第287話 お互い様


 文化祭の一大イベントとなった『ハイスクール・ウェディング』。

巻き込んでいる部活は十を超え、参加している生徒も百を超えているのかもしれない。


 まさか、こんな大規模になるとは誰が予想しただろうか。

会議室のテーブルには書類が散乱し、黒板には工程表がずっと消されずに残りっぱなし。

『消しても、翌日にまた書くのであれば、もう消さなくていいよな』と、高山の案だった。

おっしゃる通りです。


 そして、いよいよ文化祭まで数日と迫った。

各部も大詰め。今日も今日で俺達は飛び回っている。

杏里と杉本は二人で行動することが多くなり、練習もしっかりとしているようだ。


 杉本経由で弟も参加してくれることになったし、妹分の真奈にも連絡を取り、当日参加してくれる。

何回か杏里と相談し、最終的に二人にリングボーイとベールガールをお願いすることになった。


「高山君、演劇部の進捗遅れてないかい?」


「大丈夫、大枠は出来上がっているんだ。後は細かい所に――」


 遠藤の声が会議室に響き渡る。

やはり教会を作るなんて無謀だったんじゃないか?


「彩音。招待状の発送、最終確認お願いできる?」


「分かった! えっと、返信先は全部学校宛でいいんだよね?」


 珍しく杏里もぱたついている。

招待状と連携し、席次表も作っているので、結構重要な部分だったりする。

名前や企業名、店舗名のミスは絶対に許されない。

テーブル席に着く方々には予め招待状を発送する事と、日付も伝えているので、よっぽどの事が無ければ全員参加してくれるはず。


「井上さん、各部にこの工程表を回してきて」


「うん、わかった! 天童さんはこの後――」


 俺の手元にあった現時点の工程表。

昨日の帰りに遠藤からもらった資料だ。

これを各部に配布し、スケジュール調整をしてもらう。

こうして開示しておけば、各部で調整して人を回してもらったり、各部間での交流も生まれてくるって訳だ。


「彩音、ちょっと華道部によってから吹奏楽部に行ってるね」


「うん、わかった。招待状の確認が終わって、パンフレットの最終案を美術部に出したらすぐ行く」


 杏里と杉本はほとんど二人で行動している。

時間がかかっているのはやっぱり手芸部だった。

しかし、そんな中でも今日は全員で吹奏楽部との打ち合わせなどを行う。

しかも、そっちが終わったら俺と杏里はダンス部に行かなければならない。


 あぁ、時間がない。

一日が倍になればいいのに。少し遠くの空を眺める。


「天童! ちょっと演劇部によってから吹奏楽部に行くな。先に行っててくれ」


 高山に現実へと引き戻される。


「おっけー、遠藤と井上さんは?」


「僕は昨日までの資料をまとめてから行くよ。あと、資料のコピーもしないとね」


「ボクは各部によってからすぐに向かうよ」


 学校は勉強をして良い成績をとり、進学先を決める所。

だけど、たった三年間しかない。

その短い時間の中で多くの仲間と出会い、一緒に同じ目標を持って走っていく。


 やる事は多い。

それ以上に、仲間と一緒に何かをやっているこの充実感。

これがものすごく楽しいのかもしれない。


 会議室からみんな散っていく。

高山は頭にタオルを巻き、遠藤は片手にノートパソコン。

杉本は大きな紙袋とポスター、そして井上は分厚い紙の束。


 それぞれが今日の装備品を持ち、戦いの場に散っていく。

俺と杏里も戦場に向かうとしよう。

俺は椅子から立ち上がろうとしたが、杏里が目の前にやってきた。


「司君、目の下……」


 手鏡を見せてきた杏里。

鏡に写っている俺の目の下はクマができている。

昨日の深夜作業のせいだな……。


「こいつはクマったな」


 周りの気温が数度下がった気がした。


「疲れてるね……。少し休んだら?」


 杏里が冷たい言葉を発するが、優しく頬を撫でてくれた。

ここで弱音を吐くわけにはいかない。


「大丈夫だ。杏里だって疲れてないか?」


 いつもは毛先までサラッとした髪も、今日の毛先は少しボサついている。


「そんな事無い。元気だよ?」


 微笑んでいる杏里の表情は、きっと俺にしかわからないだろう。

この表情の時は強がっている、と。


「強がるなよ、俺には分かってるんだぞ?」


 少しだけ杏里の目がつり上がった。


「その言葉、そっくり返します。司君だって疲れているのに、私が分からないとでも?」


 お互い様だった。


「ここでまで来たんだ。疲れたで休むわけにはいかない。やりきるしかないんだ」


「それは私も同じ。今日は帰ったら何もしない。お互いに休む事もしないと、途中で倒れちゃうよ?」


 杏里のおでこが俺のおでこと、こんにちは。

白く柔らかい杏里の両手が俺の頬を優しく包んでくれる。

おぉ、体力が回復していく。


 そんなことされたら……。

俺も杏里を優しく抱きしめる。

椅子に座った状態で杏里の腰に手を回し、自分の方へ引き寄せる。


 勢い余って杏里は俺の上に乗ってしまった。


「えっ、ちょっと……」


 杏里が頬を赤くし、恥ずかしがっているのがすぐにわかる。

それでも、杏里は俺を優しく抱きしめてくれ、俺も杏里の胸に顔をうずめた。


 誰もいなくなった会議室。

残った俺達は、しばし休息の時間を共にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る