第299話 幸せの白いブーケ


 俺は扉の前で、隣に立っている杏里に声をかける。


「いよいよだな」


「うん、やっとここまで来たね」


 杏里の手には白いバラのブーケが握られている。


「俺の夢、叶えてもいいかな?」


 キョトンとした目で俺を見てくる杏里。

その大きな瞳がとてもキュートで愛おしい。


「司君の、夢?」


 俺は杏里の肩と、膝の後ろに自分の腕を回す。

おりゃぁぁぁ!


「きゃっ! え、司君……」


 杏里も俺の肩に腕を回し、しっかりと抱き着いてくれた。

思ったよりも、重くない。

ドレスを着ているからもっと重いと思ったのに。


 杏里と以前行った避難訓練。

母さんに言われ、杏里を抱き上げたけど、その時よりもあからさまに軽い。

まるで俺の力が、パワーがみなぎっているようだ。


 これが愛の力なのか……。


「こうして、結婚式で最愛の人をお姫様抱っこしてみたかった。いいかな?」


「もぅ、それなら早く言ってよね。びっくりしちゃった」


「ごめん。行くよ」


「うん」


 ゆっくりと開く扉。

眩い光の中、段々と見えてくる外の景色。

一歩、また一歩と歩き出し、俺と杏里は扉の外に出た。


 そこから見える景色、多くの人々。

教会内にいた人たちよりも、さらに多くの人が俺達を見ている。


 数歩歩き、俺と杏里の目の前には一本のロープが見える。

そのロープの先を杏里が握り、下に向けて引く。


――リンゴォォーーン


 澄み切った空に響き渡るウェディングベルの音。

一回目は自分たちに。


――リンゴォォーーン


 二回目は自分たちの両親に。

この音色は天国にいる杏里のお母さんに届いているのだろうか。

きっと、届いているんだろうな……。


――リンゴォォーーン


 そして三回目は今日来てくれたゲストの皆に。

三回目のウェディングベルが鳴り響き、その音を聞きながら、お姫様抱っこをした杏里と一緒に用意された階段を下がる。

教会の出口から設置された階段。そして、階段を下りるとその先は石畳になっている。

本当にあの鐘もこの石畳も元に戻るのだろうか……。


 階段を下りながら、左右から白やピンク、淡いブルーなどの花びらが舞う。

風に吹かれ舞い散る花びら、色とりどりのバルーンが空の彼方へ消えていく。

そして白い鳩が教会を中心に数回周り、どこかへ飛び立ってしまった。


「おめでとう!」


「二人共こっちむいて!」


「お母さん! あの人お姫様見たい!」


 文化祭に来ていた一般のお客さんからも多くの声をかけてもらう。

なんだかだんだん楽しくなってきた。

さきまで緊張しっぱなしだったのに、今は楽しい。


 杏里が地面に降り、いよいよメインイベントが始まる。

俺は杏里と一緒に階段を上り、みんなの方に向く。


 隣には牧師様が立っており、ゲストの皆に向かって話し始めた。


「それでは、今からブーケトスを行います。手にしたい方全員でと、言いたいところですがこの人数です。今回は女性の方限定でお願いします」


 ゲストの中から我先にと階段下まで駆け寄ってくる女性陣。

その中には杉本や井上はもちろん、店長や浮島先生の姿も。

ん? 良く見ると真奈や母さん、かき氷屋のばーちゃんまで参加しているじゃないですか?


 いや、確かにみんな女性だとは思いますが、母さんは別に参加しなくていいのでは?

なぜ競争率を上げるんですか?


 杏里がみんなに背を向け、いよいよブーケトスが始まる。

一体誰の手に渡るのか。


「このブーケ、白いバラが九本あるでしょ?」


 投げる前に杏里が俺に話しかけてくる。

そして、ブーケから一本のバラをとり、俺の胸ポケットに差してくれた。

俺も調べたけど、一本のバラの意味『あなたしかいない』。


「私には、司君だけだよ」


 そっと杏里の手を握る。


「俺も。俺には杏里しかいないよ」


「ありがとう。この幸せをみんなに!」


 笑顔で答えてくれた杏里。

杏里の手に握られた白いブーケが勢いよく杏里の後方へ飛んでいった。


 まるでスローモーションのように見える。

ゆっくりと大きく放物線を描き、天高く投げ出されたブーケ。


 そして、放物線の頂点に達した時、一つだったブーケが分裂した。

分裂? ま、まさか空中分解したのか?


 しかし、よく見ると一本一本がきれいにラッピングされている。

恐らく、もともと九本で準備して、それを一つにまとめていたのだろう。


 空中で八つに分離したブーケ。

ブーケはゆっくりと女性陣が集まる密集地帯に落ちていく。


 まず初めに手が出てきたのは母さん。

ちょい、待って下さい。そこは他の人にゆずろうよ。

結婚してるよね?


 ブーケを貰おうと、俺のクラスメイトや他の学年の女子も参加している。

他にも一般来場者の女性の方々やゲストの方々も大勢参加していた。


 そして、テレビ局のリポーターの人もマイク片手に参加しているのが見え、それをカメラマンが撮影している。

いや、そこは取っちゃだめでしょ? いや、取ってもいいのか?


 風が吹き、数本のブーケが風に流される。

一番遠くまで飛ばされたブーケを手にしたのは井上だった。

さすが陸上部、足が速いね。


「と、取れた! やった!」


 両手でしっかりと一本のバラを握りしめ、笑顔で喜んでいる。

そして、少し離れた所でも歓喜の声が聞こえた。


「とったどー! ブーケゲットォ!」


「危なかった……。あと少しで落すところだったよ」


 真奈と杉本も無事にゲットできた様だ。

さて、混戦中の現場はどのなっているのかな?

視線を元に戻す。


 天高く腕をあげ、ガッツポーズで固まってるのは浮島先生だった。

ブーケを握ったまま動かず、立ったまま固まっている。


 その隣で微笑んでいるバイト先の店長。

店長もギリギリで手にしたようだ。ここから見ても優しい顔になっているのがわかる。


 井上、真奈、杉本、浮島先生、店長。

さて、残り三本は誰の手に渡ったのかな?


 一本は知らない女性の方が握っており、友人と思われる人と何か話しこんでいるのが目に入った。

そして、もう一本は何とリポーターの人が持って行った。

カメラの前で何か話しているようで、ここでは聞き取れない。


 最後の一本。

どこに行ったのかな?


 最後の一本を探す。

……なぜこの人の手に?

最後の一本は参加していないはずの雄三さんの手に握られていた。

雄三さんはゆっくりと、階段下まで歩いてきて一本のバラを杏里に差し出す。


「私が参加してはいけないと思うんだが、どうしてもあいつに届けたくてな……。一本、もらってもいいだろうか?」


「お父さん……。もしかして、お母さんに?」


「そうだ、母さんに届けたい」


「もちろん。大切に持ち帰ってね」


「ありがとう」


 ちょっとびっくりしたけど、大きく騒ぐことでもない。

杏里のお母さんにも鐘の音色、バルーン、ブーケが届くといいな。


 無事にブーケトスも終わり、ゲストの皆と集合写真を撮る。

その後は個別に何人かと撮影し、しばらく石畳の中央でみんなと話した。

ここでも写真部のエースは頼りになっている。ありがとうございます。


 杏里の周りもすごいことになっており、多くの女子たちに囲まれている。

今回の挙式は良かったとか、すごいとか、結構揉みクチャにされている。


 そんな中、井上と遠藤の姿が見えない。受付の準備にでも行ったのかな?

辺りを少し見渡したら、二人は体育館の隣に生えている大きな桜の木の下にいた。

ここからじゃ良く見えないけど、何か話しているようだ。


 井上がさっきのブーケを遠藤に差し出している。

何だかすごく照れているように見える。

遠藤はその花を受け取り、井上の手を握った。

握った?


 え? なに? まさかこんな時に?

えっと、これは後で尋問だな。遠藤を呼び出さなければ。

真実はいつも一つ! 誰も見ていないと思ったのか?

俺はこの両目でしっかりと見たぞ!


 二人共幸せになれよな!


「つ、司くん!」


 杏里の声が聞こえた。

振り返ると、杏里が女子たちに押しつぶされそうになっている。

女子たちの隙間から杏里の手が見えた。


 俺は杏里の手を握り、強く引っ張る。

女子たちの隙間から姫の登場だ。


「みんな! 次は披露宴で会おう! さらばっ!」


 俺は杏里の手を取り、その場を逃げるように控室に向かって走り出す。

花嫁の手を握り、走る姿はちょっとかっこいいかも。


 次は披露宴。

早く気持ちを切り替えて、次に行こう!

走りながら杏里に声をかける。


「杏里!」


「何!」


「俺は幸せだ!」


「私も幸せだよ!」


 俺達は今日、式を挙げました。

まだ高校生です。でも、杏里を想い、この先もずっと一緒にいます。


 杏里のお母さん。俺の心の声、聞こえていますか?

杏里さんの事、世界で一番幸せにします。


 僕たちの事、認めてもらえますか?

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