきましょう」


 隣で五段ケーキがカットされ、ゲスト全員に配布された。

そして、後方の一般スペースにも大量のケーキが持ち運ばれる。

一体何人分のケーキになるのだろうか。


「続きまして、祝辞をいただきます」


 祝辞は今回参加した各部の代表がスピーチする時間だ。

きっと持ち時間は守ってくれるだろう。

初めにスピーチ台に立ったのは司会兼演劇部部長。


「えー、司さん、杏里さんご結婚おめでとうございます――」


 各部のスピーチが始まる。

演劇部は会場や教会の準備について語った。

華道部は用意された花、そしてブーケについて。

手芸部はもちろん、杏里のドレスについてだ。


 どの部も俺達にしっかりとお祝いの言葉を言ってくれ、何だか胸が熱くなった。

各部の祝辞が終わり、いよいよこの二人にその順番が回ってきた。


「それでは、ご友人代表高山様よりお祝いの言葉をいただきます」


 肉を食べていた高山は急いで口を拭き、ネクタイを直す。

ダッシュでスピーチ台にやってきて、マイクの角度調整。


「司君! 杏里さん! ご結婚おめでとうございます! 司君がいつの頃からか、杏里さんに想いを寄せ、その想いをこうして見事に実らせました。杏里さんはまさに学校のアイドルと言っても過言ではないでしょう。そして、司君はそんな杏里さんのハートを射止めました。司君はとても努力家で、いつも杏里さんや僕たちの事を気遣ってくれていました。そんな優しい所に杏里さんは惹かれたんだと思います――」


 めっちゃ俺の事を持ち上げてくれる高山。

俺の事を優しいととか、思いやりがあるとか、かっこいいとか何だかとてつもなく恥ずかしくなってきた。


「――以上で終わります! お二人共、末永くお幸せに!」


 拍手が鳴りやまない。

噛む事もなく、最後まで言い切った。


「続きまして、杉本彩音様。お願いします」


 綺麗なドレスに身を包み、優雅な歩き方でスピーチ台に立つ杉本。

普段の姿からは想像もできないくらい綺麗になっている。


「杏里さん、司さん、ご結婚おめでとうございます。杏里さんと初めて会話をしたのは、忘れもしない図書室でした。杏里さんが本を探している時に私が声をかけたのが初め。それをきっかけに、図書室で杏里さんと話す機会が増えました。司さんと出会い、杏里さんは笑顔が増えました。そんな杏里さんを見ていると、なんだか私も幸せな気持ちになります。そして、今日、杏里さんの大好きな人と結ばれ、大勢の方に祝福されて、私もとても幸せです――」


 杉本のスピーチも心に染みる内容。

杉本の杏里に対する想いがこもった言葉。


「――私も二人の幸せを願っています。そして、これからもずっと私と友達でいてください。私も司さんに負けないくらい杏里の事、大好きだよっ」


 少し照れながらお辞儀をする杉本。

杏里も相当照れている。

拍手喝采、会場から拍手の音が外に漏れているんじゃないだろうか。


「ありがとうございました」


 やばい、何だか泣きそう。

本物の結婚式だったら絶対に泣いている自信がある。


「皆様、お手元のパンフレットについているビンゴ用紙をご覧ください」


 今回全員参加型のイベントとしてビンゴを用意した。

会場全員が参加できるビンゴ。


「それでは、第一回ハイスクール・ウェディング・ビンゴ大会を開催いたします!」


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