第290話 予想外の訪問者


「では、朝のホームルームを始めますね」


 いよいよあと数日で文化祭だ。

各部の予定もほぼ順調に進んでおり、最終調整に入る段階。

今日から数日間は午前授業となり、午後は文化祭の準備となる。


 根を詰め過ぎたせいか、俺達のメンバーにも疲労が見える。

特に高山がやばい。朝から大胆にもいびきをかいて寝ている。


「――では、天童さんと姫川さんは放課後、職員室に」


 担任の浮島先生は、夏休み明けからイメチェンをしたようで、いまだ継続中。

清楚な服装に、言葉使いもしおらしい。

以前の先生はどこに行ったのか……。


「杏里、放課後職員室だって。何か聞いてる?」


「うん。当日の工程確認と今までの経費報告とかかな」


 ほとんど運営自体任されているし、定期的に報告も行っている。

今回参加する各部からも随時顧問に報告しているし、今から話す事なんてあるのか?


「そっか。それにしても高山は大丈夫かな?」


 後ろの席で目覚めない高山。

もしかしたら一時間目はこのまま寝ているのかもしれない。


「高山君、ここ数日演劇部に通いっぱなしで……」


 杉本が心配そうに高山を見つめている。


「まだ遅れているのか?」


「そんな事無いよ。二人の為にできる事を頑張るんだって、張り切ってるの」


 そんな高山はよだれを机に展開している。


「あまり無理すんなって本人に言ってくれ」


「分かった。天童さんと杏里は無理してない?」


「私達は大丈夫。彩音も無理しないでね」


――


「じゃ、今日も演劇部に直行するわー」


 お馴染みになった頭タオルを早速装備する高山。

見慣れたせいなのか、すごく似合っているように感じる。


「怪我すんなよ?」


「心配すんなって。俺の日曜大工レベルはカンストしてるんだぜ? 怪我なんかするかって」


「カンストってなんだよ? 無理しないで、たまには休めよ」


「分かってるって! じゃ、いってきまーす」


 張り切って教室を出ていく高山を見送り、俺達も教室を後にする。


「杏里、そろそろ行くか?」


「うん。彩音、華道部、手芸部、あと料理研究部の確認をお願いね」


「分かった。遠藤さんは?」


「僕かい? 井上さんと一緒に今回参加する全部の部に行って現時点の進捗の確認。もらっている工程表と少しズレがあったからね」


「じゃ、途中までは一緒だね。井上さん来るかな?」


「井上さんはそろそろ――」


「お、お待たせ! ごめん、ちょっと遅れちゃった」


 少し慌て気味で登場した井上。

肩で息をしている。


「お、ちょうど良かった。行こうか」


「うんっ」


 三人揃って教室を出ていく。

夕方に一度会議室に集まり、報告を行う。

それまではみんな個別に行動だ。


「よし、俺達も行くか」


 杏里と教室を出て職員室に向かう。

職員室に入ると既に浮島先生は待っていたようで、俺達の方に歩いてきた。


「すいません、遅れました」


「隣の部屋移動しましょうか」


 先生に着いて行き、隣の応接室に移動する。

応接室に移動すると、そこにはスーツを着込んだ黒金(くろがね)さんが。


「やぁ、久しぶり。順調に進んでいるかな?」


 今回のイベントでは資金や式場の道具など大変お世話になった。

俺と杏里は軽くおじぎをして、席に座る。


「順調ですね。ただ、思ったより規模が大きくなってしまって……」


「だろうね。浮島先生から色々と教えてもらったけど、ここまで大きいとは思わなかったよ」


「自分でもびっくりです」


 そんな世間話からスタートし、杏里が進捗と経費の報告を行う。

浮島先生も真剣に資料に目を通し、何やら黒金さんと話し始めた。


「姫川さん、天童さん今回のイベントの件でお話があります」


 先生も真面目な顔つきになり、何やら変な雰囲気になる。

もしかして、イベントの中止だったり?

そんなこと、ないよな?


 黒金さんの口がゆっくりと開く。


「取材を受けてみる気はあるかい?」


「取材?」


「そう、テレビ局から話があってね。夕方の番組なんだけど、五分くらいの特集を組めないか打診があった」


 今回のイベントはうちの高校でも過去に例がない位の規模になっている。

浮島先生の話だと、校長先生は了承しているようで、最終的には俺達に任せてくれるらしい。


「ちょっと、テレビに出るのは……」


 杏里の表情が少し曇る。

ただでさえ忙しいのに、これ以上仕事を増やしたくないのが正直なところだ。


「二人共聞いてほしいの。もし、今回のイベントが放映されたら、大勢の人が見てくれるわ。文化祭に来なかった人にも、あなた達の事を伝えられるの」


 それは悪くない。


「でも、今はそんな取材を受ける時間とか……」


「大丈夫。二人には迷惑はかけないよ。当日、イベント会場にテレビ局の人が数人来るだけ。二人に話を聞く時間も数分しかない」


「私達のイベントをただ撮影するだけですか?」


「そうだね、当日数分のインタビューをするだけと聞いてる。個人的にも、うちの式場がテレビに出るから是非お願いしたいんだけどね」


 今回、黒金さんにはずいぶんお世話になった。

資金や会場の設備。それに色々とアドバイスまでもらっている。

しかし、杏里と二人だけで答えを出してしまっていいのだろうか。

杏里に視線を送る。


「分かりました。一度メンバーと相談させてください」


「分かった。いい返事を待っているよ」


 まさかの取材。

そこまで話が大きくなると、正直よく分からなくなってくる。

その後、少し当日の打ち合わせを行い、黒金さんは部屋を出ていく。


 残った俺と杏里、それに浮島先生。

手元には取材に対しての資料が一枚残った。


「先生……」


「二人の意思に任せるわよ。学校としては、あなた達が満足する結果になればそれでいいわ」


「分かりました。今日中にお返事します」


「さて、そろそろ本題。杏里さん、部屋変えましょうか。天童さんも一緒に」


 再び先生に連れられて部屋を移動する。

今度はどこで何をするんだ?


 着いたのは職員室からほど近い部屋。

ここは何の部屋だろう?


「入って」


 先生が先に入り、後に続く。

なかは普通の部屋だ。

ただ、大きな鏡とテーブルに椅子が見える。


「さて、杏里さん。そこに座って」


 言われるまま杏里が椅子に座り、目の前の大きな鏡に映る。

鏡に映った杏里と先生。ライトもついており、随分と明るい。


「よし、始めましょうか」


 杏里が不安そうに先生を鏡越しに見ている。


「大丈夫よ。姫川さん、普段お化粧ってどれくらいしているかしら?」


「お化粧ですか? 普段はあまりしてないですけど……」


「イベントの当日はドレスに合わせてお化粧もしっかりとしないとね。メイク道具は演劇部にもあるけど、今回は私のを使うわね」


「先生のですか?」


「そうよ。ちゃんとした化粧品。結構高いのよ?」


 先生は杏里の顔を見ながら色々と触ったり、肌を伸ばしたりしている。


「やっぱり若いと肌の張りが……」


 何やらブツブツ言いながら杏里に化粧を始める。

鼻歌を歌いながら、先生の両手は動き出す。


 普段の杏里は化粧をしない。

もともとそんなことしなくても十分に可愛いしな。


 後ろで立つこと数十分。

まだ終わらない。

やっぱり女性のおめかしは、時間がかかりますね……。

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