第284話 校長の申し出
屋上で杏里を見送り、俺は会議室に戻る。
階段を下り、廊下を歩いていると他のクラスの奴がこっちに向かって歩いてきている。
下を向きながら歩いており、全く俺の方を見ていない。
このままだと正面衝突だ。
俺は、半歩左に避ける。
――ドンッ
肩がぶつかった。
歩いてきた奴は俺を避ける事もなく、ぶつかってきた。
「悪い」
俺がぶつかったやつに声をかける。
避けた俺が謝るなんて、何だか納得はいかないが、もめてもしょうがない。
そもそも、俺がもっと避ければ良かっただけだし、俺にも落ち度はある。
「悪い、か……。あぁ、悪いな見えていなかったよ」
あれ? こいつどっかで見た事のある……。
「怪我無いか?」
「怪我? どこにも。君は天童君だね?」
俺の事を知っている。まぁ、今は文化祭に向けて動いているから、知っていても不思議じゃない。
俺も有名になったもんだな。
「そうだが? 俺に何か?」
「いや、なんでもない。文化祭、楽しみにしているよ。一緒に盛り上げていこうな」
何だか変な感じだ。
顔が全く笑っていない。
「そうだな、盛り上げていこうぜ」
そう声をかけ、俺は会議室に向かって再び歩き出した。
「お前に、姫川さんに振られた男の気持ちは分からないだろ? なぁ、天童……」
何かぶつぶつと俺に向かって話していたようだが、生憎聞き取れなかった。
大方ぶつかったことに対して文句を言っているのだろう。
――ガララララ
「戻ったー」
会議室に戻ると、遠藤と井上が隣り合って一つのモニタを見つめていいる。
心なしかさっきよりも二人の距離が近いような気がする。
「お、天童君戻ったんだね。はい、現状の進捗状況と各部のかかっている費用。それと、当日の全体スケジュール表だ。メモリには同じデータが入っているから、自宅でも見てほしい」
「さんきゅ。先生たちは何か言っていたか?」
少しだけ眉間にしわを寄せ、腕を組む遠藤。
もしかして、何か問題でもあったのだろうか?
「特に問題はないんだけど、あるとしたら一つ……」
「一つ? 聞いても?」
「校長先生が、スピーチの時間を申し出てきた。三十分くらい欲しいと」
さ、三十分……。ちょっと長くないかな?
「うーん、無しっていう訳にはいかないだろうし、時間短縮の方向でお願いできないかな?」
「やっぱカットはダメだよねー。でも校長先生の話は毎回長いし……」
井上は窓の外を眺めながら遠い目をしている。
真夏の炎天下。その中での朝礼スピーチは何人の命を奪ったのだろうか。
実際は誰も倒れていないけどね。
「よし、遠藤。熊さんに相談して、何とかスピーチ分を短くしてもらおう。俺達よりも先生同士で対応してもらった方が、うまくいく気がする」
「分かった。この後保健室に行ってくるよ。十五分位でいいかな?」
「五分。それ以上だと多分お客さんが飽きると思う」
「五分か……。わかった、井上さんも保健室に行くかい?」
「そうだね、たまには顔を出してこようかな」
二人は手荷物を整理し、帰る準備をしている。
「二人共そのまま帰るのか?」
「もう日が落ちるからね。夕暮れと言っても何があるか分からないし、早めに井上さんを送っていくよ」
「え? 送ってくれるの?」
「今日も走って帰るんだろ? 僕も付き合うよ」
「そ、そう……。ありがと」
頬を少し赤くしながら微笑む井上は、恋する女の子。
見ているこっちが少し恥ずかしくなってくるけど、その真意は遠藤に伝わっているのだろうか?
「遠藤」
「なんだい?」
「井上さんの事、よろしくな」
「分かっているって。心配しないでくれ。それよりも、しっかりと資料に目を通しておいてくれよ? 明日再調整すると思うから」
教室から出ていく二人。
その背中を見送り、会議室で一人資料に目を向ける。
――ガララララ
「あれ? 司君一人?」
杏里が戻ってきた。
「遠藤と井上さんは今帰ったよ。 杉本さんは?」
「彩音は演劇部に顔を出したら高山さんと一緒に帰るって」
「そっか。じゃ、俺達も帰ろうか?」
「うん。いろいろと進捗があったから、今夜少し詰めようか」
「そうだな」
杏里と二人、夕暮れの道。
空には星が輝き始めるそんな時間に、俺達は帰る。
二人で並んで歩く事にもなれ、逆に一人になる事に違和感を感じる。
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