第286話 彼氏弁当


 朝起きると、俺のすぐ隣に天使の顔が。

天使はまぶたを閉じ、心地よい音色の寝息をたてている。


 杏里との思い出話をしていたら、いつの間にか二人で寝入ってしまった。

そっと杏里の頬に手を乗せ、ぬくもりを感じる。


 髪に触れ、頭から首元、肩へと自分の手を移動させる。

サラッとした髪、温かみを感じる首、細い肩。


「どう、したの?」


 天使の目覚めだ。


「何でもない」


 再び目を閉じ、俺に抱き着いてくる天使は温かい。


「んー、司君の匂い……。おやすみ」


 どうやら天使はもう一度寝るようだ。

俺も、もう一度寝ようかと考えるが、そうもいかない。


「杏里、今日学校だろ? 朝ごはん、いらないのか?」


「……食べりゅ。食べます」


 なぜか言い直した。


「リクエストは?」


「司君のお味噌汁が飲みたい」


「了解。杏里はまだ寝てていいぞ、起きるにはまだ早い時間だし」


 時計を見るといつも起きる時間よりも早い。


「んー、もう少ししたら起きる」


 杏里の頬に軽くキスをし、ベッドから起き上がり、部屋を出ようとした。

ふと目に入った机。


 夏祭りの写真に海の写真。

二人で撮った写真の隣に小さな箱が一つ。

杏里には話していないが、この箱にはある物が入っている。

出来れば、杏里に戻したい。結構時間がかかっているが、何とか間に合えばいいけど……。


 部屋を出て台所に立つ。

今朝は鮭とみそ汁。あとは、きんぴら位作るか。


 しばらくして俺の部屋の扉が開き、杏里が出てきた。

若干寝癖が着いているが、目はしっかりとあいている。


「おはよ」


 杏里に声をかける。


「おはよ、司君。いい匂いだね」


 台所に焼けた魚と味噌汁の匂いが漂ってる。

ご飯も炊け、そろそろきんぴらも出来上がる。


「そろそろできるけど、もう食べるか?」


「うんっ、顔洗ってくるね」


 小走りで台所から出ていく後ろ姿を目で追う。

長い髪が揺れ、その姿に見惚れてしまう。


 俺の、彼女か。

緩まる頬を自覚し、少しだけ鼓動が早くなる。


「「いただきます」」


 うん、今日もいつも通りの味。

やっぱ味噌汁はうまいなー。

正面に座っている杏里もみそ汁を飲んでいる。


「今日も大変おいしいです。ありがとう」


「いえいえ。朝ごはんは、しっかりと食べないとね」


 昨日に引き続き、今朝も空いた時間を使って打ち合わせ。

細かいところまで見ると、まだまだ詳細まで決まっていない。

リストとスケジュールを確認しながら杏里と詰めていく。


「リングガール、ベールガール、フラワーガールはどうしようか?」


「うーん、身内に小さな子供はいないしな……。あ、確か杉本さんの所に小さい子いなかったけ?」


「彩音? 確か弟だったと思うし、それに中学生って言っていたけど……」


 うーん、別に中学生でもいいんだよね?

ん? 近くにもう一人中学生がいるじゃないか。


「いた。中学生でもいいなら、もう一人いるじゃないか」


「お願いできるの?」


「今日、聞いてみるよ。杏里はどんな演出がしたい?」


 朝から色々と考える。

ご飯を食べながら、朝の打ち合わせもタイムアップ。

学校に行く準備をしなければ。


 不意に杏里の手が俺に伸びてくる。

その手は俺の頬を触り、杏里の指先に米が。


「お米、着いているよ」


 そして、その米を杏里が自分の口に運ぶ。


「悪い」


「いえいえ」


 杏里は自室に行き、学校に行く準備を始める。

俺の準備はすぐに終わるので、杏里を待つ間にお弁当と朝ごはんのあとかたづけ。

卵焼きと今朝のきんぴら。杏里の方には特別デザートもつけておこう。


 あとは、先日冷凍しておいた適当なものを解凍して弁当箱に詰める。

見た目はそれなり、栄養バランスもそこそこ。


「お待たせ」


 姫の登場だ。

何度見ても杏里の制服姿は可愛い。

同じ制服を着ている生徒を見るけど、杏里は別格だ。

と、俺は思っている。


「ほら、弁当できたぞ」


「作ってくれたの?」


「おう。愛情たっぷり弁当。イチゴもついている」


 笑顔で受け取る杏里。


「お昼、一緒に食べようね」


「もちろん」


 以前は俺が作った弁当は嫌だったのかもしれない。

でも、今では素直に受け取ってくれる。

お互いの距離が縮まった証拠だな。

もしくはイチゴが入っているからかもしれない。


「よし、行きますか」


「うんっ」


 学校までの短いデート。

でも、短い時間にお互いの事を話し、これからの事を話す。

毎日一緒にいるけど、話したいことは尽きない。


 晴天の中、俺と杏里はいつもの様に手を繋ぎ歩いて行く。


「お、司っ! 今日も姫ちゃんと一緒に登校か?」


 今日も元気な八百屋のオッチャン。

最近はイベントメンバーがここの商店街で色々と買い物をしている。

集まってくる領収書の明細を見ると、価格が……。

赤字になりませんか? そこまで無理しなくていいんですよ?


「そうだよ。オッチャン、うちの生徒が色々とお世話になって――」


「いいんだよっ! 俺達はお前たちを応援しているんだ。ほら、今日も忙しいんだろ?」


 満面の笑顔で応援してくれている。

俺達は、この笑顔に答えなければならない。


「近いうち、招待状出すよ」


「おう。一張羅準備して待ってるぜ。おっと、今日は大根と人参がサービス品だ。帰りに寄ってくか?」


 杏里の方を見ながらウィンクしてくる、オッチャン。

いや、ちょっと、それは……。


「はいっ。帰りに寄りますね。あ、あと玉ねぎとエノキもお願いします」


「はいよっ。じゃ、気を付けてな」


「「いってきまーす」」


 杏里もすっかりと馴染んだようだ。

すっかりとこの商店街に溶け込んでいる。


 でも、なんだか俺よりも杏里の方がサービスされている気がする。

これが男と女の差なのか……。でも、同じ家計の財布だからいいもんっ!


「司君」


「ん?」


「今日、放課後は彩音とカラオケに行くんだけど、帰りのお買いものお願いできるかな?」


 お? カラオケですか。


「もちろん。杉本さんと二人?」


「うん。放課後に少し吹奏楽部によって、その後に」


「分かった。じゃ、俺は予定通り、高山と吹奏楽部に。その後は、ダンス部かな……」


 だんだん過密スケジュールになって気がする。

徹夜しない程度に頑張りますか!


「今日も頑張ろうねっ!」


「おう、頑張りますか!」


 二人で電車に乗り、学校に向かう。

電車の中でも、話が尽きる事は無い。

この先、杏里と一緒に。ずっと、一緒にいるんだ。

まだまだ話し足りないよ。もっと、時間が欲しい……。

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