第285話 誓いの言葉と指輪交換


「「ただいまー」」


 俺と杏里の帰る家。

五橋下宿。下宿人は杏里一人しかいない。

いつか、この下宿に多くの人が住む事はあるのだろうか。


「ご飯の準備しよっか」


「じゃ、俺は風呂の準備だな。洗濯は?」


「昨日回したから、今日は休みでいいんじゃないかな?」


 何だか恋人と言うより、夫婦の会話に近い気がする。

父さんと母さんもこんな感じだったのだろうか。


 しばらくして、杏里の作ったご飯を食べる。

今日もおいしくできています。

本気で俺の教える事がもうないんじゃないか?


「どう、かな?」


「うーん、うまい。もう俺がいなくても大丈夫だな」


「そんなこと言わないでよ。一緒にご飯作るの、楽しいのに」


「そっか。今度一緒に何か作ろうな」


「うんっ」


 微笑む彼女が可愛い。

こんな可愛い彼女と、一緒にいる事がとても幸せだ。


「そうそう、今日手芸部でね――」


 ご飯を食べながら今日の出来事をお互いに話し合う。

ドレスを着た事、どう手直しをしていくか、アクセはどんなものを付けるのか。

目を輝かせながら話す杏里は本当に幸せそうだ。


「大分進んだな。間に合いそうなのか?」


「大丈夫。私も帰ってから少し作業をするけど、間に合うよ」


「家でも作業するのか?」


「うん。これだけは私が作らないとね」


 食事も終わり杏里がリビングで作業を始めた。

俺は台所のあとかたづけと皿洗い。

そして、明日の朝ごはんの仕込へとコンボを重ねていく。


「杏里、何か飲むか?」


「司君が準備してくれるの?」


「出来る範囲でな」


「紅茶。いつもの葉っぱでお願いします」


「かしこまり。クッキーも付けますか?」


「お願いしますっ」


 満面の笑顔で答える杏里。

俺はヤカンにお湯を入れて湯を沸かす。

杏里のお気に入りのカップに紅茶を入れ、茶菓子も準備。


「お待たせいたしました」


 トレイには紅茶とクッキー。


「ストレートティーとクッキーセットでございます」


「ありがとう。何だかお仕事してるみたいだね」


「そんなイメージでしてみました。ご注文はお揃いですか?」


「一つ、足りないですよ?」


 あれ? 他に何か出すって言ったけ?

杏里は少しだけ奥にずれ、床をポンポンと叩いている。


「司君を忘れていました。隣、空いていますので座って貰えますか?」


「何だよそれ」


「折角だし、一緒にね」


 二人で並んでのお茶タイム。

杏里から教わったやり方で紅茶を入れてみた。


「どうですかね? いつも通りか?」


「うん、おいしいよ。ありがとう」


 杏里の頬が俺の肩に触れる。

少しだけ俺に体重を乗せ、軽く手を重ねる。


「もうすぐだね」


「もうすぐだな」


「ねぇ、ちょっとだけ練習しようか?」


「練習?」


 杏里の手に、真っ白なウェディングベールが握られている。


「ウェディングベールとウェイトドールは私が作るの。どう? ベールはまだ未完成だけど、こうすれば……」


 立ち上がった杏里は未完成のベールを頭に乗せる。

長いベールは杏里の頭から背中、腰、そして足元まで覆われた。


「随分長いんだな」


「ドレスに合わせてこの長さにしたの。これから手直しと、少し刺繍をする予定。これでね……」


 杏里が俺の手を引く。

そして、俺の部屋のインテリアライトをつけ、真っ暗だった部屋にうっすらとあかりが灯る。


 ベッドの上に立ち上がった杏里は、真っ白なベールに包まれている。


「ほら、何となくそれっぽくない?」


「何となくな。何の練習するんだ?」


「誓いの言葉と指輪交換」


 心臓が高鳴り、胸が熱くなるのが分かる。


「いいよ。指輪、持ってくる」


 俺は机にしまってある、リングケースを取り出し、中身を確認する。

中にはしっかりとリングが二つ入っている。


 リングケースをテーブルに置き、杏里の目の前に立つ。

薄らと浮かび上がる、杏里の顔。

その表情は緊張のせいか、少し強張っている。


「緊張してるのか?」


「少しね……」


 杏里の頬を優しく撫でる。

そっと杏里の耳元でささやく。


「俺もだ、似た者同士だな」


 互いに視線を交わし、微笑む。


「よし、それでは第一回、誓いの言葉とリング交換の練習を始めます! 杏里、準備はいいかっ!」


「もちろん。本番は絶対に失敗しないようにねっ!」


 うす暗い部屋の中。

俺と杏里の練習が始まる。


「じゃ、私が司君に牧師さんのセリフを言うから、返事してね」


「おう、わかった。杏里は牧師さんのセリフ言えるのか?」


「多分、いくよ。『司さん、あなたは杏里さんを妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝(なんじ)健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、司君のプリンを勝手に食べても、少しだけ食いしん坊でも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?』」


 なんか違うセリフが入っていた気がした。

微笑む杏里。もしかしたら冷蔵庫に入っていた俺のプリンは、もうないのかもしれない。


「はい。誓います。『杏里さん、あなたは司さんを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝(なんじ)健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?』」


「……はい。誓います」


 俺はリングを手に取り、杏里の左手薬指にはめる。

そして、杏里も俺の指にリングを。


 無音の中、俺は杏里のベールを上げる。

ライトに照らされ、ほのかに浮かび上がる杏里の表情は、何とも言えない。

どう言い表したらいいのか、言葉が全く浮かんでこない。


 初めて感じる自分の感情、いますぐ抱きしめたい、いますぐ好きだと伝えたい。

いますぐ、杏里の事を愛していると伝えたい。


 どうすれば伝わる? どうすれば。

顔を覆っていたベールが無くなり、俺と杏里を遮るものは無い。

杏里が瞳を閉じ、少しだけ、顎を上にあげる。

俺が杏里に『愛している』と伝える一番の方法。


 杏里の両肩に手を乗せ、そっと唇を重ねる。

数秒、数十秒、数分にも感じる。

俺が杏里の事をこんなにも想っている、この気持ちは杏里に伝わっているのだろうか。


 しばらく無音の状態が続き、重ねた唇がゆっくりと離れる。

頬を赤くした杏里が、ゆっくりと口を開く。


「『これで、二人は夫婦となります』」


 杏里が牧師さんのセリフを言う。

これは、練習。本番ではいったいどうなるんだろうか。


「杏里……。愛してる」


「ありがとう。私も司君の事、世界で一番愛してるよ」


 今度は杏里からキスをしてきた。

そして、そのままベッドに押し倒される。


「杏里、勢いありすぎ」


「ご、ごめん。だって、こんなにも胸が熱くなって、顔も。体中から幸せが溢れ出てるみたい。私、変じゃないかな?」


 胸の上に顔を乗せ、俺を見てくる杏里は、どこも変じゃない。

ただ一つ気になる事が。


「杏里、一つ聞いてもいいか?」


「なに?」


「俺のプリン食べた?」


「……うん」


 杏里の頭をなでる。

叩かれるかと思った杏里は、目を閉じていた。


「怒らないの?」


「プリン位で怒るか」


「司君は心が広いね。そんなところも好きだよ」


 この日は遅い時間まで二人で話した。

出会った時の事、一緒にご飯を作った事、買い物に行った事。

勉強会、映画、お祭り。


 短い時間もかもしれない。

でも、俺達にとっては大切な、かけがいのない思い出。

振り返ると、いつも杏里がいた。


 いつも、俺は杏里の側にいて、いつも杏里の事を考えていた。


「司君?」


「杏里。俺、何度も何回も考えた」


「何を?」


「俺、やっぱり杏里の事が一番好きだ。愛してる」


 顔を真っ赤にした杏里。


「私も……。好き、だよ」


 布団にもぐり、日付が変わる。

文化祭の日も近い。俺達は絶対に成功させる。


 杏里、いつか本当の式を俺と挙げような。




【後書き】

こんにちは お久しぶりです。

作者の紅狐です。


指輪交換の時、慌てると中々指に入らなく、当日あせります。

事前にしっかりと練習し、心に余裕を持って挑みましょう。

左右の足と手が同時に出てもダメです。


さて、そろそろ文化祭も始まりそうな予感。

各部の準備は進み、二人の練習も終わりました。

文化祭、当日まで残りわずか。

作中の皆には頑張ってほしい所です。

(作者は執筆頑張ります)



それでは、皆様またお会いしましょう。

引き続き、当作品をよろしくお願いいたします。


なお、作者は★評価とフォロー、感想や応援コメントの体組成分が非常に高く、欠乏すると体調が悪化します。

評価忘れ、フォロー忘れの読者様がいらっしゃいましたら、この機会に是非お願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る