第288話 マル秘アイテム


 会議室に杏里と二人。

この静かな二人きりの時間が俺の心と体を癒してくれる。

杏里も何も言わず、俺の事を抱きしめてくれた。

それでも、これからやらなければならない事は多い。

何時までもこのままという訳にはいかない。


「司君。そろそろ、行こうか。少しは休めたかな?」


「杏里のおかげで大分回復したよ。ありがとな」


「私も回復したよ」


 俺の膝から降りた杏里に手を引かれ、俺も椅子から立ち上がる。

うーんと、背伸びをし自分に気合を入れた。


「司君」


「ん?」


「帰ったら、もっとギュッとしてね」


 杏里はそのまま振り返り、会議室から出ていく。

おーけー、いいぜ、もっとギュッとしてあげるぅ!

と、心の中で叫び、表面上はクールな自分を出している。


 会議室を出ようとした時、ふと誰かの気配を感じた。

扉を開け廊下を確認したが、誰もいない。

気のせいだったのか?


 会議室を出てから杏里と別れ、みんなが集まる予定の吹奏楽部に向かう。

たが、俺はそこに向かう前にある場所によるらなければならない。


――コン コンコン コンコンコン


「あいてるよー」


「遅れた」


「だいじょうーぶ。そっちも忙しそうだね」


「まぁな。で、例の物は?」


 俺は封筒を受け取る。

中身の確認だ。


「はい、これね。中身もしっかりと見てね」


 中身を確認し、念入りにチェック。

おぉぉ、素晴らしい。さすがです。

だが、まさかこんな形で力を借りることになるとは……。


「すばらしい」


「でしょ? ミーの腕は確かなのさ」


「して、報酬の方は……」


「いらないよ。今回はミーの腕をみせる絶好の機会。沢山使ってくれるだけでいい」


「分かった。だけど、これからは……」


「わかっているよ、勝手に撮らないから安心してほしいよ」


 彼との交渉も終わり、マル秘アイテムを手に入れる。

一度会議室に戻り、自分のバッグに詰め込む。

帰ったら、もう一度じっくりと拝見させてもらう。


 そして、時間もそれなりに経過し、全員が吹奏楽部に集った。

当日の挙式や披露宴で演奏する曲目の確認。

ダンス部が踊る時の曲に、各シーンの曲をみんなで聞いた。

部員達はみんな練習しており、どのパートの生徒も楽譜を一生懸命見ている。


「どうかな? 全体的にこんな感じになりそうなんだけど?」


「俺は結構気に入ったけど、天童は?」


「思ったよりもいいと思う。と言うより、予想以上だ」


 隣に座っている杏里を見ると、目を輝かせている。

どうやら気に入ったようだ。


「良いと思います。感動しましたっ」


 杏里の第一声。

吹奏楽部の皆も満足そうだ。


「やっぱり、挙式の時はこの曲が一番わかりやすし、感動するね」


 杉本も問題ない。


「じゃ、このままでオッケーかな?」


 部長の言葉に返事をする。


「はい、このままで大丈夫です」


「良かった。これから変更となると、正直きつかったんだ」


 でしょうね。


「ありがとうございます。大変だったでしょ?」


「そんな事無いさ。新しい曲も演奏できるようになったし、みんなも楽しんでいたしね」


 笑顔で答えてくれる部長さん。

当日は盛り上げていきましょうね。


「それは良かったです。あと、この後なんですが――」


 吹奏楽部のメンバーは各楽器を片付け、部屋の中央に集まる。

今日の部活はここまでのようだ。


「じゃ、今日の部活はここまで。昨日言ったメンバーはこのあと残るように、では解散」


 昨日部長に言われたメンバー数人のみ残る。

部室には、俺達六人、部長、吹奏楽部のメンバー数人。


 俺達は当日のイベントに向け、最終調整を行う。


「――と、こんな感じで」


「あとは、ここをこんな風にしたら――」


「よっしゃ! あとはやるだけだな!」


「時間が欲しいけど、やるしかないね」


「本当に間に合う?」


「間に合わせる。これだけは失敗できない」


「みんな、お願い……。これだけは、絶対に――」


「杏里、大丈夫だ。俺達だったら、絶対にできる! な、みんなっ」


「「もちろん!」」


 俺達に残された時間は残りあと数日。

ここまで来たんだ、絶対にやりきって見せる。


 吹奏楽部との打ち合わせも終わり、俺と杏里はダンス部に向かった。

ダンス部とも最終調整を行わなければならない。


「お待たせしました」


 ダンス部の部屋に入るとそこには当日着る予定の衣装を身に纏った部員が数名。

男子も女子も普段みないような豪華な衣装を着ている。


「ちょうど良かった、ここのメンバーが当日のメインメンバーなんだ。見てくれるかい?」


「是非お願いします」


 部屋に響く音楽に合わせ、目の前で踊り始める部員たち。

当日は吹奏楽部の生演奏で踊る予定だ。

女子が飛ぶように踊ると、スカートがふわっと浮かび、それを支える男子もかっこいい。


「随分本格的なんですね」


「今回のイベントで一番の見せ場だからね。みんな張り切っているよ」


 音楽も止まり、舞い踊っていた部員達が集まる。

みんな当日への意気込みを俺達に伝えてくる。

この熱意、俺達も返さなければならない。


「さて、ここからが今日の本番だね」


「はい、よろしくお願いします」


 再び音楽が流れ始め、俺と杏里はホールの中央に移動する。


「よろしくお願いします」


 俺は片手で杏里の手を取り、もう一つの腕で杏里の腰に手を回す。 


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「よし、二人共前回と同じようにね」


「「はいっ」」


 ダンス部のメンバーと一緒にホールを駆け巡る。


「天童さん、スッテップがずれている! もっと意識を集中してくれ、パートナーをもっと引き寄せて!」


「はいっ!」


「姫川さん! 下を見ない! しっかりとパートナーを見て! もっと心を通わせて!」


「はいっ!」


 今までやった事の無い、初めての挑戦。

時間が無い中、俺と杏里は部長に教えてもらいながら、ダンスを踊る。


「天童さん、当日パートナーはドレスです。足の運び方に注意を。そして、もっと背筋を伸ばして!」


「はいっ!」


 もう、何度目の指導だろうか。

練習を始めてから結構たつのに、いまだにオッケーが出ない。


「……そろそろ時間だね。今日はここまでかな」


「「ありがとうございました!」」


 ダンス部との打ち合わせ兼練習も終わり、俺の足はつりそうだ。

しかも背中が痛い。


 杏里とダンス部を出て、会議室に戻る。

他のメンバーは先に帰ったようで、書類や黒板はそのままに鍵をかけ帰る。

俺のバッグに乗っていた最新版の資料。

遠藤や井上ももしっかりと自分の役割を果たしてくれている。


 俺達も頑張らないとな!

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